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界渡りの物語  作者: 九重
35/111

セタ

薄暗い廃屋の中でセタは気がついた。


「此処は?」


ホコリと朽ちた木の臭い。淀んだ空気は、この家がずいぶん長い間人の出入りのなかった事を物語っている。


(!?)


とうに無くなっていたと思った記憶の片隅に残る、がらんとした部屋の様子から、セタはこの家が自分の生家だということに気づく。


(なんで?)


呆然とした。


何故自分が此処に居るのかと考えて、直ぐに思い出したのは、竜の底知れぬ黒い瞳だ。

自分が竜の力によって、一瞬の内に此処にとばされたということは考えるまでもなく明らかな事だった。


だが、問題なのは―――この場所だ。

セタが誰にも話した事のない、自身すら忘れていた自分の故郷。



今更ながら竜の力に体が震える。



おそらく…竜はセタを移転させる際、セタが最初に存在した場所を撰んだのだと思われた。

生息地というイメージだったのかもしれない。


(いや、多分全て無意識なのだ。)


竜の底知れぬ黒い瞳を思い出す。

怒りにかられながらも、土壇場でセタを殺す事を止めて、代わりにセタが元々()った場所に戻した…とてつもない力を持つ竜の瞳を。


いくら竜と言えど、そんな事ができるなどと聞いた事もなかった。

知らぬだけで、竜ならば当たり前の力なのかもしれないが―――



「絶対、手に入れる!」



朽ちかけた廃屋の中で、セタは叫んだ。


それは心からの渇望だった。


竜としてどうなのかなどはどうでもいいことだ。人から見れば、あの竜の力は信じられない程の奇跡といえる。


あれほどの力に手を伸ばさないなどという選択は、セタにはなかった。




ホコリの厚く積もった、かつてのセタの生家。


この家の様子が、セタの生い立ちと境遇を物語っている。


―――セタには、旧王家に対する尊敬など、欠片もなかった。

没落した下級貴族の息子がなめた辛酸は筆舌に尽くし難いものがある。自分がのしあがるためであれば誰がどうなろうがセタの知ったことではなかった。



黒い竜の姿を思い出す。


恐ろしい程の力に満ちた、神々しい巨体。


―――なのにあの竜は、子供などに馴れ馴れしくさせていた。

そこにつけこめるとセタは思う。



竜のくせに、少しも竜らしくない竜。



「アキと呼ばれていたか?」


あの竜に手を伸ばし、黒い鱗に触れる自分を想像する。


…心が震えた。


竜の力が手に入れば、愚かな他人の下で媚びる必要もなくなる。

無能で威張り散らす事しかできない簒奪者の現王を引き摺り落とし、セタ自身が支配者となり全てを自分の足元に這いつくばらせる事さえ可能だ。



甘い欲望に…セタは、酔った。



朽ちかけた廃屋に最後のいちべつをくれる。


「あの竜に感謝しよう。」


この家の現状は、自分の決意を固めてくれた。もう二度とこんな境遇に落ちはしない。

くるりと踵を返した。


「…まずは王都に戻るか。」


自分に都合の良い報告をして、代わりに竜の情報を得るのだ。


(捜し出し―――追い詰める。)


そして確実に手に入れる。



あの優しい黒い竜を手に入れる手段を頭の中で巡らせる。


自然と口許に笑みを浮かべたセタは、自分の生家を一度も振り返らなかった。


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