彼らの理由
ガタンと大きな音を立てて、ドゥーキは寝台から跳ね起きた。
その額は脂汗に濡れ、肩は苦しげな呼吸と共に大き く上下している。小刻みに震える両手を堅く握り震えを止めると、自らの肩を強く掻き抱いた。
(夢だ。大丈夫、またあの夢を見ただけだ。しっかりしろ、私はちゃんとここにいる。)
まるで細胞の一つ一つがざわめいているようだ。 荒い息を整えたドゥーキは暗い自室の燭台に火を灯す。わずかな明かりだが、周囲の様子を見る事が出来るように なり、先ほどの夢は『夢』だったのだと確信し、安堵のため息をついた。
今年32歳になるドゥーキだが、未だに 子供の頃—それは2歳のときの事なので記憶というよりは印象だが後年、時のかなたを除き見たときの記憶がそう させる—の夢を見る。 夢の中で、いつも彼は無力な傍観者なのだ。
その夢はいつも二人の女性のレシュが捕われる所から始まる。 シン国のどこかの—場所は特定できないが—牢獄に二人のレシュが監禁されている。衣服は剥ぎ取られ二人でそっ と寄り添っているその顔は瓜二つで誰が見ても一目で双子とわかった。
そして一人の兵士が彼女たちの片方を連れ出すのだ。無言のまま涙を流し、無言のまま抵抗する。彼女たちは喉を 潰されていた。彼女たちの“言葉”が力を持つことを知っていた術者に、喉を潰された。毎晩毎晩彼女たちの一人が 連れ出され、兵士達が慰み者にする。
ドゥーキは知っている。連れ出されるのはいつも双子の姉の方だった。同時に生まれた二人だが、少しでも妹を守 ろうと姉がいつも連れ出されるのだ。
そして、姉は子を身ごもった。 それから彼女は豹変した。気配の色が黒くにじみ心の奥であらゆる呪詛を唱え、自分の腹の中にいる子に自分の復 讐を言い聞かせた。
それから十月十日。妹が見守る中、姉は男の子をなして死んだ。レシュは死ぬと光となって故 郷へ帰る。姉の光を見ながら妹は、姉の子を守ると胸に誓う。 産まれたばかりで産声を上げる子供のオーラは黒かった。
まるで母からその色を継いだかのように。
それから一年。今度は妹の方が子を宿した。 まだ生まれて1年の子は自分がいなくなれば殺されるだろう。彼女はなんとしてでも、自らの命と引き替えにして も姉の子供を守ろうと思った。
そして牢を出たのだ。門番を殺し、出会う人すべてを切り裂き、血まみれになって 逃げた。そしてシン国の山中にて力尽きて気を失った。
次に彼女が目を覚ますのはとある村の民家だった。薬師が彼女を治療し、一命を取り留めたのだ。そこは辺境の村 で、レシュについての知識もなかったので彼女は男の子を産むまで、静かに穏やかに暮らしたのだ。
妹の生んだ子供もまた男であり黒い気配を持っていた。 二人の子供は年も近いせいか仲良くなり、何時しかかけがえのない友になっていった。
川で泳ぎ、かけっこをし て、普通の少年のように過ごした。 姉の子が13歳、妹の子が11歳の時、運命の糸車が回り始めた。
術者が村を訪れたのだ。術者は彼らの黒い気配 に気が付き、悪魔の子だ、邪神の子だと長老達に示唆し、退治すると言って彼らに向かってきた。
能力者であった 二人は術者の気配が歪むのを見て取って必死に逃げた。
”分からないよ!どうして?どうして僕らを襲うんだ?!”
”何も悪いことなんかしてないのに!でも逃げないと!!”
必死に山へと逃げた二人だが姉の生んだ方の子が樹に足を取られて転んだ刹那、術者の気配が迫ってきた。間に合 わないと思って妹の子は捨て身で姉の子を助けようと気配の間に割ってはいる。眼前には術者の気配。
もうダメだ と思って二人がぎゅっと目を閉じたその時。 力の洪水が起きた。二人は自分たちからその力が出ていると分かっていたが止め方も、どうしてそうなったかも分 からずただ歯を食いしばった。
半日後、村は”消滅”していた。
ドゥーキの記憶はいつもそこへと帰る。 無くなった村を目の前にして二人で泣いたこと。
その後他の場所でも邪神の子と罵られたこと。そして自分たちが レシュの子だと知ったとき。時視の術で母を視たとき。共に人間を憎んだとき。同じレシュの子であり、片眼が邪 神の瞳であるにも関わらず王子としてもてはやされる存在を知ったとき。
共に呪を磨き同盟者を集めたとき。いつ も隣には母の妹の子がいた。躓いた自分を助けようとしてくれた瞬間から、命ある限り私も彼を助けようと誓っ た。
「どうしたドゥーキ?」
聞こえる声はいつでも隣にいた人の声。いつも共に乗り越えた人の声。生まれたときから一緒だった人の声。私が どうしても守りたい、尊敬する唯一の人の声。
「我が君・・・。私は・・・必ず貴方様を守ります。」
そうか、ありがとう。と答えるその声が私の唯一の標です。 どうか、我らが虐げられぬ国をお作りください。




