ターシャ
「っ!!」
ぴんと張りつめていたシュリの意識がびくりと跳ねる。
背筋がぞくりと粟立ち脊髄を不快な何かが駆け上り、その瞬間、シュリは見つけた。
「サーム国・・・。」
これは愛する人を危地へと送り出す合図。
分からなかったことにしたいとシュリは思う。だが、彼が、彼の意志で望むこと、すべてに役立ちたい。
シュリは唇をきゅっと噛みしめ部屋の扉を押し開けた。
コートセイムの塔の先端。静かで暖かな部屋に、シュリは何日も前から籠もっていた。星見が意識を集中できるよう、この部屋には星見の他は入れない。
そこから光が弾けるシュリの合図を見て、キーク、コオウ、サラ、そして レイはいよいよかと決意を固め、いつでも発てるようにしてあった荷物を持って広間へと集まった。
そこにはすで にセイヤ、リョク、シュリ、そして彼らの愛馬、ラクナ、フーユ、アーシャ、そしてサラのためにコートセイムの 馬−名前をキラという−が集まっており、四人の緊張は否が応でも高まる。
「・・・気配が二手に分かれています。」
しばらくぶりに目にしたシュリは少しやせたようだった。
広間に集まった彼らを前にシュリはぐっと顔を上げたまま告げる。
「一つはサーム国とターシャ砂漠の国境付近。兵を率いています。・・・たぶん兵は操られている・・・もしくは すでに人では無くなっているものかもしれません・・・。何にしてもあの気配は黒すぎます。」
思いがけず故郷の名を耳にしたサラは眉根を寄せた。今部族を取り仕切っているのは彼女の弟だ。不安がよぎる。 だが彼だって生まれたときから族長となるべく訓練と教育を受けた男だ。まだ若干17才とはいえ立派に任を果た しているだろうと思いこみ、彼女は思考を打ち切った。
シュリが続ける。
「もう一つ。サーム国、コオンの王宮にあります。こちらはなにか・・・強い結界でも張ってるようです。」
コオウもぎゅっと唇を噛みしめる。
「では、先にターシャ砂漠の国境へ向かい、そこで一人を倒した後二人目にいきましょう。」
レイの提案に三人も頷く。レイはセイヤとリョクを見て、深くお辞儀をした。
「・・・それでは四人を送ろう。シュリは気配の元へ導いて。」
セイヤの言葉でレシュ三人は人間四人を囲む。三人の言葉が力を持ち、四人の足下が淡く光る。
「レイ・・・生きて帰ってきてね!」
シュリの言葉にレイは微笑みを返す。
「キークッ!頑張ってこいよっ!この二年俺が相手してやったんだ、自信を持て!」
「なーに言ってんだよ!俺は元から強いんだぜ?」
リョクとキークが笑い合う。
「コオウ、強くなりましたね。貴方はもう立派に戦えますよ。」
セイヤにコオウは自信に溢れた表情で強く頷く。
「サラ!沢山話せて楽しかったわ!」
「私もよ!忘れないから!」
シュリとサラはまた会おうと固く約束した。
「おい、お前等、ちゃんとこいつらの役に立てよ!」
リョクの言葉に馬たちは心外な、望むところだと不満げに鼻を鳴らした。
「さぁ!行ってきなさい!」
セイヤの言葉に光は輝きを増し、鋭く光ったその瞬間。四人と四頭はコートセイムから消えていた。
四人の眼前に砂の海と遠くに人山が現れた。
刻一刻と風と共に姿を変える砂丘はサラにとっては酷く懐かしい景色だが、今は感慨にひたる時間など無い。
見えた人山はサーム軍と砂漠の民。
二本の平行線があるように両者の間 には砂の海が横たわっている。
一色触発。
お互いの出方をうかがっているようだった。サーム軍にはノーアか ドゥーキ、砂の民にはサラの弟がいるはずだ。
なんとしてでも戦闘を防がなくてはならない。
レイは素早く状況を 読み取り、三人に軽く耳打ちする。三人は真剣な瞳で頷いた。
早くしろと急かすようにラクナがレイの袖口に鼻を 寄せる。
「Awakeetur....Ioku.みんな、行きましょう!」
レイはそう言うと軽々とラクナに飛び乗った。三人もそれぞれの愛馬にまたがる。
レイを先頭に四人は一気に砂丘を駆け下り、一路両軍の隙間へと駆けていく。
サラの弟、砂の民族長ターシャは最前線に立っていた。姉が民から去って二年、様々な苦労があったが何とか族長 をこなせていると思う。
