飛翔 5
真剣に竜にとっては虫けらのような人間の命を案じるアキの優しい心が嬉しい。
それに心だけではない。
無意識だろうがアキは、心から案じる事によって、ヤトが急上昇で受けたダメージを全て治してくれていた。
既に自分の体のどこにも異常が無いことが、ヤトにはわかる。
やっぱりアキは桁外れな力を持つ竜だった。
いくら竜とはいえ、自分でも意識もせずに力を振るう存在など聞いた事が無い。
「ヤト、良かった。本当に大丈夫?」
首をめぐらせ自分を心配そうに見ながらも、アキは、自身が羽ばたき1つせずに空中に浮いている事に気づきもしない。
そんな生物は見た事がないし、いくら万能と言われる竜でさえも、それが可能だとは思えなかった。
とてつもなく規格外でその自覚が全くない竜がここにいる。
純粋で優しく力溢れる存在。
それはある意味ひどく危険なものだった。
(逃げ出せて良かった。)
ヤトは、この竜が悪意ある者に捕まった可能性を考えて身を震わせる。
体を乗り出して下を見た。
この高さでは広がる大地に動くものの姿を見分ける事はヤトには出来ない。
しかし…
「ハヌが見えるか?」
ヤトの問いかけに翠子は頷いた。
「こっちを見上げているみたい。」
ヤトは思わず舌打ちをした。
急に飛び立った竜を、もう追いつけないと諦めてくれれば良いのだが…
「異動するぞ、アキ。」
「うん。どこへ?」
それが問題だった。
竜は目立つ。あんな辺境でさえも、おそらく遠目に見た者からの情報で、ハヌが確認に来たくらいなのだ。
逃げる先など無いのかも知れない。
それでも…
「とりあえず上昇だ。」
ヤトの手は、遥か上空を指差す。
下界から見えない程の上空へ。
この竜ならそれが可能だった。
翠子は従順に首を大きく縦に振る。
上へと竜は翼をきった。




