旅立ち 3
翠子の竜の目に涙がこみ上げる。
「ヤト!!」
大声で叫ぶ。
大気が震え木々が揺れた。
直ぐにでもヤトの側に行こうとした翠子を大きな体が遮る。
「ロウド」
翠子の視界からヤトを隠すように動いたのはロウドだった。
『行くぞ。』
翠子を見詰めるその視線は強い。
「あっ、でも私は……」
『お前は竜だ。お前の居場所は人の世界にはない。』
――――それは、翠子が思い知った事実だった。
『これ以上此処に居ては、お前は動けなくなる。』
ロウドの危惧は正しかった。
誰よりも翠子自身がそれをよくわかっている。
翠子は、今直ぐにでもヤトの側に行きたかった。
ヤトの近くに行って、ヤトと話して、出来ればヤトに触れて、自分の気持ちを伝えたい。
――――自分もヤトに感謝していると。ヤトが大好きだと言いたかった。
でも、それをしてしまえば、翠子は自分がヤトにサヨナラを言えなくなるだろう事がわかっていた。
『お前は、此処に居てはいけない。』
ロウドの言葉は、絶対的な正しさを持って翠子を責める。
それでも……
「――――退いて。」
翠子そう言った。
『アキコ!』
「ヤトの方には行かないわ。行かないから退いて。――――ヤトが見えない。」
翠子の黒い瞳からは涙が溢れていた。
「退きなさい!」
ロウドが自然に体を引く。
涙に濡れる目で翠子はヤトを見つめた。
(よく見えない。)
それでも翠子はヤトが自分を見てくれているのがわかった。
その姿を目の奥に焼き付けるように翠子はただヤトを見詰める。
ヤトが大きく手を振った。
「幸せになれ!」
声が聞こえた。
「ヤトも。」
小さく囁き返す。
聞こえなかったろうにヤトが笑うのがわかった。
(ヤト……さよなら。)
翠子は翼を広げた。
風を呼ぶ。
その翠子の様子を見てロウドも再び羽ばたきはじめる。
『アキコ、お前は私が幸せにする。』
碧の竜は力強くそう宣した。
翠子は笑う。
(無理よ。ヤトがいないもの。)
心の中でだけ呟き、黙って飛び立つ。
直ぐにロウドが続き、翠子を飛び越した。
『案内する。』
その言葉に頷きながら、翠子は最後にもう一度とヤトの方を振り返った。
「!?」
そして動きを止める。
ヤトの直ぐ背後にセタが迫っていた。




