眠る
翠子とヤトの奇妙な共同生活は、こうしてはじまった。
もっとも共同とは言いながら、翠子がヤトにしてあげられる事は何もない。
ヤトは1人の生活に慣れているのだそうで、食料の調達から身の回りの事まで全て完璧にこなせてしまうのだ。
その手並みは鮮やかで、翠子とは比べものにもならなかった。
一方の翠子は飛べない竜だ。
姿だけは威風堂々として威厳まで感じられるのだが…デカい図体は、歩くにしろ泳ぐにしろとことん邪魔なだけだった。
飛べないという現状では、翠子が動けるのは湖の中と比較的広い湖岸の一角しかない。
やろうと思えば周辺の木々をブチ倒して移動できるのだろうが、流石にそれは被害が大きすぎた。
翠子には飛ぶ練習とその場で丸くなって眠ることしかできなかった。
そんな情けない現状の翠子だが、自分が役に立っていると唯一思えるのが夜だった。
翠子の大きな体は、雨露や風を凌ぐのに最適だったのである。
しかもお腹の部分の毛皮は暖かく寝心地が良いとヤトに誉めてもらったりもした。
…嬉しかった。
とはいえ、本当は最初、ヤトと一緒に眠るのはちょっと抵抗があったのだ。
竜になったとはいえ翠子はうら若き乙女である。
対するヤトは見とれるようなイケメンだ。
鱗や毛皮に包まれていても体感的に翠子は裸なのだ。
その裸の翠子の、唯一柔らかい毛におおわれたお腹の辺りに、ヤトは体を丸めて眠ろうとしたのだった。
お腹の下の方にピトッとくっつかれて…翠子は声なき悲鳴を上げた。
そこは、ヤバい…。
「あ、あのヤト…」
「ああ。柔らかくて凄く気持ちいいな。」
それはそうだろう。
でも、頼むからもう少し上の方に移動してくれないだろうか?
「え、えっと、その。」
「それになんだかいい香りがする。竜の幼態の匂いなのか?」
翠子は狼狽える。
クンクンと匂いを嗅ぐのは心底止めて欲しい。
「あの!やっぱり、夜中に寝ぼけて潰しちゃうと悪いし!一緒に寝るのは…その」
「大丈夫。そんなドジじゃない。」
…そうですよね。
翠子の目は遠くなった。
もぞもぞと動かれて、上がりそうになる悲鳴を必死に堪えている内に、ヤトはもう寝息を立てていた。
大胆にも竜のふところ…しかも下腹部におさまって眠るイケメンを翠子は複雑な顔で見詰める。
考えてみれば、ヤトも不思議な男だった。
(疲れているのかしら?それともこの世界ではこれは普通のことなの?)
翠子がその気になれば、ヤトなんて一口でパクリと飲みこめそうなものなのに、豪胆なのか無謀なのかさっぱりわからない。
(イケメンなのは間違いないんだけど。)
だったらイイかと翠子は思う。
こうして翠子はヤトの寝床になったのだった。




