湖畔 4
「竜様…」
セタの言葉を翠子は遮る。
「なんでこんな酷い事をするの?なんで来るの?私は貴方に用なんか何もないのよ!」
顔も見たくない!と翠子は叫ぶ。
セタは困ったように笑った。
「私はあなたに恋い焦がれておりました。」
しゃあしゃあと口にする。
「こ、恋ッ…」
翠子の口はパカンと開いた。鋭い牙が並ぶ世にも恐ろしい口なのだが、セタは気にならないようだ。
「寝ても覚めても思い描くのはあなたの神々しい姿だけです。今、実際にこの目にあなたのお姿を映せて、胸は高鳴り心臓は喜びのあまり止まりそうです。」
気にならないどころではないセリフだった。情熱的に訴えられて翠子は顔をひきつらせる。
(神々しい姿って…)
ぜんぜん嬉しくない。そんな事を言われて喜ぶ少女なんかいないだろう。
翠子はガックリ項垂れた。
なのにそんな翠子に気づかずセタは言葉を続ける。
「竜様。どうか私と来てください。決して後悔はさせません。あなたを生涯大切にし、崇め敬うと誓います。」
どうかお願いしますと頭を地に着けるほどに下げられて、翠子の顔はなお引きつる。
崇め奉られて嬉しい女の子もいないはずだ。
どうしたってセタとは話があいそうになかった。
(この人は私を竜だと思っているんだから当たり前だわ。)
セタにとって自分は人ならぬ竜だ。
自分と同じ存在だなどと思いもしない。
その点ヤトは…違った。
(ヤトはいつだって私を同じ目線で見てくれた。)
それがどれ程に稀有で得難い対応だったかが、セタを見てわかる。
本当に心からヤトに会いたいと思った。




