2つの正義
「やっと本来の気配じゃないか、レイ王子。」
レイの目の前には皮肉な顔のドゥーキがいた。
レイは左右を見渡すが、黒と蒼、そして銀がマーブル模様を描く空間に自分は立っていた。気配をぶつけたときに思いの外、彼の気配が強いことが分かった。
だが引くことは出来 ず、黒い気配が自分を引きずり込もうとしたのが分かり、必死に抵抗したところまでは覚えている。一瞬意識が遠 のき、気が付くとここに立っていた。
と言うことはこの空間は自分とドゥーキの気配で作られたものなのだと理解 した。
意識が遠のく前にキークへ光の言葉を放ったが届いたかどうか・・・彼らは大丈夫だろうかとレイは眉根を 寄せた。
「・・・あの三人のことよりも己の身を案じた方が良いのではないかね?・・・どのみちあいつらは死んでいる。 あの兵士は呪の獣だからな。あのユーカの生き残り一人で倒せるものではあるまい。」
レイの表情に不安を読み取ったドゥーキはクククと笑いながら言う。
その言葉にレイの瞳が変わった。冷たく、触 れれば切れてしまいそうなほどに鋭くドゥーキを見据える。
「では、私は早く貴方を倒して彼らに手を貸しに行きます。」
そう言った瞬間、レイは飛び出していた。抜き身の剣の刀身は蒼く染まり炎のようにゆらりと揺れる。
本当は最後の敵まで気配を使いたくなかった。
だがここにはレイの仲間はいない。自らの気配を使うしかない。気配を使うの ならすぐに決着を付けるに限る。
レイの剣がドゥーキを引き裂くかと思われたその瞬間。黒い炎がレイの眼前に現 れた。レイは避けきれず黒い炎が彼をむしばむ。レイは飛び退くが、炎は彼を逃がさずまとわりつく。
「くっ!!」
「舐めてくれるな。私は呪術師だ。ノーア様の隣に立つ以上、強くなくてはならない。」
ドゥーキの冷たい声が響く。
「Awatais on ekahi!Ukori ohono ow ahizek!!」
レイは言葉を唱え、それに沿って彼の気配は大きく揺らめき炎をはじいた。
「ほぉ、なかなか出来るではないか元王子様。さすがは半レシュでいらっしゃる。」
ドゥーキはそう言って薄笑いを浮かべているがその間にも彼のまわりには黒い炎が生まれ続けている。ここへ来 て、初めてレイはドゥーキの罠にはまったのだと気が付いた。彼は自分の呪の形態を見抜いていたのだ。
“そこにあるモノしか使えない”と。
それに引き替え、ドゥーキは“作り出す”呪だ。この空間には何もない。いつもはレイの味 方をしてくれる自然達が一切無い。ただ彼らの気配があるだけだ。レイが打開策を思案する間にもドゥーキの炎は 容赦なく彼に襲いかかる。
十年間ためた彼の気配は強大だが、それでも無尽蔵ではない。何とかしなければならな かった。
「はっ!!」
レイは気合いと共に気配を刃と化してドゥーキへ飛ばす。
ドゥーキは炎でそれらを阻んだ。
間髪入れずにレイは飛 びかかる。
炎の向こう側にドゥーキがいるはずだった。
思い切り剣を振り下ろしたレイだったが、そこに手応えは ない。
目標を見失い前のめりになった体を左腕一本で支え、器用に回転し体勢を整えた。
「遅い!!」
真横からドゥーキの曲刀が突き出され、とっさに体を捻ることで避けようとする。すんでの所で避けきれなかった 首筋に薄く刃物が滑り、一筋の髪と共に襟元のリボンがはらりと落ちた。
ばさりと広がったレイの長い髪を見て ドゥーキは嘲笑する。
「その様はまるで本物のレシュのようだな。レシュになりたくて髪を伸ばしているのかね?人であるというの に?」
言いながらドゥーキはレイに肉薄する。
刀と剣が交わり、ぎりぎりと音を立てる。
力を抜くことは許されず、レイ は怒鳴るようにしてドゥーキに反論する。
