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界渡りの物語  作者: 九重
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谷間の村 3

「変な顔〜。」


突如、キサが翠子の目の前に回り込む。

思いだし笑いをしていた翠子は慌てて顔を引き締め、口を閉じた。



「あんまり口の近くに来ると、お母さんが心配するわよ。」



いくら翠子が大人しく優しい竜なのだとヤトや子供達が言っても、大人達の警戒は一朝一夕には溶けない。


翠子の忠告にキサは尚更翠子にくっついた。



「アキはこんなにイイ奴なのに大人なんかバカばっかりだ。」



本気で怒っている様子のキサの優しさが嬉しい。

今はそれだけでも十分幸せな翠子であった。




そんな話を夜ヤトと寝ながら話す。


「キサったらね。いつか私に乗って空を飛びたいなんて言うのよ。」




……ヤトは、村で一番大きな家を提供され、そこで寝泊まりして欲しいと村人に懇願されていたが、何故かそれを断り相変わらず翠子と一緒に外で寝ている。

雨が降ったらどうするのかと翠子は心配していた。


そう言ったら…


「その時は、お前の体の中に潜り込むさ。そこが一番安心で”気持ちがイイ”。」



(!・・・)



そう言われた時、翠子はカアッと顔に血が上ってしまうのを止められなかった。

竜の顔で良かったと心底思う。

これだけ真っ黒ならば、赤くなっていることに気づかれないはずだ。



(もうッ!ヤトったら!)



ヤトは時々ひどく翠子をドキドキさせる。


もちろん、ヤトにしてみれば、なんの下心もない発言なのだろうが、つい最近まで15歳の少女だった翠子は反応せずにいられない。




今もそうだった。


キサの話を聞いたヤトが顔をしかめる。


「それはダメだ。」


「わかっているわよ。キサには空を飛ぶのはまだ危険だもの。そんな事しないわよ。」


間違って落ちでもしたらとんでもない事になる。せっかく内におさまっている大人達の警戒心が噴き出たあげくどんな行動に出られるかわからない。




翠子にだってそれくらいはわかっていた。


…なのにヤトは難しい顔で黙りこむ。



「ヤト?」



「…違う。俺が、俺以外の人間がお前に乗るのが嫌なんだ。」



(?!それって…)



思ってもみなかった理由に、翠子はびっくりして目が丸くなる。


「俺も、まだまだだな。キサはあんなに小さな子供だというのに、お前が嬉しそうにキサの話ばかりするのが腹が立つ。お前は俺のものでの何でもないのに、つまらない独占欲で胸がモヤモヤしてしまう。」


ヤトは、自分でも困ったように頭をガシガシとかいた。





翠子は、悶え死ぬのではないかと思う。



(ウ☆△イゥ※アァ〜★ッ!)



自分でも何が言いたいのかわからなかった。


それくらい…嬉しい。


だってそれはヤトが嫉妬してくれたってことだ。



(イケメンが私の事なんかで嫉妬って、嬉しすぎるでしょう!)



信じられない事態だった。






「ヤト、私ヤト以外の人を絶対乗せない!」


だから翠子は勢い込んで話し出す。


その言葉にヤトは驚いたように目を見開いた。



「それにね。私、ヤト以外の人にお腹を触らせた事は無いのよ!」



子供達がどれ程近づいて来ても、翠子は固い鱗以外に触れさせた事は無い。単純に危険性の問題だけでなく、翠子自身が何となく嫌だったのだ。



今度はヤトの目が限界まで見開かれる。



「アキ…」



小さくポツリと言葉はこぼれた。





モチロン翠子だってヤトの嫉妬が恋愛とは無関係なものなのだとはわかっている。


(竜だものね。)


要はあれだ。自分の家のネコが、余所の人にすりよったりしたら腹が立つというあの“感じ”だろう。

それでも翠子は嬉しかった。



「ヤトは私の特別よ。ヤト、大好き!」



だから翠子は素直にそう告白する。


信じられ無い事に、ヤトのイケメン顔が、真っ赤になった。




「それは…嬉しい。」




ヤトには珍しく小さな声の返事も心地よい。




その後ヤトは何だか恥ずかしそうに翠子のお腹の定位置に潜り込んでしまった。



(そこは、微妙な位置だって言ったらヤトはどうするのかしら?)



いや、どうもする訳もないかと翠子は1人で項垂れる。


結局1人で盛り上がり、1人で落ち込んだ翠子は、頭をプルプルと振ると、もう寝ようと決めて長い首と尻尾を体に絡めて丸くなった。


そうすると、翠子の頭は丁度ヤトのいるお腹当たりに落ち着くのだ。


自分の毛皮に潜って見えないとはいえ、そこにヤトがいるのかと思えば、翠子の精神は落ち着く。




しかし何故か今日は、その毛皮がもぞもぞと動き、そこからヤトが顔を出した。



「アキ、俺もお前が好きだ。」



ヤトの顔は、まだ赤かった。



人生2度目(・・・)の告白で、しかもまたお相手は、イケメン優良物件のヤトである。



翠子の顔も赤くなった。


いくら意味が違うとわかっていても、イケメンの告白の破壊力はハンパない。



しばらく見つめあった。






「顔、赤いぞ。」


「だって、そんな!…ヤトだって、…っていうか、赤いかどうかなんてわからないでしょう!?」


翠子の顔は、基本真っ黒である。



「それくらい見分けがつく。」



どれだけ一緒に居たと思っているんだ?とヤトは言った。




翠子は…本当に幸せだった。


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