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深紅のフィリー

気配と書いてオーラと読んでもらえると嬉しいです。

紅い花が咲いていた。




平原一面に広がるそれは赤い絨毯を思わせる。戦地に赴いた経験のある ものは、血の海と例えるかもしれない。だがかすかに香る甘く涼やかな香りが不穏な考えをう ち消す。本来なら夕刻にしか咲かない花だが、全盛期のこの季節は一日中楽しめる。


「うわー、こりゃぁ、すごい。いつもの3倍は咲いてるぞ。」


「あぁ、確かにすごいな。これならコオウ様も喜ばれる。」


コオウに先んじて駆けていた2人の騎士が感嘆の声を上げる。ほんの数秒の間、2人はフィ リーに見入っていた。


「はぁはぁ、カイもスーシャも早いなぁ。」


後ろから弾んだ息使いが聞こえ、振り向くとコオウがいた。


「ふぅ、2人とも流石だよ。全然追いつけないし、ちっとも疲れてないなんて。僕はまだまだ だなぁ。」


額の汗を拭いながらコオウは言う。確かにカイもスーシャも息1つ乱してはいなかった。


「いえ、我々は慣れているだけですし、コオウ様も前の時より上手くおなりです。」


「本当!?」


カイの褒め言葉にコオウは満面の笑みを浮かべる。


「あぁ、こいつの言う事は本当ですよ。後は王子、馬に走らせるのではなく馬と走る感覚を身 につけることですな。・・・しかし俺が任務ででていった間にだいぶ速くなりましたね。」


「もう、スーシャったら褒めすぎだよ!」


頬を赤くしてコオウは笑った。


「ここはずいぶんと見晴らしの良い所ですね。」


大きく伸びをして寛ぐスーシャにカイが真顔で答える。


「そうだな、だが射手に気を付けなければならない地形だ。」


「2人とも!今はそんな事言ってないで景色を楽しもうよ。」


無粋だ、と言わんばかりの顔で王子が反論する。


「それもそうですな。どうです王子、国王と王妃様に少し摘んでいってあげては?」


「えぇ、その間我々が周りを見ていますので・・・」


カイがそう言ったとたん、


「カイは真面目だなぁ。」


「まったく何、無粋なこと言ってんだよ。でもなんて言うか・・・お前らしいな!」


変に感心され、ど突つかれ、二人から思い思いの突っ込みを受け、カイはそれ以上何も言えな くなった。








その頃、金の髪の青年もまたフィリーに覆われた平原に見とれていた。


「すごいな。ユーカとは規模が違う・・・。」


一人呟いて、真っ青な空の下の赤い地平線に向かって歩いていくと、不意に視界に緑の色が 入ってきた。青と赤のコントラストしか見ていなかったための錯覚かと思ったが近づいていく 内に緑の光は大きくなっていき、どうやら誰かの気配のようだと気が付いた。


こんなに強く、 これほど透き通った緑は珍しい、ユーカでもなかなか見ない色だと考えている間に人影は徐々 に大きくなっていく。やがて人影の輪郭がはっきりし、少年と従者らしい男2人と分り、どこ から見ても良い身分であるだろうあの一行に近づいて良いものかキークが思案しながら歩いて いると、それは始まった。








カイは不穏な風を感じた。風は生ぬるく、先ほどまでの甘く涼やかな香りは一瞬にして消え失 せ鉄の臭いがしていた。背筋が凍り付くような殺気を感じて、カイはスーシャを小突く。


「おい。」


「あぁ。お前はコオウ様を頼む。」


長く戦場で共にいた仲間にはこれで通じる。彼らは腰から剣を引き抜き、守るべき相手に寄り 添い小声で囁く。


「「不穏な気配を感じます。私(俺)がお守りいたしますが、万が一の時に備えてください。 」」


この言葉にコオウは鞘から短剣を引き抜いた。








一行の周囲が黒く滲んだように見えて、キークは眉をひそめた。一瞬見間違いかと思ったがそ うではなく、それは確かに起こり始めていた。

フィリーの赤は徐々にくすんだ暗褐色へと変化 していく。そしてその影は収束し、異形のモノを形作り始めた。


(普通じゃない!あれは呪術だ!普通のやつには手に負えねぇ!!・・・チッ!都に来て最初 に出会うのが災難かよ!)


