旅立ち 7
今までで一番楽々と翠子は空を行く。
いくつもの山と平原、川や海さえも超えた。
流石にヤトの様子が心配になってきて、どこかで休憩しなくてはと思った頃に、ようやくロウドは降下しはじめる。
『竜の国に着いたの?』
平原を流れる川のほとりに着地したロウドに翠子は尋ねた。
『まだだ。もうしばらく飛ぶから、その前に人間の様子を見た方がいいだろう。』
確かにこのまま飛び続けるのは、翠子も心配だった。
柔らかな草地に首を伸ばし、そっとヤトを離して横たえる。ピクリとも動かぬその姿に心が痛んだ。
『アキコ、お前も休め。この水で口をすすぎ、喉を潤すと良い。』
ロウドの勧めに翠子は首を横に振る。
「ヤトが気づいたら。」
今はヤトからほんの少しでも目を離したくなかった。
心配し、一心不乱にヤトを見つめる翠子の耳にバシャッという水音が聞こえる。
え?と思った途端、体がトンと押された。
『どけ。』
低い声が不機嫌に響く。
押された翠子がヤトから離れた瞬間、ロウドが翼をブルリと振るわせた。
派手な水しぶきが周囲に飛び散る。
どういう重力の法則なのか、それはヤトに集中的にかかった。
「キャアッ!何をするの。」
翠子は叫んで慌ててヤトに近づく。
抗議をこめてロウドを睨み付ければ、『起こしてやっただけだ。』と白々しくロウドは答えた。
「死にかかった人間になんて乱暴な事をするの!」
重ねて翠子が文句を言っても気にした風もない。
『見ろ。気づいたようだぞ。』
ロウドはそう言ってヤトを顎で示した。
「えっ。」
慌てて見ればヤトが身動ぎしている。
「ヤト、ヤト大丈夫!?」
翠子はヤトに顔を近づけ必死に呼びかけた。
『……近すぎだ。』
ロウドが何かを呟いたが耳に入りもしなかった。
「ヤト!」
「……う、……アキ。」
ヤトの口から自分の名前が出たことに翠子は泣きたいくらい安堵する。
(良かった。無事だった。)
「――――ヤト。」
もう一度呼んだ。




