浮く
自分が人間でなかったり、何もわからない内に界を渡ったり、あまつさえ竜になったりと、自分的には踏んだり蹴ったりの状況ではあるが、イケメンと花というこの事実だけでも「まあ、いいか。」と許せるような気さえする日々を、翠子は過ごす。
しかし、ヤトに良くしてもらえば貰う程、翠子の中には申し訳ないという思いが溜まってきていた。
自分は世話をしてもらうばかりなのだ。
そう思っている翠子はせめて早く飛べるようになろうと決意を新たにする。
その甲斐あってなんとなくではあったが飛ぶコツみたいなものがわかってきた。
(翼の下に風船みたいなものを想像すればいいのよね。)
しかも暖かい風船だ。
暖かな空気は上に昇る。
要は、気球だった。
・・・・・・・・・
翼の下に気球… そうするとどうなるか、お分かりだろうか。
ご想像通り翠子はフヨフヨと空に浮いていた。
「見て見て、ヤト!私飛べたわ!」
…いや、浮くと飛ぶは違うだろう。
ヤトが頭を抱えなかった事を誉めてやりたい。
「ヤト〜!」
「ああ。見ている。…良かったな。」
ヤトは優しい男だった。
それにしてもと、上機嫌でふわふわと浮く巨体をヤトは複雑な表情で見つめる。
(有り得ないだろう。)
空を飛ぶのに少しも羽ばたいていない事に、あの竜は気がついているのだろうか?
確かに竜の巨体が軽々と飛び立つためには、翼以外の何らかの力を使っているのだろうという噂はあったが、それにしたってまるで翼を使わないなんて有り得ない。
(本当にこいつは規格外の竜だ。)
今まで聞いたどんな竜の話しとも違う不思議な竜。
「アキ!それ以上昇ると危険だ。戻ってこい。」
ヤトの呼びかけに翠子は、「は〜い。」と返事をして素直に降りてきた。
 




