谷間の村 2
(あの時は大変だったわよね。)
翠子は感慨にふける。
その後、翠子には入れない家屋の中でヤトが事情を説明し、この村においてもらえる事になったのだが…
(まだ大人の人達は、私を警戒しているのよね。)
この巨体では仕方ないかと翠子はため息をつくのだが、正直遠巻きにして眺められるのは心が傷つく。
(とって食べたりしないのに。)
かえって翠子の方が、彼らが恐い。
何故なら、大人の男達は全員帯剣しているのだ。大剣から斧、弓矢まで男達の装備は現実に目にすれば怖いモノばかりだ。
ヤトも剣は常備しているが、それは細身の短剣で、しかも翠子の目に触れないように配慮してくれていた。
(やっぱりヤトは優しいのよね。)
イケメンで優しいなんてどこのおとぎ話の王子様かと思うのだが、ヤトは現実に目の前に居てくれる。
その心遣いを思い出して、翠子は自然にニマニマと笑った。
「あ〜!変な顔してる!」
そんな翠子の様子を目ざとく見つけた子供達がはやしたててくる。
…大人とは正反対にあっという間に翠子になれたのが子供達だった。
最初はおっかなびっくりだったのに、何をどうしても翠子が怒らない事を知った彼らは、最近ではやりたい放題になっている。
滑り台など可愛い方だった。
「ケガしないでよ。」
勢いよく滑り降りるリーダー格の男の子に翠子は注意する。
「そんなドジ踏むもんか!」
イ〜ッ!と歯をむき出してその子は笑った。
その男の子は、名前をキサと言って、ともかく元気で何をするにも自分が先頭にならないと我慢ができないようなところのある子だった。
翠子に最初に触れてきたのもキサで、ぶるぶる震えながら伸びてきた小さな手がとても可愛いかったことを覚えている。
翠子がジッと動かずにいれば、その手は恐る恐る翠子の黒い鱗に触る。
ペタと触ったと思ったら大慌てで逃げて行った。
「やった!触ったぞ!」
「スッゴい!ねぇねぇどんな感じ?」
「スッゲェ、固かった。」
遠く(と子供達が思った距離)で、こそこそと話し合う姿に思わず笑みがこぼれてしまう。
翠子はこらえきれず、長い首をニュッと子供達の方に伸ばした。
それだけで翠子と子供達の距離は0になる。
「もっとしっかり触ってもいいわよ。」
ギャッと叫んで、蜘蛛の子を散らすように子供達は逃げ出した。
それでもキサだけは近くにとどまり睨み付けてくる。
「本当に?」
翠子は笑って頷いた。
…それからは、もう触りたい放題だった。
「スゲー、スベスベだ。どうしてこんなにピカピカなんだ。」
スゲースゲーと連発しながらあちこちの鱗を触りまくる。ついには鋭い爪にまでちょんと触った。
キサのそんな様子を見ていた他の子供達も徐々に近寄って来る。
最終的に全ての子供達が翠子に触り、顔を輝かせる。
大人達がその事に気付いた時にはもう手遅れだった。
青くなって我が子を竜から引き離そうとするのだが、子供達は笑いながら逃げて翠子の体の影に隠れる。
「ダメよ。お母さんやお父さんの言うことを聞かなくちゃ。」
他ならぬ翠子の言葉に子供達はハ〜イと返事をし素直に親元へ戻っていく。
親達は目をしろくろさせた。
ヤトが大爆笑した。
 




