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恋心

レイは奇妙な気配を感じて飛び退った。


瞬き一回分の間をおいてさっきまでレイがたっていた場所に飛礫が食い込む。


飛礫の使い手に心当たりのあるレイは呆然としながら草むらに向かって問いかけた。


「・・・私は何か貴女から恨まれるようなことをしましたでしょうか・・・?」


いささか間の抜けた口調になってしまったが、問いかけられた草むらからごそごそと音を立てて飛礫を放った女性が現れた。


「やっぱりレイにはばれちゃうわね・・・。」


う〜ん、と唸りながら不審な女性ことサラはレイの側まで歩み寄る。最初から当てるつもりはなかったので、飛礫の威力は実戦とは比べものにもならないほど弱い物だったが、当たれば痣ぐらいは出来ただろう。


「君を狙った理由はね・・・。」


サラの笑顔と、表情と反比例な目線に射抜かれ、レイは思わず直立不動の姿勢を取る。


「あ、あの・・・シュリに何か聞いたんですか?!」


ほとんど叫ぶようにしながらレイは後ずさった。


「ふ〜ん、自覚症状はあるわけだ。じゃぁ単刀直入に言うわ。シュリを幸せにしてあげ・・・」


サラは最後まで言えなかった。レイの気配が変わったからだ。それは戦闘経験を積んでいないものにも判るのでは ないかと言うほどにはっきりと、レイを取り巻く空気が温度を下げた。


「・・・貴女にそのことを言われる筋合いはありません。これは私の問題。口を挟まないでいただきたい。」


このレイの変貌にサラは冷や汗を掻いて逃げ出したい衝動に駆られるが、先ほどのシュリとの話し合いを思い出 し、気力でものを言う。


「・・・何が君の問題よ!シュリが悲しんでるのも知らないで!!勝手に自分だけの問題に置き換えないでよ!何 で前世を気にするのよ!彼女と君のお母様は同一人物ではないのよ!!」


「・・・。では、私にシュリを殺せと。貴女はそうおっしゃるんですか?」


あくまで冷静にレイは答える。彼自身の中では様々な想いが渦巻いていたが、そんなことを微塵も感じさせない口 調だった。その態度にサラがひるんだのを見るとレイは淡々と続ける。


「私の母とシュリの関係はこの際関係ない。私は人間の男です。愛するものの側にいて何も感じない訳がない。い つかその衝動が押さえきれなくなるかもしれない。その時の代償は、人間の間での責任など及びもつきません。彼 女の生命を奪う結果にでもなった時、貴女が責任を取ってくれるのですか?いいえ、誰にも責任は取れないし、彼 女が生き返るわけでもない。」


そこまで一息に言ってレイは苦笑する。


「それならば、お互いに傷が浅くすむうちに、相手から距離を取るのが得策だとはおもいませんか?私から離れれ ば彼女だって他のレシュを見ることが出来るでしょう?・・・だから、これは私の問題で貴女に口出しされるいわ れはないのです。」


それだけ言うとレイはサラに背を向けたまま言う。


「きつい言い方になってすいません。・・・貴女に怒っているわけではないのです。」


そして城の方へと歩き出そうとした瞬間、サラに呼び止められ振り向くと


「馬鹿じゃないの?!ふざけないで!!」


というすさまじい怒号と共にサラの右手がレイの左頬にくっきりと紅葉模様をつけた。叩かれた左頬を押さえなが らレイが見たのは涙ぐむ元砂の民の長だった。


「全っ然分かってない!!何がお互い傷が浅いうちにだぁ?!他のレシュを見るだぁ?!馬鹿も大概にしておけっ!!」


あまりの言われようにレイが唖然としているのも気にせず、サラはレイを睨み付けたまま怒鳴り続ける。


「大体衝動を抑えられないってのは君の責任だろう!!ホントに彼女のためを想って離れたのかっ?!そう言う欲求以外にも彼女を愛する方法はいくらでもあるはずだ!!そんなことも出来ないで何が相手から距離を取る だぁ?!ふざけるな!それは自分から逃げてるだけだろう!!勝手に彼女から離れておいて、今、彼女が他のレ シュを見れているか?!君しか見てないだろ!」


