旅立ち 9
「ヤト!」
翠子は驚きの声をあげる。
(え?それって、ヤトが私と一緒に竜の国に行くっていうこと?)
つい先刻までは、このままヤトを連れて行く覚悟でいたとはいえ、ヤトがこの場で元気に目覚めたからには、それは翠子が考えもしなかった事だった。
(本当に?……私は、ヤトと離れないで済むの?)
喜びが沸き上がる。
『馬鹿を言え!!』
しかしロウドは怒りの咆哮をあげた。
『人間風情が我らの地に踏み入る事など許されん。』
それはロウドにとっては当然の事だった。
「尊き御方よ。私の望みが分を越えた大それたものだということはわかっております。…それを承知でお願いします。どうか私も共にお連れください。」
ヤトがロウドの前に頭を下げる。
『断る!』
ロウドの返事はにべもない。
『人の子など、何故我らの世界に連れて行かねばならぬ。』
「決してご迷惑はおかけしません。」
『お前を連れて行く事だけで迷惑だ。第一、お前は我らの元でいったい何をするつもりだ?お前の居場所など竜の国のどこにもありはしない。』
言われたヤトは静かに翠子を見上げた。
「アキの……彼女の側に居たいと思います。」
はっきりとそう口にする。
その言葉を聞いて、翠子の心は舞い上がった。
(キ、キャアッ〜!側に居たいって、ヤトが、ヤトが、信じられない。)
もしも人間の体だったら間違いなく頬をつねっていただろう。
(き、聞き間違いじゃないわよね。)
嬉しすぎた。
「アキは、私の命の恩人です。そうでなくとも、私は彼女が好きだ。彼女が幸せになれるかどうかを確認したい。」
それは、竜を前にした人間としてはあまりに不遜な発言だった。
鋭い牙の並んだロウドの口からグゥルル―という低い唸り声がもれる。
その怒りのオーラで、周囲の空気が凍るかのようだった。
『人間風情が、我らでは眷族を幸せにできぬとでも言いたいのか?』
低く抑えた口調が恐ろしい。
「いいえ。あなたはおそらく彼女を竜としてこの上なく幸せにしてくれる。それを私は疑うものではありません。あなたが彼女を見る目には強い愛情がある。――――それでも私は心配なのです。それが本当にアキにとっての幸せなのかと。」
「ヤト……」
その言葉に翠子は驚く。
「アキは、彼女は普通の竜ではありません。」
ヤトは怯む事なくロウドを見返した。