元来大人しい性格の彼は無駄な争いを好まない。この戦いも出来れば避けたかった。だ が、サームの目を逃れようと移動する矢先のことで、どうしても立ち向かわなければならなかったのだ。
砂の民は 強い。強くなければこの砂の海で生きていくことは出来ないのだ。
だが、一人の死傷者も無しにこの戦を終えられ る訳がない。
彼は、自分の民を傷つけたくはなかった。
しかしそれは今考えてもしょうがない。
今できることは砂 の民の全勢力で眼前の敵を倒すことだけだ。そう思って民を率いて軍と対峙したものの、なぜか相手は動かない。
だからといって油断も出来ない。
どうしたものかと思っていた。
「ターシャ様!あれを!!」
仲間の一人が指を指す。太陽を背にして砂煙が上がり、四人の人影が猛然とこちらに迫っていた。
「敵襲か?!」
仲間が動揺する。
ターシャもまた焦った。
だがしかし、四人の中の一人が見覚えのある人物だと言うことに即座に 気が付く。
「・・・!!あ・・あねうえ・・・・。」
ターシャのつぶやきに砂の民全体がどよめいた。
サーム軍を率いていたドゥーキは、砂の民と戦闘をしようとすれば必ずあの四人がやってくると踏んでいた。
四人 が現れればサーム軍にも、砂の民にも用はない。
ノーアがいないので消滅とまではいかないが、己の力を解放し打 ち砕くつもりでいた。
まだかまだかと待っていると、大きな気配がした。
四つの輝く気配が砂丘を下ってくる。
待 ちに待った瞬間だった。
「さて、そろそろ始めようではないか。」
四人は両軍の間に立ちふさがった。レイの強力な結界は砂の民、サームの民の間を区切り、ドゥーキの被害が及ば ないようにする。
戦いの火ぶたはサラのドゥーキに向けて放たれた矢によって切って落とされた。
サラの放った矢は風を切りまっすぐにドゥーキへと向かう。
「洒落臭いわ!!」
ドゥーキは一喝しサラの放った矢はドゥーキの気配によって粉々に砕かれた。サラは忌々しげに舌打ちする。
「結界内に引きずり込みます。キーク結界を頼みます。」
「おう。任せとけ!」
冷静なレイは結界の保持をキークに任し、言葉を唱える。
「Oduik ot anuzekarerat omon eri on anin oiet okok eh oki!!!」
とたん、蒼い気配が銀の気配を伴って黒い気配へ飛びかかった。黒い気配も爆発し、蒼と戦う。しばしの攻防の末 に蒼と黒が激突した。
そして馬上のドゥーキが消えた。
そしてまた、レイも共に消えた。
「「「「レイ?!」」」
三人は驚愕し、唖然とした。その直後、光の言葉が放たれた。キークが聞き取ったそれは彼らの戦いの合図。
“異空間に飛ばされた!必ず戻る!こっちは任せて!兵士はたぶん人じゃない!気をつけて!任せた!”
普段のレイの言葉遣いとは裏腹な用件のみであるその言葉に、レイにはあまり余裕がなく、とっさにはなった言葉 だと理解したキークは素早く仲間に言った。
「サーム軍は人じゃない!ドゥーキの使役だ!!倒せ!!」
キークの言葉が終わるか否かの間にサームの兵士の様子が変わった。人であったはずの彼らの皮膚が溶けるように 剥がれ落ち、体は黒く影のようになりそして形を変える。 キークとコオウがいつか見た、あの黒い獣の姿が何百も現れた。
「二年の研究成果をなめんなよ!!」
キークは叫ぶと共に結界をとき、大きな紋証を眼前に描く。描きながら仲間達に不敵な笑顔を向ける。
「お前等の武器に光を宿してやる。そうすりゃ、あいつらを倒せるはずだ!!」
コオウは同じく強い微笑みをキークに返すと左右の短剣を引き抜き、フーユから降りて前へと進み出る。
「僕に任せて!レシュの剣技を見せてあげる!!キーク!サラ!!援護をお願い!!」
「任せといて!!」
サラは威勢良く返事をし、後ろの民にいる弟をちらりと見た。サラの視線を受け取ったターシャはそれだけで姉の 意図をくみ取った。
「砂の民よ!!我らの剣にも力が与えられる!存分に戦おうではないか!!!」
今までいきなり現れた四人に度肝を抜かれ唖然としていた砂の民は、族長の叫びで全体が呼応した。彼らの鬨の声 を聞き、キークの気配が大きく揺らぐ。
「ルシリューアル・リディア!!」
