落ちる
落ちないようになんて言われたって落ちようと思って落ちているわけではない。
コツンと何かにつまづいたと思った瞬間、翠子はもう落ちていた。
フリーホールのジェットコースターのような感覚に気を失わないようにするだけで精一杯である。
どれ程落ちたのであろうか、ポンと何かを突き抜けたような感じがして、見回せばそこは空の上だった。
…当然また落ちた。
焦って翠子は手足をバタバタと動かす。
とてつもなく体が重く感じるのは重力のせいだろうか?
それでも動けば少しは落下速度が遅くなるように感じて翠子は体全体を動かす。
その次の瞬間バン!と衝撃があって体がはねあがるような感覚を覚えた。
目の端に黒くて大きなモノが見える。
(こうもりの羽みたい)
第一印象で翠子はそう思う。
いやこのデカさは、こうもりというより悪魔か恐竜クラスか?
その大きな羽を、翠子は何故か以前より視界が広がり、自由に視点の動く目で追う。
自分の“背中”が見えて、固い黒光りするウロコのあるそこから羽が生えているのを確認した。
(え?私の背中…)
改めて確認すれば翠子の体は、真っ黒で大きくて、固いウロコに覆われていて、しかも2対の立派な羽の生えている超巨大生物になっていた。
動かした手足には長く鋭い5本の爪がある。
覗きこんだお腹だけ黒い毛におおわれているのが唯一可愛い部分だろうか?
ひょっとして、ひょっとしなくても…
「竜!?」
翠子は大声で叫んだ。
耳をつんざくような咆哮が自分の喉から出て、慌ててすくめた首はとてつもなく長かった。
どうりで背中が良く見えたはずだ。
翠子は自分がどこぞのビジュアルトレカの竜のような姿に変わってしまったことに気づいた。
(何で竜?)
考えて、そう言えば界渡りは落ちた先の異世界の頂点に立つ種族になるのだと言われた事を思い出す。
(ってことは。此処は竜の君臨する世界ってこと!?)
翠子は心の中でムンクの叫びのような悲鳴を上げる。
翠子は爬虫類が苦手なのである。
繁殖なんて絶対無理だ。
自分の姿が竜だと気づいた途端、それまで無意識に風を受け、飛べないまでも落下速度を緩める調節をしていた体が、ガチガチに固まる。
翠子は飛んだことなどないのだから当然である。
急速にスピードを速め落ちて行く体をどうにもできない。
みるみる地面が近づいてきた。
このままでは地面に激突して死んでしまうと焦る思いが働いたのだろうか、上も下もわからない視界の片隅に小さな青を見つける。
後は条件反射だったのだろう。その青に向かい体が落ちていく。
きりもみしながら過たず翠子は、青に飛び込む。
ドバーン!!と派手な水飛沫が大きく上がった。