それぞれの思い
シュリにつれられサラが案内されたのは城の最上階に位置する部屋だった。豪華な飾りはなく、机と椅子、タンス にベッドとそれだけの部屋であったが、質素な中に華奢で美しい彫りが入っているなど、洗練された雰囲気だ。部 屋の奥に大きなガラス張りの窓があり、その外にはテラスがあった。
「この部屋で良いかしら?夕日は見られないけれど、綺麗な朝日が見えるわ。」
「かまわないわ。ありがとう。」
サラは部屋をぐるりと見渡し、満足げに頷いた。砂漠で生きてきた彼女は華美な装飾を好まないのでこの部屋は非 常に好ましく思った。
「えっと・・・隣が私の部屋になってるから、何かあったら来てくださいね。」
そう言って右手を胸に添え軽くお辞儀をして出て行こうとするシュリをサラは引き留めた。
「ちょっと待って!せっかく女同士なんだし、少しお話ししません?・・・って言うか話をしない?いろんなことがありすぎて一人だと独り言を言いそうだわ。」
そんなサラを見てシュリは一瞬驚いた後、ニコリと嬉しそうに微笑んだ。
「それではお茶をお持ちしますわ!」
「じゃぁこっちはつまみとしてちょっとした珍味を提供するわ!ちょうどここに来る前に手に入れたものなの!」
しばらくして戻ってきたシュリは大きめの盆に、これまた綺麗な細工がなされているティーセットを乗せて戻って きた。サラは道中、手に入れたサラマンドラの皮を乾燥させたものを袋から取り出した。
「これは何?」
シュリはティーポットに葉と水を入れながら尋ねる。
「これはサラマンドラの皮よ。砂漠に住むサラマンドラを倒したときに取っておいたの。こうやって乾燥させると 噛めば噛むほど味が出るの。美味しいわよ。」
シュリはぎょっとしてまじまじとサラマンドラの皮を見つめる。
「・・・ひょっとして四人で倒していたあのサラマンドラのですか?皮が食べられるなんて初めて知りました。」
シュリはそう言うと
「Imuz on esieriasn aatatemet ukadasi.」
とレイと同じような発音で水をお湯へと変えた。キークやレイの様な能力者を友としていても、サラは未だこのよ うな現象になれる事ができず、いちいち驚いてしまう。そんなサラを見てシュリはクスリと笑う。
「ふふ、私もセイヤ様と一緒にレイに教えたの。レシュはみんな“言葉”が使えるわ。」
優雅にお茶をティーカップに入れ、シュリはサラに差し出した。サラもカップと引き替えにサラマンドラの皮を渡 す。こうして小さなお茶会が始まった。 サラマンドラの皮は意外にもシュリの口に合ったようで、そこから話も弾んだ。
「あなた達が倒したサラマンドラは大きかったから、レイ達が協力すればもっと沢山とれたでしょうに・・・もっ たいなかったわね・・・。」
と、シュリが皮を噛みながらしみじみという。
「そうなのよねぇ・・・私だけじゃ限界があるもの・・・。キーク達は嫌がって先に行っちゃったし・・・。 ・・・・ってちょっと待って!何で私たちの倒したサラマンドラが大きかったって知ってるの?!」
シュリは何でそんなことを聞くのかと言うように首を傾げ、お茶をすすった。
「だって私は星見だもの。ずっとレイを見守っていたの。」
言ってしまった後、シュリはまずいと言うような表情を浮かべ、左手を口に当てた。その様子に今度はサラが驚き 首を傾げる。
「どうしたの?」
サラがそう尋ねるとシュリは困ったように眉を寄せた後ティーカップを横に置き、パチンと両手を合わせサラに頼 んだ。
「お願い!このことはレイには内緒にして!私は心配で見てたんだけど・・・彼には迷惑だと思うの・・・。」
シュリの剣幕に押されサラはコクコクと首を何度も縦に振った。それよりもサラには気になることがある。
「レイには黙っててあげるけど・・・。私たちを見ていたと言うことは、窮地に立ったときに手助けしてくれても 良かったんじゃない?」
サラマンドラに襲われたときも、ドゥーキに襲われたときも自分たちは苦戦し、レイは先頭に立って戦っていたの だ。少しぐらい手助けすることは出来たんじゃないのか、と言う疑問がサラの頭の中を回った。
