ロウド 3
ロウドの言う世界は、翠子の世界ではない。
この異世界に自分の帰る場所など無いのだと翠子は知っている。
「あ、私は…」
『アキコ、お前程美しい雌竜を私は見たことがない。お前が帰ればとんでもない騒ぎが起こるだろうな。』
翠子の言葉を遮り、ロウドは楽しそうに笑う。
『それでもお前を手に入れるのは私だ』
(まさかの俺様!?)
『俺様とは何だ?』
翠子は、今度こそ絡まった首を離した。
思考ダダ漏れは、やっぱりまずいと思う。
ロウドは、残念そうにため息をついた。
『まあ、良い。アキコの事情やその他もろもろは、帰ってからゆっくり聞こう。こんな所に長居は無用だ。』
ロウドは大きく翼を広げる。
ロウドの体に風がまとわりつきはじめた。
『行くぞ。アキコ。私の後ろに着いてこられるか?』
情けないことだが……翠子は、ふるふると首を横に振った。
「わ、私は行けないわ。」
『アキコ?』
(だって、私は竜じゃない。)
自分が竜と暮らすなんて、翠子にはとても考えられなかった。
(だって、爬虫類なのよ!)
…………爬虫類が苦手な翠子だった。
流石のロウドでも、今の翠子の思考を読んだなら、青筋立てて怒るだろう。
(ロウドは綺麗な碧でなんとなくカッコよく見えるけど、でも他の竜はわからないし…大体私自分の真っ黒な姿が一番イヤなのよ!)
女の子の憧れは何時だって美白のプリプリ美肌だ。
真っ黒な鱗なんて問題外だった。
(それが美しいだなんて……)
絶対趣味が合いそうになかった。
『ではお前はどうするつもりだ。このまま此処で暮らすとでも?そんな事が可能だとでも思っているのか。そのような“人間”まで惹き付けておいて。』
ロウドが指し示したのは、未だ魂が抜けたかのように呆然としているセタだった。
何も無い宙に視線を彷徨わせるその姿は、憐れにさえみえる。
『我らの力は人には過ぎた毒なのだ。』
ロウドはそう言った。
それは翠子にもよくわかる。
セタ程自分の欲望に忠実な者は、そうそういないと信じたいが、人とは常に上を目指す生物だ。
モチロン今の幸せに感謝して日々を生きる者も多いが、それ以上に、より上を求める者は後をたたない。
だからこそ文明の進化が有り、発展があるのだろうが、過ぎたる力が不幸を呼ぶ事は否定できない事実だった。
『我らの中でなら、お前は普通に暮らせる。……いや、普通というにはお前は美しすぎ、力も計り知れぬものを感じさせるが、それでも我らはお前を自然に受け入れるだろう。お前は、間違いなく我らと同じ竜なのだから。』
自分が既に人間ではなく、竜なのだという当たり前の事実を、ロウドは翠子に正面から突き付ける。
(本当は、界渡りだけど。)
人間で無いことだけは、間違いなかった。
(結局、此処には居られないのよね。)
ならば、この目の前の竜の誘いに乗るのもいいかと翠子は思った。
というよりも、それ以外の道は無いのだろう。
翠子は――――頷く。
ロウドの目が嬉しそうに輝いた。
翼がゆっくりと開いていく。