キークは一人、心の中で舌打ちし一行の元へと駆け出した。








「ねぇ、カイ。おかしいよ。」


コオウの問いかけに細身の剣を手にしたカイは無言でうなずいた。そして事態は急速に加速す る。影が集まり赤黒い染みを作る。まるで血溜まりの様に二次元で広がった影は、次第に奥行 きを見せ始め、赤黒い獣の姿となった。姿形は狼に似ているが大きさは巨大な虎ほどもあっ た。その獣が臨戦態勢を取るまもなく、スーシャは斬りかかる。だがスーシャの大剣はシュッ と言う音を立ててむなしく空を切った。


「なんだこいつ?ただの幻影か?」


通常、幻影に殺傷能力はない。だとすればこれはただの脅し、それとも・・・。


スーシャの思 考は左肩に走る鈍い痛みによって遮られた。見れば肩には血が滲んでいた。


(何時の間に!?いやそれよりもこいつはマズイ!!)


スーシャは振り返ると、真っ青になっているコオウと助太刀しようと剣を構えるカイに叫ぶ。


「王子!何をぼーっとしてるのですか!逃げなさい!カイッ!とっとと王子を連れて城へ急 げ!こいつはただの幻影じゃねぇ!俺に任せて早く行けッ!!」


カイにはもちろんスーシャには勝ち目がないと分かっている。剣で傷つけられない相手に、自 分たちはあまりにも無力だ。カイはスーシャに向かって叫ぶ。


「スーシャ!俺達じゃかなわない!お前も一緒に逃げるぞ!」


だがスーシャは眼前に敵を見据えたまま、不適に笑う。


「馬鹿!何言ってやがる!俺じゃなきゃ誰が時間を稼ぐんだよ。三人一緒に御陀仏になりてぇ のか?こういうときは一人を捨てて二人を生かせって兵法でやっただろう!だったらほらっ、 さっさと・・・」


「やだっ!!僕はスーシャを置いてなんか行けないよ!!」


コオウは泣きそうになりながら叫ぶ。カイは眉をひそめ、苦々しく叫ぶ。


「スーシャ分かった!王子は任せろ!だが貴様もすぐに追いついて来いよ!」


カイはそう叫ぶと嫌がるコオウを抱えてシュンに飛び乗り手綱を引いた。








キークは向こうから駆けてくる馬を見た。その距離およそ300メートル。








(もしこの世に神がいるのならば、コオウ王子を、そしてもしあなたが度を外れたお節介なら ばカイ、そして俺をお助けください、なんて言ってみても駄目だろうなぁ。俺、無神論者だ し。)


スーシャはカイ達に背を向け思った。キッと獣を睨み付け刃を向ける。並の戦士であればその 気合いだけで逃げ出すほどだが、獣には通じなかった。獣はスーシャの視界から消えた。


「ワタシノエモノハ、オマエデハナイ。」


耳元で聞こえた声に振り向いたスーシャの目が最後に映した物は、首のない己の後ろ姿であっ た。








コオウはカイに抱えられた馬上でスーシャの最後を見た。


「カイッ!!止まって!スーシャが!!スーシャがぁっ!!!」


カイは馬上で暴れ出すコオウをさらに強い力で抱きすくめ言い聞かす。まるで己に向かって言 うかのように・・・


「コオウ様っ!振り向いてはいけません!今は逃げる事だけを考えるんです!!」


その言葉に唇をかみしめたコオウは眼前に人影を見つけ、そのこちらに駆けてくる人に叫びか ける。


「危ないです!!こちらに来ないで、逃げてください!!」


「コオウ様ッ!!今は人のことを気にしている場合ではありませ・・・」


カイの言葉は衝撃によって遮られた。シュンが急に暴れ出し、カイとコオウは空中に投げ出さ れた。


「痛ぅ!!」


カイはコオウを抱え上手く受け身を取り、顔を上げるとシュンが喉笛から出た血液がフィリー の紅に混ざり、その体が地に沈むところだった。その2~3メートル先に先ほどの赤黒い獣が 口周りを血にぬらしてうなり声をあげている。


「「シュンッ!!!」」


カイとコオウの声が重なる。コオウを後ろに下がらせ、剣を引き抜きながらカイが叫ぶ。


「王子ッ!何をしているのですか!!早く逃げなさい!!」


「ニガサナイ。」


低くしゃがれた声が響いた。カイとコオウの視線が例の獣に注がれる。獣は口角を少し上げて 笑ったような表情を作った。その瞬間、すでに獣はそこにはいなかった。カイに見ることが出 来たものはコオウに向かって突進していく獣の残像だけ。


(間に合わない!!)