「・・・レシュは人間に関与してはいけないの・・・。レシュは・・・人間に嫌われているでしょう?だか ら・・・これ以上自分たちを怖がらないでもらいたいし、これ以上悪者にされたくないから・・・。」
確かに人間離れした技を沢山見せられれば、崇めるよりも恐怖におののく事の方が多いだろう。レイの力を見たと きに確かにサラ達は恐怖を感じた。人間に関与したくないというレシュの言い分は的を得ている。しかし、サラは レシュが助けに来た場面を一度経験している。
「・・・でもリョクは助けに来たよ?アレもホントは駄目なの?」
「いいえ、アレは例外なの。セイヤ様が直々に許可を出したんだもの。」
セイヤがレイの気配が放出されそうな気配を感じ、精神体だけを飛ばすことを許可した。シュリが行ってはレイが 気を使うのではと言う配慮からリョクが選ばれ急いで飛んだというわけだ。見ているだけが辛いと言ったコオウを 思い出しサラはシュリもそんな心境ではないのかと心配になる。
「そっか・・・。・・・でも手出しが出来ないと分かっていて恋人の窮地を見るのは辛いんじゃないの?」
「・・・確かに辛いわ。でも私は・・・それでも彼を見ていたいから・・・。それに本当の窮地だったら、レシュ の掟なんか破って飛んでいくわ。・・・でも私はレイの恋人ではないから…。」
シュリはコオウよりも強いようだ。だがそれよりもサラはシュリがレイの恋人でないと言うことの方に驚いた。
「違うの?!そりぁレイは否定したけど・・・てっきりレイの照れ隠しだと思ってたのに?」
レイがここにいれば、照れ隠しという言葉に反論しただろうが、あいにく彼はここにはいない。サラの言いようが 面白くてシュリはクスクスと笑った。
「・・・昔・・・彼がここに来たとき、私は一目で彼に恋に落ちたわ。前の自分の息子だとセイヤ様に聞かされて も、それでも彼が好きだった。当然よね。私たちには過去の記憶なんか無いんだもの。初めて見る人と同じなんだ もの・・・。最初の数年間・・・レイがこの話を聞かされるまで・・・私たちは幼い恋人同士だったの。」
レイとシュリの心境は察するに余りあった。サラは冷えてきたお茶を一口含む。
「・・・。だが事実を知ってレイは遠ざかっていったと・・・。」
シュリもお茶を口に含み憤然と言う。
「そうよ。遠ざかったというか・・・あくまでここの星見としてしか接してくれない・・・。それ以上踏み込んで くれないの・・・。歓迎の時にエスコートに来てくれたのも。」
ぎりぎりと皮を噛みしめるシュリの正面で、最後の皮とお茶を一気に喉へと押しやりサラが言う。
「・・・こう言っちゃ何だけど、むかつくわね。」
「そうよね。過去の記憶はないんだから気にしなくても良いのに、何を気にしてるんだかさっぱり分かんないわ。 」
シュリも一気にお茶を飲み干した。
「あ〜!言い始めたら一発殴ってやりたくなってきた!!大体男って訳分かんないことに執着しすぎるのよ!年齢 とか!」
年齢は男女関係無い・・・むしろ女性の方が気にするのではないかという気もしたが、それはこの際横に置いてお いて、サラは右手を握りしめ、左手に叩きつける。
「・・・私も彼にあげるクッキーに彼の苦手な木の実でも混ぜようかしら・・・。」
シュリは顎に手を置き可愛らしく考える仕草をするが、言っている内容は穏やかではない。ふと沸いた沈黙と共に お互い、顔を見合わせじっと見つめ合う。
「「それが地?」」
お互いの声がかぶり、数秒後二人は大爆笑した。
「なぁ、どう考えても部屋に案内してないと思うんだけど。」
リョクの後ろを黙って付いてきていたキークだが、リョクが城から出たところで不安な声を上げた。どう考えても 部屋に案内という感じではない。どちらかと言えば散歩に行く雰囲気だ。キークの不安な声にもかまわずリョクは 歩き続け、森の中で立ち止まった。
「よし。この辺かな?」
「・・・俺は野宿しろって事かよ?」
木々が開け円形に開かれたところだった。
「野宿って・・・面白いこと言うな、紋証少年。もちろんそれでもかまわないぜ?」
