湖畔 2
(この声は…セタ!)
セタが翠子を見つけたのだった。
計画どおり王都で竜の情報を得たセタは、全てに優先させて翠子の後を追った。
途中で散り散りになったハヌをかき集め、可能な限り急いで湖に来たのだ。
そんなセタの様子には、鬼気迫るものすら見えた。
「竜様、どうか素直にお顔を見せてください。でなければ、私は何をするかわかりませんよ。」
だからその言葉はセタにとっては脅しではなく単なる事実と言える。
セタの口は、ようやく竜に追いついた喜びに醜く歪んでいた。
(絶対、イヤ!)
その笑みが見えたわけではなかったが、翠子は固く決意する。
水面はその翠子の意志を表すかのように波一つ立たなかった。
まるで凍りついたかのようなその様子に、セタは大きくため息をつく。
「困りましたね。本当はこんな事をしたくないのですが…」
肩をすくめてセタは懐から用意してきた小瓶を取り出す。厳重にほどこされていた蓋を外すと、ためらいなく中身を湖にこぼした。
無色透明な液体が広がっていく。
湖は表面的には何の変化も見せない。
―――と、思った時だった。
プクプクと小さな泡が水中から昇って来て、次の瞬間水面にピクピクと跳ねる魚が表れる。
「なっ?!」
白い腹を見せて、魚は次々と浮いてきた。
「これは猛毒です。竜様にとってはこんなもの何の脅威にもならないでしょうが、この湖の生き物は全滅するでしょうね。」
わずか小瓶1本で、広い湖を死滅させるほどの猛毒。
なのにセタの口調は、ワクワクしていると言ってもよいものだった。
(何て事を!)
翠子は憤る。
やはり、セタは最悪の男だった。
かといって、翠子にはどうすればいいのかなど何も分からない。
ただ、(ダメ!)と咄嗟に思った。
翠子の体の奥で、熱い何かがユラリと揺らめく。
…その揺らめきが何を引き起こしたかは直ぐに分かった。
魚の浮いてくる現象がピタリと止まったのだった。
それどころか浮いていた魚までも、ピシャッと跳ねるとたちまち元気になって水中に潜っていく。
翠子が無意識にふるった力が湖の水を浄化し、それは魚の中に入った毒までもを中和したのであった。
おそらく同時に魚の体に起こった異常も治したのであろう、その力によって魚は元通り泳ぎだす。
仮死状態だったのか、それとも死の淵から戻されたのか…どちらにしろ翠子の力はとてつもないものだった。
その様子を見ていたセタは、クツクツと笑いだす。
「やはり、この湖におられたのですね。…流石は竜様です。あなたにはどんな不可能もない。」
竜の存在を確信し、その力にセタは心から満足した。
「出てきてください。それとももっと強い薬を試しますか?」
それは、悪魔の言葉のようだった。