「私は人間だっ!それは忌むことでも悲しむことでもない!母が命をとしてくれたこの命はっ、紛れもなく人間の もの!!ならばなぜレシュになりたいなどと言うのかっ!!」
レイの瞳が鋭さを増す。いつもは優しい左目さえも邪神の瞳同様輝いていた。
「はっ!何が人間だ!!人など醜いだけの生き物ではないか!」
ドゥーキは一度飛び退き、間合いを取る。表情は憎しみに彩られ、黒の炎が彼のまわりを回る。
「なぜ、なぜそこまで人間を憎む!貴方だって、貴方の主だって人間ではないか!!」
レイは素早いドゥーキの突きをかわしながら剣をなぎ払う。二人は再び距離を置く。
「同じだと?!我らにはレシュの血が入っている!汚い人間と同じにされてたまるか!!」
ドゥーキの声にレイの動きが一瞬止まる。何を言ったのか理解でき無いように呆然とした。この敵が、自分と同じ 生まれとは思っても見なかった。
そう言えばコートセイムに三十といくつかになるレシュがいたが、あの人の?! と呆気にとられ気勢をそがれる。
ドゥーキはこの機を逃さなかった。すかさず切り込みレイの胴をなぎ払う。レイ はほとんど無意識に真横へと飛んだ。
交わしきれない刃が服と共に彼を切り裂いた。
「くっ!」
一拍おいて右の脇腹から紅が吹き出す。
レイはとっさに止血の言葉を唱えたが痛みまでは取れない。致命傷ではな いものの、痛みは相当だった。額に脂汗を浮かべながらもレイはドゥーキを見据える。
一方ドゥーキは相手を手負 いにしたことで気をよくしたのか、悠々とレイの側による。
「そう。私は人間などではない。“私たち”は半レシュだ。」
レイは痛みをこらえて懸命に問う。
「例え、例えレシュと人との子であってもっ、レシュと人から生まれるのは人間だ!!あなた達はっ、私と同じ人 間だっ!」
「同じにされてたまるかっ!!!」
地を割るような叫びだった。
「レシュとの間に生まれながら、疎まれず、憎まれずっ!のうのうと生きてきた王子に何が分かる!生まれながら に持った気配の色だけでっ!!悪魔の子だと罵られたか?!呪術者に怯え森に隠れ住んだことはあるか?!飢えと 渇きに苛まれたことがあるか?!何もしなくとも気配の色で殺されるなら、何かしたところで同じではないか!! それなら我らが虐げられぬ国を作って何が悪い!!そのための犠牲がなんだというのだ!!どちらにしたってお前 達普通の気配のものは我々を殺そうとするではないかっ!!」
そこまで一息に言うとドゥーキは一度大きく息を吸い、冷静な、怖いほど冷静な声で言った。
「だからこそ、貴様が憎い。殺してやりたいほどにな。」
「・・・だから・・・だから私の国を消したのかっ!」
レイの声も負けずに大きくなる。
「ならば私だけ消せば良かっただろう!なぜっ!なぜ私の民、国、土地、すべてを消したっ?!」
「シンシュリー国だけではない。いずれ、この世界は我らのものとなる。我々が、虐げられない国を作る。」
ドゥーキの目には狂気も妄信もない。こうすると決めてしまったものの声だった。
「蔑まれ、排除され、殺されかけた私たちの、過ぎ去った過去のために、もう後には引けないのだ、レイ王子!」
ドゥーキは刃の切っ先をレイに向けてぴたりと合わせる。
「それはこちらの台詞。どんな理由があろうとも、何も知らず、何も分からず消えた私の故郷のすべてのために、 私も引くことは出来ないっ!!」
左手で脇腹を押さえながらレイは立ち上がり、剣を持ち上げた。まずい、これは本当にまずいとレイは思う。自分 はもう派手に動けない。残った気配で結界をはったとしても時間をかければ破られてしまう。だが自分はこんな所 で死んではいられない。
「これが最後だ、レイ王子っ!!」
ドゥーキが斬りかかってくる。その瞬間、レイの脳裏に一つの賭けが浮かんだ。
すぐに自らの気配を内深くに閉じ こめる。迷っている時間はない、今はこの賭に出るしかない。この空間から出られれば仲間が、心強い仲間がいる はずだ。
