湖畔 1
翠子は沈んでいた。
比喩ではない。文字通り水底にどっぷり潜っている。
ここは翠子がこの世界で最初に落ちた湖だった。
(…だって、ここしか知らないもの。)
そう、翠子にはこの湖の他に行けるところがなかったのである。
それでも、また誰かに見つかると悪いと思い、夜陰に乗じて湖に戻った翠子は、そのまま魚同様の水中生活を送っている。
竜が水の中で息のできる生き物であった事が心底ありがたかった。
(竜って両生類なのかしら?)
竜が聞いたら怒り出しそうな事を翠子は考える。
相変わらず自分のハイスペックさには無頓着な翠子であった。
―――水中で翠子が何をしているかと言えば、ただただ泣いている。
自分の涙で湖の水位が上がるんじゃないかと思うほど翠子は泣いた。
(ヤト、ヤト、ヤト…)
思う事は1つである。
(ヤトがいないなんて…これからどうしたらいいの。)
翠子は途方にくれる。
たまらなくヤトに会いたかった。
ヤトに迷惑をかけられないと自分から逃げてきたのに、こんな事ではダメだと思うのだが、涙は少しも止まってくれない。
悲しみは深まるばかりだ。
湖の底深く翠子は、踞る。
このまま溶けて無くなってしまいたいとさえ翠子は思っていた。
そのままどれ程経ったのだろうか、もはや時間の感覚もわからなくなった頃―――翠子は湖の水面に何かの波紋が広がるのを感じた。
(ヤト!?)
咄嗟に思ったのはヤトの事だ。
側に居てはいけないと思うのに、ひょっとしたらヤトが探しに来てくれたのではないかと期待してしまう。
水中で翠子は目を凝らし、耳をすませた。
・・・男の声が聞こえてくる。
「竜様、おられるのでしょう。」
―――なのに聞こえてきたのは、一番聞きたくない声だった。




