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コオンの闇

キークがユーカを出発する頃、コオンの王宮では闇が蠢いていた。



ここはサーム国の首都コオン。堅固な城塞の両側に深い堀が掘られ、外敵の進入を阻んでいた。もともと武力国家 であるため、お世辞にも華々しいとは言えないが、城下町は治世が行き届き、人々は明るい笑顔で楽しげに会話を 交わしている。


今、この国を治めているのは国王カイリであり、王妃ルウシュとその息子コオウが父を支えてい る。


治世はすでに20年に及び民の生活は安定し、国境の小競り合いは耐えないが大きな戦いは起きていない。例 えるならば武骨な作りの、素焼きの壺に色鮮やかな華が挿され不思議な調和を保っている、そんな所かもしれな い。


収穫祭まで後3日と迫り、いつもにも増して王宮は華やいでいた。四年に一度の祭典とあって飾り付け、食べ物、 酒、楽士の手配に追われながらも女官たちの衣装は日に日に豪華になっていき、男たちはそわそわし始める。他の 国からの王や王子・王女も招待されるからだ。女官たちの中には玉の輿を狙うものもいる。だが国を挙げての祭り にも影というものはまとわりつき、あわよくば利用しようと画策している。




王宮の奥まった部屋の一つ。王の弟リュウイの部屋――部屋は暗く、明かりは灯されていない。暗がりの中でリュウイは一人たたずんでいた。いや一人たたずんでいるよ うに見えた。


「・・・収穫祭まで後3日か。事を急がねばならんな。・・・其処にいるのだろう?ドゥーキ?」


「御意に。」


暗い部屋の闇が一段と濃くなり、人の形へと変化していく。闇はすぐに年の頃30ほどの男の姿へと変わった。


「ドゥーキ。収穫祭までに私を玉座につけるという契約はどうした?後3日しかないというのに王も王子も健在だ ぞ。・・・私との契約を放棄するつもりか?」


このリュウイはカイリの弟として生まれたがカイリほどの才覚を現さず、その荒々しい性格から永久に王位を退く ことを前王に命じられ、次の王位は王子コオウへと受け継がれる事になっている。次の王位はコオウに継がせると いう事を民に正式発表するのが王子が12歳となった今年の収穫祭なのだ。


「・・・私はリュウイ様との契約を違える気などありません。明々後日には玉座があなた様の手中に収まり、王と 王子は胸を朱に染めることでしょう。」


無表情にそう告げるドゥーキを横目にリュウイは薄気味悪い笑みを浮かべた。


「そうか!ついに私が王になれるのか!思えば20年は長かった。兄上は『優秀だ』ともてはやされておるという のに、儂はいつも『それに比べてリュウイ様は駄目だ』とばかり言われておった。なぜ比べられなければなら ぬ?!なぜ兄上は領土を広げようとしないのだ?!兄上は弱いのだ。領土よりも民を選ぶのだ!そして領土の不足 が民に多大な税という枷を負わせている事になぜ気が付かん!儂が20年治めていれば、この世界の3分の一は統 治し、民は裕福な暮らしができていただろうに。まぁよい。これからは儂の治世となるのじゃ!・・・所でいかに して2人を葬るのかね?しくじったでは済まさんぞ・・・。」


「その点についてはぬかりなく・・・。一介の護衛などには相手などできぬ妖魔を差し向けます。それに収穫祭準 備の騒ぎの中でならば簡単に他国の者を犯人にしたて上げられますので、犯人探しを難航させる事も可能でしょ う。・・・それにそのころにはあなた様が王です。小細工などどのようにでもできまする。・・・ところでどのよ うな殺し方をお望みでしょうか。」


リュウイは少しの間思案し、やがて軽くうなずくと苛立ちを露わにしていった。


「長く苦しませよ!すぐに死んでしまってはつまらん。とくに王子コオウの方を!あいつは八つ裂きにしてもあき たらん!この私を差し置いて次代の王ともてはやされておるからな。それと最も大事なことじゃが、儂に嫌疑が掛 からぬようにな。・・・分かったかドゥーキ!何事も秘密裏に事を運ぶんだぞ!」


