追手
ハヌは、人に飼われたこの世界の猟犬と呼ぶべき存在だった。
それもただの人ではなく軍に飼われている軍用犬だ。
非常に賢く飼い主に忠実で、それゆえその標的になった者にとっては、とてつもなく厄介なハンター。
単独あるいは数頭の群れで行動するハヌが、こんな場所に現れた理由は1つだろう。
竜がずっといるのを知って確認に来たか、それともヤトを追って来たか。
おそらく前者だろうと思われるが、この場にヤトがいるのを知れば、追っ手も同時にかかるだろう。
(マズイ…)
…ヤトは、この国の軍から追われる身だった。
もっとも、どうすれば良いかはわかっている。
すぐさまこの場から1人で逃げ出すのだ。
「ねぇ、ねぇ。ヤト。ハヌって何?」
ヤトの焦りに気づかぬまま、翠子がのんびり問いかけてくる。
一瞬でヤトの頭の中には今後のこの竜の行く末が思い浮かんだ。
竜でありながら何も知らない無邪気な存在。
恐るべき力を持っているのにヤトのような人間にも従順で、穏やかだ。
この竜を軍が知れば…
(利用されるだけ利用されて、武器のように扱われる。)
騙され、それが正義だと信じこまされて、この国が民を服従させ、他国を侵略する道具にされるだろう。
(あいつは、絶対そうする。)
ヤトの脳裏に、1人の男の姿が浮かぶ。
馬鹿にしたようにヤトを見下し笑った狡猾な男の顔が。
そんな事は許せない!
ヤトは唇をきつく噛んだ。
そうなった時の被害も問題だが、何よりヤトはこの優しい竜が利用され、きっとその結果に傷つくだろう事が嫌だった。
(こいつには、いつものんびりと笑っていて欲しい。)
翠子は竜だ。
本来ならヤトがそんな事を思う事すら不遜な存在だ。
でも…
ヤトは、いつの間にか自分がこの竜の保護者のような気になっている事に気がついた。
(いや、保護者というか家族というか…)
どのみちそれはずいぶん図々しい思いだった。
それでも。
「アキ、俺はお前が好きだ。」
ヤトは、そう言った。