キークの声で紋証は輝き、光の力を宿す。その刹那、弾けて収束する。彼らの武器が輝き始めた。獣はもう目前。
「はっ!!」
気合いと共にコオウの剣が一閃する。
一頭が地に沈む。
コオウの振るう短剣は確実にのど笛を引き裂いた。
順手で 構えたカイの短剣と、逆手に構えたレシュの短剣がコオウのまわりに紅を散らしていく。
獣は手強い敵と認めたよ うでコオウに向かって一斉に飛びかかる。
だがコオウは慌てることなく、二刀を操る。
一刀で獣の牙を交わし、一 刀で後ろから食いつこうとした獣を倒す。
いちいち背後を確かめる必要など無い。気配を悟る訓練を積んだコオウ には、殺気をむき出しにした獣など相手ではない。
左に右に後ろに前にと、まるで舞のように優雅に動き、なぎ払う。
剣に宿った光が円を描くような剣の軌跡と共にふわりふわりとダンスを踊りそのたびに獣が地に伏せた。
返り 血すら浴びず、しなやかな動作で倒すその姿は余裕すら持っていた。
「つ・強いわねコオウ・・・。私も負けてられないわ!!」
コオウの思わぬ強さに一瞬呆気にとられたものの、サラも負けてられないと立て続けに弓弦を鳴らす。素早く正確 な彼女の矢は光の道筋を付けて獣の眉間へと吸い込まれていった。
主人を助けるようにフーユが獣を蹴散らせば、負けずにラクナも嘶きをあげる。姉たちの活躍を目の当たりにした ターシャも仲間に合図する。
「行くぞ!!砂漠の民の強さを今こそ示すときだ!!」
砂漠の屈強な男達が次々と獣をしとめていく。矢をすべて打ち終え、矢と同じだけの数を仕留めたサラもキラの腹 を蹴って彼らと共に躍り出た。キークは彼らの後ろから次々と紋証術を放つ。
「これで最後!」
コオウの声と獣の断末魔が重なると、獣はすべて地に伏せていた。
砂の民が歓声を上げ、その声は乾いた砂の上を どこまでも広がっていくようだった。
「お前、ほんと強くなったな!」
「驚いたわ!」
キークとサラに褒められたコオウは照れくさそうに笑っていた。
「力になれて嬉しいよ!でもキークも、武器に光なんてすごい!」
「まぁ、俺にかかればこんなもんさ!」
偉そうに胸を張るキークをサラが小突く。
「私が考えたアイディアじゃないの!」
三人は吹き出し笑い会う。そして急に表情を引き締まる。
「・・・レイはどうする?」
コオウは心配そうに言う。
「異空間って事は俺たちに手出しが出来ない・・・。」
キークは顎に手を当てて考える。
「レイならきっと追ってくるわよ。コオンへ向かったらどうかしら?」
三人は顔を合わせ、大きく頷いた。
「「「コオンへ行こう。」」」
三人は再び馬上の人となる。
ふと後ろを見ると砂の民達がこちらを見ていた。ターシャが四人の前に進み出る。
「能力者、二刀の使い手、弓の者。我らが民に力を貸してくれたことをありがたく思う。」
そして深く頭を下げた。あくまで族長としての挨拶にキークとコオウは複雑な顔をする。サラが一歩進み出て礼を返す。
「私たちこそ助けていただきました。ありがとうございます。」
こちらもあくまで旅の者として返事を返すサラに二人は苦いため息をはいた。サラは馬首を翻し民に背を向ける。
キークとコオウもそれにならった。三人は馬の首筋を軽く叩き、戦場を後にする。
「御武運をっ!!!」
背後からターシャの声がする。理性で押さえきれない肉親の情がこもった声だった。
その声にサラは振り向くこと なく握った拳を空に高く掲げることで、返事をした。
どこまでも抜けるような青空に向かって差し出された拳は固 く握られていた。
サラの後ろから馬を走らせるキークとコオウはその背を黙って見つめ続けた。
「さあっ、コオンへ行こうっ!」
サラの声に笑うようで躓くようなため息を聞き取った二人は、努めて明るく返事をした。
「おう!急いだって三日はかかるからな!」
「そうだね!早く行ってレイを待たなくちゃ!」
サラの肩がわずかに震えていたが二人は見ないふりをした。
砂漠の民のサラがいれば迷うことなど無い。三人は一 直線にコオンへ向かって走っていった。
その日の野営地に着くまで、キークとコオウはサラを追い抜くことなく彼女の後ろをただひた走った。