「すべてはお心のままに。」


ドゥーキは静かに、そして抑揚も無くそう言うと、闇は四散し元の薄暗い部屋へと戻った。 支配欲に駆られ、自らの治世でのみ民は安住できると言い放つその危うさこそが、彼を王座から遠ざけたのだと彼 は気がづく事はない。



王宮の夜はふけていく・・・夜の闇も人の闇も飲みこんで・・・。










収穫祭の前日、王子コオウは父、母と共に朝食を取っていた。食卓には目にも鮮やかな盛り付けの施された 食事が、所狭しと並んでいる。


「父上、母上、今日は遠乗りに行きませんか?昨日宴に参加していた旅商人が・・・」


食事の和やかな席でデザートの葡萄を口に頬張りながらコオウは提案した。


「・・・。コオウ。口に物が入っているときは喋らないのですよ。」


サーム人特有の茶色い髪に珍しい濃紺の瞳の王妃にやんわりと注意され、コオウは慌てて葡萄を飲み込んだ。


「すいません。母上。・・・えっと、その旅芸人が西の平原のフィリーが見頃だと言っていたので是非見に行きた いと思ったのです。」


短く切りそろえられた母親譲りの色素の薄い茶色の髪、透けるような薄緑の瞳に見つめられて、黒髪、濃緑の瞳で 恰幅の良い国王は微笑む。


「そうじゃのう。たまには遠乗りも良いかもしれん。だが私とルウシュは収穫祭についての会議がある故、行って やることはできん。警護の騎士もあまり付けてやる事が出来ないが・・・だがフィリーは今が見頃だ。気を付けて 行っておいで。」


その返事を聞くとコオウは嬉しそうに笑った。


「はい!父上と母上の分も見てきます!」


そう言うと慌ててのこりの食事を上品にかき込んだ。その様子を穏やかな笑顔で国王と王妃は見つめていた。ふと 思い立ったようにコオウは自分たちの後ろに控えている騎士たちを見てこう言った。


「共の騎士はカイがいいな!」


その言葉に騎士たちは破顔し、忍び笑いを漏らし始めた。王子はカイ贔屓だ、という声も聞こえてくる。贔屓して いるわけではないが確かにコオウはカイのことを慕っていた。カイはコオウが6歳の時に18歳という異例の若さ で王子付きの騎士となり、以来ずっとコオウのお守り役兼護衛として働いている。


「思い切り笑ってもよろしいのですよ。」


皇后のこの一言で広間に笑い声が響いた。巷で『氷の鬼神』と言う通り名を持つ、スカイブルーの髪に射るような 黒瞳の張本人は、彼本来の無表情に加え憮然とした顔になると王子に近づき冷静に言った。


「王子。そういった発言を不用意になされますと、いらぬ敵を作りますよ。」


コオウは一瞬キョトンとしたが、この賢い王子はすぐに意味を理解しにっこりと微笑む。


「でも、カイが守ってくれるから平気だよ。カイはこの国で一番強いんだから!」


その声に広間の笑い声はさらに増し、カイの眉間のしわが増えた。たしかにカイは数々の武道大会で優勝し、本人 は認めないが誰もが認める剣豪だ。コオウはカイの無表情ではあるが、時々見せる暖かい気遣いなどの不器用な優 しさが好きだった。