まだ、まだ死ぬわけにはいかない。
意を決した彼は右手に持っていた剣に左手をそえ・・・
自らの剣を己の胸に突き立てた。
レイは最後に大事な人々のことを強く想い、意識を手放した。
剣がすべての気配 を吸い取り爆発する。
ドゥーキは跡形もなく崩れ去った。
時を同じくして、砂の海を渡るキーク、コオウ、サラの前で、大きな光が弾けた。蒼い光が彼らの目を焼く。
「「「!!!!」」」
彼らは手綱を引き、馬たちは嘶きをあげる。
「何っ?!」
慌てて目を瞑ったものの、三人はあまりの光に一瞬視界を奪われた。
瞳に視力が戻ったとき、彼らは目を見張っ た。異空間に行っていたはずのレイがそこに浮いていた。
いつもは首元でくくられている髪がほどけ、風もないの にゆらゆらと揺れる。
瞳は閉ざされ蒼い気配の中で漂うように浮遊していた。レイを包む気配はゆっくりと下降 し、徐々にレイに吸い込まれていったかと思うと消失し、レイを砂の上に横たえた。
光が完全に消えたとき、三人 はようやくしっかりと彼の姿を見ることが出来、その瞬間、彼らは呆然としてしまった。
「「「レイっ!!!」」」
レイはいつも通り黒い服を着ていたので、最初は濡れているのかと思った。だがそれは水ではなく、彼自身の血 液。脇腹と胸がぐっしょりと濡れていた。彼の剣はレイの右手にしっかりと握られている。
「レイっ!!」
三人は馬から飛び降りレイの横に膝を突く。
「嫌だっ!!レイっ!!しっかりして!!」
「落ち着けコオウ!!」
泣き叫びレイに取りすがろうとするコオウをキークは押さえる。
その間にサラは手早くの装備を解き、傷を見よう とした。見なくても分かる。この出血は胸に刀が刺さったものだろうとサラには分かった。
だが確認せずにはいら れない。
いつも強く、自分たちの数段上の強さを持つレイがこんな事になるなど信じたくなかった。
サラが彼の シャツをはぎ取ろうとしたとの時。あり得ない声がした。
「サラ、そういう積極的なのは私じゃなくてキークにしてあげなさい・・・。」
キーク、コオウ、サラは唖然とした。この出血と言うことは傷だってとても大きいもののはず。そんな傷を負った 人がこんな飄々と言葉を発することなど出来るはずがない。
だがその声は間違いなく、目の前の重体人の声である し、本人の口が動いて発したものだった。
「・・・痛っ・・・。・・・皆さんなんて顔をしているんですか・・・。」
呻きつつ体を起こしたレイを三人は驚きと喜びと、一握りの恐怖と共に見つめた。最初に動いたのはコオウだっ た。
「レイ!レイー!!良かった!良かったよ!!もう・・・死んじゃうのかと思ったよーっ!!」
押さえていたキークの腕をふりほどき、レイに駆け寄るとそのまま抱きつき泣きじゃくる。そんなコオウの頭を撫 でながらレイは苦笑する。
「帰ってくると送った言葉は届かなかったのですか?」
「届いたさ!!だが届いたからってそんなもん信用できるか!この死に損ないめ!それは返り血か?紛らわしい格 好で落ちてくんな!心臓が止まるかと思ったんだぞ!!」
憎まれ口を叩きながらもキークの目は笑っている。
「よかった・・・。あっ!敵は?!敵はどうしたの?!」
サラの問いかけにレイは顔を曇らせる。
「・・・まさか・・・また取り逃がしちゃったの?」
少し呆れを含んだサラにレイはゆるゆると首を振る。
「いいえ・・・。彼は私が殺しました。」
「・・・じゃぁ何でそんな浮かない顔してんだ?後一人でお前は故郷の仇を討てんじゃねぇか?」
もっともなことを言うキークをレイはちらりと見て、ため息をはくと、三人を呼び寄せ、ドゥーキが語ったことを 話した。
レイの話が終わると三人はとても難しい顔をして、押し黙る。
