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界渡りの物語  作者: 九重
55/111

旅立ち 11

翠子の顔が泣きそうに歪む。


「ヤト、本当にヤトはそれでいいの?」


「それでいいんじゃない。それこそが唯一の望みだ。自分でも不思議だが俺はお前が幸せでなければ自分も幸せになれないようだ。」


ヤトは困ったように笑う。


「私も。」


とうとう翠子は泣き出した。




――――竜と人間。


たぶんこの世界では相容れない存在なのだろうが、翠子とヤトにそんな事は関係ない。


(私がヤトの元に落ちて来たのは、運命だったんだわ。)


翠子はそう思う。

例えヤトの思いが、同じ人間の女性に対するものではなく、拾った仔犬を見捨てられないようなものであったとしても、翠子は幸せだった。



「私と一緒に竜の国に行ってください。」



だから、翠子はそう告げる。


『アキコ!』


怒鳴るロウドに向き合った。


「お願い。ヤトを一緒に連れて行って。私は、きっとヤトと一緒なら頑張れると思うの。頑張って一人前の竜になるわ。ヤトが安心して人間の世界に戻れるような竜に。」


翠子のその言葉に、ロウドは考え込むように動きを止めた。



『――――この人間が、安心して帰れる(・・・)ようにか?』


「そうよ。」



それは、どうしても避ける事のできない未来だった。


翠子は竜だ。

そしてヤトは人間。

どんなに翠子がヤトを好きでも共に歩む事のできない相手なのはわかりきった事だ。

自分が一人前の竜になって、ヤトを安心させて、人の世界に戻す。


――――そして、翠子は遠くでヤトの幸せを祈るのだ。


竜である翠子には、そんな事しかできない。


(いくら好き同士でも、お嫁さんになんか当然なれないし……私って悲劇のヒロインよね。)


アハッと、心の中で翠子は笑う。自分で自分を笑って、それでもどんなに辛くともそうするしかなかった。


『……その人間は、間違いなく元の国に戻すのだな?』


「さっきからそう言っているでしょう。」


ヤトにそれ以上迷惑をかける事などできなかった。


『人間。お前もアキコの幸せを確信したら直ぐに帰ると約束できるか?』


「……我が名に誓って。」


暫の間を置いてから、ヤトはきっぱりとそう言った。


ロウドは深く頷く。


『人の名になど何程の価値もあるまいが、とりあえずはそれで良しとしよう。――――人間、お前を我らの国に連れて行くことを了承する。』


ロウドは物凄く偉そうにそう言った。


ヤトを連れて行くことに許可が出て、翠子は喜ぶ。


「ありがとう!ロウド。」


勢い余って飛びつけば、慌てながらもロウドは受け止めた。


竜の巨体が、ドン!とぶつかる大きな音が周囲に響く。

遠くにいた何かの獣の群れが走り出し、木に止まっていた鳥が一斉に羽ばたいた。

衝撃にヤトもフラフラと揺れる。


当然それには一瞥もくれず、ロウドは嬉しそうに翠子に首を絡めてきた。


『アキコ。』


甘く名を呼ばれ、耳元を舐められる。

慌てて翠子は体を離した。


(竜のスキンシップはわからないけれど、流石にちょっとやり過ぎよね?)


抗議の意を込めて見上げれば、ロウドは慌てたように顔を背けた。



『……可愛い過ぎるだろう。』



残念ながらロウドが呟いた言葉は、翠子には聞こえなかった。

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