「もしかしてカイは何か用事でもあった?」


王子の不安げな顔には『氷の鬼神』も形無しである。しょうがないという顔を辛うじて作ってはいたが、その瞳は 揺れていた。


「いいえ。そんな訳ではな・・・。」


「じゃぁ決まりだね!」


カイは自分の言い分を最後まで聞いてもらえず眉間のしわを増やしたが、コオウの満面の笑みに負けた。ため息を 1つ吐くと、憮然とした表情を解いた。


「分かりました。お供させていたします。1時間後、城門に王子の馬を用意させて頂きますので・・・。」


広間は明るい笑い声に包まれた。




「西の平原だな・・・。」




暗闇が囁いたその声は誰も聞き取ることは出来なかった。









カツン、カツン・・・ カイは大理石の廊下を靴音を気にすることなく厩へと向かって歩いていた。先ほどの嬉しそうなコオウの微笑みを 思い浮かべ、久々の遠乗りに小さく微笑んだ。厩に着くと王子ともう一人の騎士(国王に共は二騎はつけろと賜っ た。)の分の馬を用意するように部下に命じる。自分は自らの愛馬の手入れを始めた。栗毛の体毛に銀の鬣のその 馬は、主人を見ると嬉しそうに嘶いた。


「よしよし、シュン。今日は遠乗りに連れて行ってやるからな。」


ブラシをかけながら話しかけると、シュンは肩口に鼻をすり寄せてきた。シュンは5年前、王子に乗馬を教える際 に国王から下された馬で、皇子の愛馬フーユの兄馬に当たる。


「ずいぶん楽しそうじゃないか。」


カイが振り向くと茶色の髪に人を食ったような黒い瞳の無骨な男がニヤニヤと笑いをかみ殺しながら立っていた。 カイの同期の騎士、スーシャだ。


「久しぶりだな。何時国境から帰ってきた?」


スーシャは国境で警備に当たっていたはずだ、とカイは記憶していた。


「国境から帰ってきたのは昨日の昼だ。いやぁ、しかし久しぶりに良いものを見させてもらった!」


妙に楽しげなスーシャに嫌な予感を覚えながら、カイは無愛想な声で問う。


「・・・スーシャ、貴様何を見たんだ?」


「何ってそりゃ、おまえがシュンに話しかけている所だろう。巷で人気の無口で不愛想なカイ様が馬とお戯れに なっている所だ。」


カイはわずかに赤くなり、何か反論しようと口を開きかけたとき、とどめの一撃を食らわされた。


「それと、天然記念物並に珍しいおまえの笑顔!」


「スーシャ!!貴様・・・!おい!今ここで見たことを忘れろ!今すぐに!!」


普段見せない表情を見られてしまったために、耳まで赤くなって怒鳴るカイを横目にスーシャは飄々と言ってのけ る。


「別に減るもんでもないし、笑顔ぐらい良いだろう。俺とおまえの仲じゃないか。それに笑顔の方が女がよってく るぞ。」


「俺とお前の間にいつ、どんな仲が出来たんだ!女が寄ってきて欲しいのはお前の方だろう!俺は関係ない!」


「・・・ほぅ、間に合っているという訳か。」


違う、と言いかけてカイは黙った。どうやら冷静さが戻ってきたらしい。相手にするだけ無駄だと気付いたカイ は、大きなため息を吐いた。


「とにかく、これから皇子と遠乗りなんだ。手が空いているならフーユの準備を手伝ってくれ。」


スーシャはつまらん、とでも言いたげに肩をすぼめると騎士の顔つきになり、了解、と返事をした。そして最後の 言葉がカイに深く突き刺さった。



「あぁ、そうだ。もう一人の騎士ってのは俺のことだからな!」





シュンとフーユに鞍や鐙を着けてやり、手綱を引いて城門まで連れてくるとコオウはすでに準備を整えて待ってい た。コオウはカイとスーシャ、それに馬達を見ると大きく手を振った。


「カイー!こっちこっち!シュンもフーユも!」


「やれやれ、騎士様と馬は同格らしいぞ。」


馬と同格らしい騎士様にスーシャは耳打ちする。カイはこの日何度目かのため息を着いた。





運命の邂逅まで後半日・・・














何不自由することなく暮らしてきた小鳥。守ってくれる親鳥も、温かい巣も持っている。苦しいこと、悲しいこ と、知っているはずなのにそれは本物ではない。愛される為に生まれてきたはずの小鳥は籠から出てしまった。外 はこんなに寒いのに。外はこんなに厳しいのに。狩の出来ない小鳥の行く末は誰もが承知の上だ。大きな手が小鳥 の命を奪い取ろうとしていた・・・。

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