二発目の平手がレイの頬を襲おうとした瞬間、思わぬ見物人達が声を上げた。


「サラっ!その辺にしてやれ!」


そう言ってサラの腕を掴んだのはキークだった。一緒にいたと思われるコオウもレイをかばおうと立ちふさがる。


「何するの!放して!もう一発殴らないと気が済まないわ!!」


サラの声にもキークは手の力を弱めない。


「ダメだ、サラ。それ以上は言うな。レイだって分かってる。後はレイの問題だ。」


キークの思わぬ意志の強さにサラは肩で息をすると力を抜いた。改めてみるとレイは頬を押さえたまま悲しげな表 情と驚きの表情をない交ぜにしていた。


「ごめんなさい。言い過ぎたわ・・・。」


キークは今にも泣き出しそうな彼女を引っ張るようにしてその場を後にした。コオウも後に続く。


「あ、あのっ、サラに悪気はないんだと思いますっ!」


「ちなみに。俺もサラと同意見だけどな!」


と傍観者二人は悪びれなく言い残してその場を去って行った。






その夜、レイは一人部屋で沈むサラを訪れた。尋ねてきたレイを見てサラはごめんなさいと謝った。


「気にしないでください。・・・あの・・・今は無理ですが、貴女に言われたこと、しっかり考えてみようと思います。」


そう言って一礼するとレイはサラの部屋から出て行った。その雰囲気はいつものように穏やかで優しげなものだっ た。






レイが出ていった扉を見つめながらサラは己の過去を思う。あくまで自分は次の長までの中継ぎだった。子をなし てはならない。婚姻を結んでも民の元から離れなければならない。そう言ってあの男と別れた。サラにはもうその 男への慕情はない。だがほろ苦く苦笑を誘う思い出だ。今更思い返したところで詮無いことだと割り切って、サラ は深くベッドに沈み込んだ。


ただ、もう、他の誰かが自分と同じような恋の結末を迎えないで欲しいと、ただ、それだけを祈った。






「しっかしさっきのサラの勢いには驚いたよなぁ・・・。」


「そうだねぇ。あんなに必死で・・・なんだか悲しそうな彼女は初めて見たよ。」


サラを部屋に送り返した後、出刃亀組二人はコオウの部屋で顔を合わせていた。


「でも、僕、何となくレイの言ってることが分かるんだよね・・・。」


キークが持っていた乾燥させたフィリーで入れた香花茶をすすりながらコオウはふぅとため息をつく。その様子とは裏腹にキークは危うくお茶を吹き出しそうになる。


「欲望を抑えられないって所かっ?!お前、そんなことが分かるぐらい王宮で良い思いしてたのかよ?!」


ちっくしょー羨ましいぜ、とぼやくキークを白い目で見てコオウは否定する。


「違うよ。そうじゃなくて・・・う〜ん・・・レイはシンシュリーを再建 したいって訳じゃないのかなぁ?」


コオウは宙を睨みながら考える。自分であればそれを望むが、すべての人が自分と同じように思うわけではない。 それに・・・国民がみんな消えたというのにどうやって国を作ればいいのか・・・。コオウは自分で言っていてよ く分からなくなってきた。


「何で疑問系なんだ?それにシンシュリー国の再建がレイの恋愛模様とどう関係するんだよ?」


宙を睨んでいたコオウは視線をキークに戻すとためらいがちに己の推測を話した。


「だって、もし再建するなら、レイが王様になるんでしょ?そしたらやっぱり世継ぎが必要だよね。でもシュリに はそれは出来ない・・・えっと出来るけどそしたらシュリが死んじゃうから、レイはそんなこと絶対しないと思う んだ。」


ふむふむと頷きながらキークは二人のコップに二杯目のお茶を注ぐ。


「でもよ、そんなのお妾さんが産めば良いんじゃないか?国王なら女の人なんざ腐るほどよってくるんじゃねぇ の?」


「・・・問題はそこなんじゃないかな・・・。」


キークは首を捻る。何でそこが問題なのだろう。シュリはきっとレイが何人妾を作っても笑って許せる器量がある と思う。たとえシュリを王妃としても王妃が子をなさず、妾の子が王位を継いだ例なんていくらでも ある。別にかまわないのではないか?


「何でまずいんだ?」


本気で首を捻るキークを見てコオウは深々とため息を吐く。自分よりも6歳も年上のこの友人はどうしてこう、人 の思いに疎いのだろう・・・。


「・・・制度的には何も問題はないし、そう言う例はいくらでもあるよ。ただ・・・レイってやけに生真面目なと ころがあると思うから・・・気持ちが無くても妾に子を作ってもらえると思うけど・・・たぶん・・・シュリのい るところでそんなこと出来るほど・・・」


そこまで言ってコオウは言いよどむ。適切な表現がどうも浮かばなかった。変わりにキークがポンと手を叩いて自 信満々に言う。


「図太くないって事だな。」


酷い言い方だがぴったり来る表現であると思い、コオウもとまどいながら頷いて同意した。


「まぁ・・・これは推測だからな。野暮は邪推はこのぐらいで切り上げましょ。」


そう言ってキークは最後のお茶を口に含む。


「そうだね。で、キークはいつ、サラを口説くの?」


コオウの何気ない一言にキークは今度こそお茶を吹き出した。


「うわっ・・・・・・。」


自室としてあてがわれた部屋のカーペットを汚されたコオウは非難の目を向ける。一方むせたキークは必至に呼吸 を整えた。


「げほっげほっ・・・お前なぁ・・・急に何言うんだよ・・・」


「えっ?!キークってサラに気があるんじゃないの?」


心底不思議そうなコオウにキークは大きくため息を付きつつ慎重に弁解した。


「あのな、そうそう簡単に恋愛感情になんてならんの。サラは仲間であってそれ以上じゃねぇの!」


それだけ言うと茶器を手にしてじゃぁなとコオウに背を向け、自室へと引き返した。後に残されたコオウは首を捻 り長いことう〜ん・・・と唸っていた。

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