界渡りの真実 3
「竜以外の……」
翠子は呆然と、そう呟く。
「そうよ。」と母は至極簡単なことのように頷く。
《翠子、爬虫類が苦手でしょう?竜は大丈夫?……ママは、最初人間なんて全然受け入れられなくって、苦労したわ。》
母は大きくため息をつく。
なんと母は“落ちる”前は、クジラに似た海洋生物だったのだそうだ。海が惑星の90%以上を占める星に産まれて“落ちて”地球に渡った。
《界渡りの知識は十分与えられて“落ちた”んだけど、人間のデコボコとした小さい体と細くて長くてみっともない手足に慣れるまでは、毎日嫌で嫌でたまらなかったわ。》
「デコボコ……」
翠子は絶句する。
確かにクジラみたいな流線型の生き物から見れば、人間はデコボコしているのかもしれない。
《よっぽど人間なんて止めて、クジラかイルカを地球の支配種族にして番おうと思ったんだけれど……パパに出会ってね。パパが一緒にいてくれるから、我慢したの。慣れれば人間の姿も結構良く見えるようになったし。・・・・・それにね、パパは時々海で私の姿に合わせてデートしてくれるのよ。》
ウフフと母は笑う。
「子供の前で――――」と照れながら、父は母の肩をそっと抱き寄せた。
相変わらずバカップルな両親である。
ふと翠子は、両親が現れる前の映像に映った、2頭の海洋生物を思い出す。
ひょっとしてひょっとしなくても、あれは両親だったのか。
(もしもママがパパに出会えなかったら、地球の人類って、危なかったんじゃない?)
思いついた瞬間、背中にツーっと冷たい汗が流れ落ちる。
人類滅亡の理由が、デコボコした体だったからなんて、笑うに笑えない。
しかし、翠子が今一番気になるのは、そこではなかった。
「――――私、竜以外にもなれるの?」
翠子の声は、震えていた。
《ええ。もちろん。どんな姿だって翠子の望みのままよ。》
もちろん外見だけでなく、体の中身も機能も完璧に変化できるのだと母は言う。
《最初は、他の種族は難しいかもしれないけれど――――そうね、翠子は元々人間として生まれ育ったんだから、人間だったら簡単なんじゃないかしら?そっちの世界には人間もいるみたいだし……体の奥深くの界渡りの力を意識して“人間に戻りたい”って思えば、きっと“戻れる”わよ。》
両親の視線は、翠子の周囲の竜と人間であるヤトに注がれる。
竜にとっても、思いもよらぬだろう今のこの事態。
ロウドも他の番候補達も――――長い時を生きてきた長でさえも、突如空間に映像が浮かび上がり、その中の人物と翠子が会話しているという信じられぬ目の前の事実を、息を止めて見つめていた。
それは、当然ヤトも同様であり――――
そして、彼らの見守る中、翠子は巨大な竜の体を震わせる。
「………………私は、人間になれるの?」
ポツリと、呟いた。
その途端、翠子の体の中から光が溢れだす!
眩しい光が翠子を覆い、その光の中に竜の体が呑みこまれる。
黒い体が、輪郭を……………失う。
「アキ!」
「アキコ!」
「陛下!」
驚愕と困惑と動揺の声が上がる。
光が――――小さく、小さく凝縮していく。
眩しいままで、丁度人間くらいの大きさになろうかという、その時――――
《あっ……でも、翠子、変化するのなら時と場所を選んだ方がいいわよ。だって、あなた素っ裸でしょう?》
今思いついたというような、どこか間の抜けた母の声が、響いた。
凝縮していた光が、動揺したように揺れる。
次の瞬間、光はボンッ!と膨張した。
その光の中から、黒い竜の巨体が現れる。
「もうっ!ママ、そういうことは、先に言ってよ!」
翠子が、真黒な体を真っ赤に染めて怒鳴る!
もちろん、誰にも色の違いはわからないが、翠子がそうなっているだろうことは一目瞭然だった。
翠子の母が明るい笑い声を上げる。
異世界の竜の国に、その笑い声は大きく響き渡った。