コオウは何が起こったかまるで分かっていなかった。感じるものは体にかかる衝撃のみ。


「コ オウ様っ!!!!!」


カイが叫んだ瞬間にさらなる異変が起きた。獣が消えたのだ。 そのまま周囲を注意深く見渡すとカイはほうと息を付き剣を鞘へと戻すと、短剣を握ったまま フィリーの中に座り込むコオウのもとへと近づいていく。


コオウまでの距離は後10歩ほど。








キークは少年達まで後50メートルに迫っていた。だが・・・


『パシンッ!』


結界にはじかれキークは背中からフィリーへと突っ込んだ。


「けほっ!つっぅ!なんだこりゃぁ・・・。」


(結界をはれるほどの力を持つものが狙う一行っていったい何者だ・・・・?こりゃぁ逃げた 方がいいか?)


と考えたところで結界のゆるむ気配を感じた。そして見えたのは緑の気配が黒ずむところ。


(こいつは真面目にヤバイッ!)


キークは大急ぎで呪文を口内で踊らせ始めた。








「コオウ様?大丈夫ですか?」


カイは依然座り込んでいるコオウに話しかける。


「・・・うん。大丈夫だよ。ごめんね、カイ。僕のせいで・・・・。」


振り向いたコオウには表情がなかった。薄緑の瞳が陰り口だけが動いているようだった。


「コオウ様?・・・何のことを言っているのですか?」


コオウは立ち上がり一歩一歩カイへと近づいていく。抜き身の短剣を右手に握りしめたま ま・・・。


「だってカイ・・・僕のせいで・・・カイはここで死ぬのだから。」










「シャイン・ブレイク!」


結界に亀裂が走り、崩壊する。キークは走りながら次の詠唱に入る。


(間に合うか!?・・・畜生!早口言葉と速記の練習でもしとくんだった!)


キークが一人苛立っている間にもコオウは足を踏み出す。一歩、また一歩と・・・ カイはおかしいと思った。


(言っていることだけではない。この表情は王子ではない!)


「お前は誰だ!!」


カイは叫び、腰の剣を引き抜きつつ間合いを取る。


「やだなぁ、カイ。僕はコオウだよ。ねぇ何で逃げるんだい?」


「貴様!!何のつもりだ!!」


カイはそう叫ぶと共にコオウに斬りかかった。当然剣で受けるだろうと思っての動きだ。だが コオウは動かなかった。

切っ先がコオウに触れる寸前、カイは躊躇した。


「ソノ・アマサガ・オマエノ・イノチトリダ」


コオウの口から出る音がそう告げ、皮肉げな笑いを浮かべた。カイとコオウの視界にストップ モーションがかかる。


(風。首筋に当たる。あぁ、これはコオウ様の短剣だ。俺が去年の誕生祝いに差しあげたや つ・・・。ハハ、どうせ俺は貴方を殺すなんて出来るはずがない。・・・王子。どうか正気に 戻ってください。)








そしてその瞬間キークは最後の詠唱を終え、紋章を書き終えた。


「ダークネスト・エルキューク・エメラルディー・ライ・ダークネス・シャイン・アータ・ フィアリーヴィス・ライシャイング!!」









コオウは目の前に紅を見た。それは美しく咲き誇る紅ではなく、粘着質の紅。そして手に抵抗 を感じ、短剣を引き抜きおもわず後ずさる。すると紅はより鮮明にほとばしり、そこで初めて コオウは紅の出所を知った。


「キサマ、ソノモンショウジュツ。・・・ユーカノモノカ」


コオウから弾き出された赤黒い影が叫ぶ。


「さぁね。」


キークは答え唱える。


「シャイン・ダークネスター・レイ!」


影の中央で光が弾ける。


「グ・グオォォォォォォ・・キ・キサマユルサナイ、イマニミ・・・テ・・・ロ。」


そう言い残し影はフィリーの中に沈むと拡散した。 すべてが終わったその時、コオウの周囲はフィリー、そして血液で深紅に染まっていた。














回る。廻る。運命の歯車はいくつかのイトを絡め取り、織り上げていく。物語と言う、見る者 には美しく、紡ぐ者には苦しい織物を・・・。これは始まり、そしてあるもの達にとっての終 わり・・・。選び取った運命を後悔するか?それとも一歩を踏み出すか?この鳥たちは何処へ と向かう・・・。イトによって織り上げられる物語。これはまだ序章に過ぎないことを鳥たち は知る由もない。

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