「・・・ねぇ、僕たちって、正しいよね?大事なものを奪われたから、あの人達を倒すんだよね?それって間違っ てないよね?」
コオウは困惑した瞳で三人を伺う。
「うん、コオウ。間違ってはいないわ。・・・でもね、正しいかどうかはべつよ。それぞれにそれぞれの想いや正 義があって、たまたま自分たちと対なすものを悪と呼んでいるだけだわ。黒い気配の人たちにとっては私たちは悪 だもの。気配の色だけで差別し、排除する。彼らにとって私たちは絶対的な仇なのよ・・・。」
サラの言いたいことを何となく理解したコオウは曖昧に頷いた。
「俺も、あいつらのことを気配が黒いから悪い奴ってずっと思ってたしな・・・だが俺は・・・俺がやると決めた ことをやり抜くだけだ。・・・レイ。お前は仇討ちを止めるか?」
キークの問にレイは不敵な笑顔で答える。
「まさか!同じ生まれでも、私の故郷を奪った者です。手加減などしません。ただ、そう言う事実を、みんなにも 知っておいてもらいたいと思ったのです。私も半レシュで邪神の瞳。そう言う経験がないわけではないのです。だ から余計に、みんなには知ってもらいたかったのです。」
「・・・。まっ、どっちにしたってあいつを倒す方針に異論はねぇよな?」
キークの声に三人は力強く頷いた。
「私は彼らのやり方が気に入らないもの!」
「僕はカイとスーシャのこと、国のことが気に入らないもん!」
四人は顔を見合わせて軽く笑った。
「・・・ところで、レイ。その服着替えなさいよ。生臭い返り血なんて趣味が悪いわ。」
顔をしかめるサラを見てレイは苦笑し荷物を開き、着替えを取り出した。
「生臭い・・・ですか・・・。これは私の血ですよ。」
キークとコオウが目を見開く。
「何で生きてんだぁ?!」
不吉なことを言うキークを白い目で見つつコオウはレイに尋ねる。
「大丈夫なの?」
レイは黙々と着替えながら答える。
「えぇ。私は、彼と私の気配で出来た空間に飛ばされました。そこで負傷してしまい、このままじゃ危ないと思っ たので、賭けをしたんです。」
一応恥じらいがあるのか、サラは着替えるレイに背を向けている。
「どんな賭けをしたの?」
「私の剣は私を守るために周囲の気配を使います。そして私を生かします。なので自分の気配は奥深くにしまっ て、剣を胸に刺したんです。」
眉をしかめて呆気にとられる三人をよそにレイは続ける。
「案の定、私の生命の危機に反応して剣はドゥーキの気配を思う存分吸い取り、ドゥーキは死に・・・いや、消え るといった方が良いのかもしれませんが、とにかく死に、空間の気配までもを使って私の剣は私の傷を修復し、こ ちらに飛ばしたのだと思います。恥ずかしながら、ドゥーキが死んだところまでは意識があるのですがそこからは 気絶してしまっていたので・・・。」
三人は一斉にレイに叫んだ。
「「「そんな賭けはもう二度としないでっ(すんなよっ)!!!」」」
そんな仲間をレイは心から嬉しく思い、甘んじて彼らの罵倒を受け入れた。
コオンの王宮の奥深く。黒い結界がはじけ飛んだ。結界はドゥーキがノーアのために張ったもの。ドゥーキの死と 共に結界は崩れ去った。それを見たノーアは小刻みに震える。
「あいつらかぁっ!!あいつらがっ!ドゥーキをっ!!」
悲しみに震える背中が怒りに彩られる。ノーアは部屋を出て、国王リューイの元へと急ぐ。
「リューイ。お前を盾に使ってくれる。あいつらを、なんとしてでも殺してくれるわっ!」
コオンの闇はますばかり。
キーク、コオウ、レイ、サラは一路コオンを目指し南へとひた走る。
正義は闇の中にあ り。両者、己に課した使命を遂げるのみ。
決戦の歯車が音を立てて動き出した。
すべての結末は始まりの地、フィリーの咲き誇る西の平原にて幕を開ける。
次が最終話になります。




