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ハヌ
そんな2人の幸せな生活が終わったのは、突然だった。
いつもの調子でふわふわと浮いていた翠子の、ものすごくよく見える竜の目が、遠くにこの世界ではじめて見る生き物を捉える。
「え〜?あれ何だろう。犬?猫?タヌキ?…ねぇ、あれ何?ヤト。」
無邪気な翠子の言葉に、ヤトの顔色は変わる。身を翻すと、まるで野生の獣のようにスルスルと一番高い木に昇った。
そこから翠子の見ている方に目を凝らす。
この湖の周囲の鬱蒼とした森の向こうに突如として広がる砂漠のような荒れ地に微かな黒い点が見えた。
「あれが生き物なのか?」
そうよと翠子は答える。
「えっとね…」
翠子はその生き物の姿をなんとかヤトに伝えようと話はじめた。
「四つ足で、顔がちょっととんがっていて、耳がピンとなって、目が大きくて、尻尾はフサッて、なっていて、色は灰色かなぁ?」
茶色よりは黒っぽいよね。とわかるようなわからないような説明を翠子はする。
それでもヤトには十分通じたようだった。
「ハヌだ!」
忌々しそうに吐かれた声は、何かを呪うかのように低く怒りに満ちていた。




