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界渡りの物語  作者: 九重
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界渡りの真実 2

《やっと、繋がったわ!翠子、会いたかった。》


翠子の母が叫ぶ。

いったいどうして?という疑問より何より、懐かしさが、翠子の胸いっぱいに広がった。




「ママ!」


《もうっ、あれ程ママが「落ちるな」って言っていたのに、翠子ってば急に落ちちゃうから、ママもパパも本当に心配したのよ。落ちた先を探し当てるのに三年近くもかかっちゃったじゃない。心配し過ぎて死んじゃうかと思っちゃったわ!》


ポンポンと矢継ぎ早に言葉を浴びせてくる母。


(ああ、間違いなくママだわ。)


泣きそうになりながら翠子は思った。


突然落ちて界を渡ってしまった翠子。

どこに落ちたのかもわからない我が子を探した両親の苦労は並大抵のものではなかっただろう。


だが、翠子だって、別に落ちたくて落ちたわけでは絶対ない。


(だいたい、冗談だと思っていたんだし……)


もちろんそんな事を言えば、百倍になってお説教が返って来るのは間違いないので、翠子は黙っていた。




《久しぶりだね、翠子。元気かい?》


落ち着いた声は、父だ。


「パパ……」


《こんな調子だけれど、ママは本当に翠子を心配していたんだよ。本当なら翠子には、もっと界渡りとしての知識を沢山伝えて、落ちた先でも安心して生きていけるように準備させてから落ちてもらうつもりだったんだ。僕達の対応が遅れたばかりにたいへんな目に遭わせてしまったね。》


優しく労わってくれる物静かな父。

時々しか会えない父の大きく力強い腕に抱き上げられるのが、翠子は何より好きだった。


父の目が温かく翠子を見つめる。


《ああ。でも本当に元気そうで何よりだ。そちらの世界の支配種族は、竜なんだね?》


《ホント、翠子ったら、ものすごくカッコイイ竜になったのね。》


母も、眦に浮かんだ涙をぬぐいながら、ようやく笑った。



「もうっ、ママったら。カッコイイなんて言われても、嬉しくないわ!……っていうか、パパもママも、どうして私が私だってわかるの?」


母の涙につられて、自分まで泣き出しそうになってしまい、翠子は慌てて声を高くする。


同時に、ふと気づいた疑問を訊ねる。

今の翠子の姿は黒い竜だ。以前の人間の少女だった時とは似ても似つかぬはずである。

何故両親は、一目で翠子が翠子だとわかったのだろう。


母は呆れたように肩を落とした。


《我が子がわからない界渡りなんかいないわ。界渡りの姿はいろんなものに変わるんだもの。外見だけに惑わされるはずがないでしょう。》


両手を腰に当て、当然でしょうと胸を張る母。

父は苦笑した。


《オーラとでもいうのかな。界渡り同士にしか見えない個体特有の雰囲気があるんだよ。翠子も気をつければそれが見えるはずさ。そうでなければ、様々に姿を変える界渡りは、同属を認識できないからね。……でも、良かったよ翠子が竜になっていて。竜族はどんな世界でも頑健で寿命が長いと決まっているからね。まかり間違って、寿命が極端に短い種族や、自我がまるで確立していない種族が支配する場所に落ちてしまえば、界渡りとしての知識がまるでない翠子は、そのままその種族の特性に呑みこまれてしまって、今頃死んでしまっていたかもしれない。》


良かった良かったと父は何度も頷く。



翠子は、えっ?となった。


確かに考えてみれば、その可能性はある。

自分がテリトリーとすることのできる空間のみを求めて、界を渡る界渡り。その空間の支配種族の最高個体に擬態できるものの、種族そのものを選んで界を渡っているわけではないのだ。



翠子は、中学で習った地球の生命の歴史を思い出す。


(例えばそこが古生代の地球みたいな星だったら?……私は、三葉虫とかアンモナイトになっちゃったかもしれないの?)


三葉虫やアンモナイトが支配種族だったかどうかはわからないが、古生代の地球であれば、おそらくどの生物になっても似たり寄ったりだったのではないかと思われる。


それでも生きているものがいる世界であれば、まだましだろう。もしそこが、生命体がいない世界だったら――――



(界渡りは、どうなるの?)



翠子の体は、知らずブルッと震えた。


その様子から、翠子の考えたことがわかったのだろう。「大丈夫だよ。」と父が言ってくる。


《界渡りが界を渡る理由は、自分達が生きるためだ。生きるために渡った先で、死んでしまえば、それは本末転倒にしかならない。言っただろう?翠子が界渡りとしての知識がないまま落ちたから危険だったのだと。》


それは、きちんと知識を持っていれば、渡った先の世界がどうであっても大丈夫だということだろう。


当然でしょうと、母は、また胸を張る。

どれほど大きな竜の姿でも、母にとって翠子は小さな子供のままのようだった。



《そもそも界渡りは、どんな種族よりも強くって寿命が長いのよ。つまり、どこに渡ってどんな生物になったとしても、そのままなら自分の寿命や能力を下げてしまう結果になってしまうの。そんなの生物の有り様として受け入れられるはずがないでしょう?――――だから界渡りは、何になったとしても、界渡りとしての元々の能力を失ったりしないのよ。》



言われてみればその通りだ。


竜よりも長い寿命を生きる界渡りが、例えば両親のように人間になってしまったとする。

そうすると、その界渡りの寿命は百年足らずのものになってしまう。

いくら子孫を残すためとはいえ、そんな自分の命を縮めるような変化を受け入れられるはずがなかった。


《パパが今何歳かわかる?パパはクレオパトラに実際に会ったことがあるんですって。ママは、クレオパトラより美人だよって、言ってくれるのよ。》


キャッ!と言って照れながら笑う翠子の母は、確かに美人である。それでもあまり人間の中で目立たないように姿を調整しているのだと、母は教えてくれた。



(クレオパトラって、紀元前の人でしょう?ってことは、パパは二千年以上生きているってこと?)



翠子は呆然とする。


母の年齢は――――秘密だそうだ。



《翠子の中にも界渡りの力があるわ。今は竜に変化したことで、その力は体の奥底に潜っているはずだけれど、意識すれば自由に使うことができるわ。竜の体に限界がきたり“竜以外の別の生き物になりたい時”は、その力を使うといいわ。》



母は、そう言った。

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