冗談ではないと、キークは大きく首を振る。このところまともな寝床で安心して寝ていない。出来れば柔らかい ベッドの上で安らかに眠りたいと切実に思っていた。そんなキークにリョクは苦笑して首を振る。
「ちゃんと部屋はあるさ。でもその前に手合わせしようぜ!紋証術に興味があるんだ。」
とりあえずきちんとした寝床があることに安堵したキークだが、手合わせという言葉に驚いた。ユーカ村ではあま り人同士で紋証術を使うことはなかった。
「はぁ・・・別に良いけど俺なんか相手にならないんじゃないのか?レイと同じぐらい使えるんだろ?」
「まぁな!」
まぁな、ではない。キークにしてみればレイの能力は未知数で、今まで見てきただけでもとてもじゃないが対等に 渡り合えるものじゃない。嫌そうに眉根を寄せたキークを見たリョクは、はっはっはと豪快に笑った。
「だいじょぶ、だいじょぶ。何とかなるって!・・・紋証術は機転が持ち味・・・なんだろ?」
ニッと笑うリョクにキークは渋々頷いた。
「りょーかい・・・。」
「オイ少年!やる気がないぞー!そんな深刻に考えるなよ。軽く行こうぜ、軽く!」
木々のまわりに結界を張って即席の場を作るリョクを尻目に、キークの頭はやる気とは裏腹 に猛スピードで回転していた。
(そんなこと言ったってすぐに発動できるもんじゃねぇのに・・・。とりあえず基本の紋証だけでも描いておく か・・・。)
場を作り終わったリョクが振り向き自身に結界を張った。キークも自分に結界を張り、簡単な紋証を描く。空間が 伸縮し紋証が光る。それぞれの紋証から小さな炎、渦巻く風、大きな水滴が生まれ大地の振動に合わせてキークの まわりでダンスを踊る。その様子を見ていたリョクは心底楽しそうに笑った。
「準備は良いかい、紋証少年?」
「良いぜ!!」
示し合わせたように二人がにやっと笑った瞬間に戦いの火ぶたは落とされた。
「まずは小手調べ!精霊達しっかり頼むぜ!Iek akez on esieri!」
リョクの声に合わせ風がふわりと呼応しキークへと向かった。
「風か!じゃぁこっちは!行くぜ、ドゥリュフェート!!」 キークの気配が紋証を通して形を変え、振動となって風を阻む。
「やるね!Iek ohono on esieri!」
リョクが叫べば、以前レイが話していたように木々の合間を縫って炎が飛んできた。その様子にキークは吹き出 す。
「ははっ!!それどっから取ってきたんだよっ!アクリアッ!!」
ジュワッと水蒸気を残し水が炎を打ち消す。
「城門前の松明さ!今頃門番が苦笑でもしてるさ!今度はそっちからどうぞ!」
リョクがそう言ったのでキークは紋証を描く・・・いや描こうとした瞬間・・・
「Adiit oy!Aker ow uyiruogakes!!」
振動がキークの足下を襲い、バランスを崩し倒れたキークは尾てい骨をしたたかに打ち付け呻いた。
「いってぇ・・・。ってか卑怯だぞ?!俺の番じゃなかったのかよ?!」
キークが顔を上げるとすぐ側にリョクが膝をついてしゃがんでいた。
「油断してた方が悪いんだぜ紋証少年。俺の勝ちっ!」
「勝ちも何も始めから差がありすぎるんだよ!」
ふてくされたキークが立ち上がると、すでに場は解放され、リョクは腕を組んで考え事をしていた。
「・・・発動までに時間がかかりすぎるんだろうな。う〜ん・・・。」
「・・・何であんたが悩むんだよ・・・。」
「いや、このままじゃレイの役に立てないんじゃないかと思って。って・・・あれ?少年は最終決戦に一緒に行か ないんだっけ?」
リョクの言ったことに軽い憤りと不安を覚えキークは反論する。
「ふざけんな!一緒に倒しに行くんだ!それに俺は・・・」
そこまで言って、キークは言いよどむ。今まで・・・役に立てていたのか?黙り込んだキークをリョクは困ったよ うに見た。
「いや、少年落ち込むな。今までは確かに役に立ててたと思うぜ?でもな、これからは分からない。現に今まで先 を読まれて紋証術が効かなかっただろ?」
紋証術自体が効かないのではなく、詠唱から先を読まれ効いていなかったことにすら気が付いていなかった自分に 嫌気がさした。
「うるさいっ!お前にどうこう言われる筋合いなんてねぇ!俺は能力が理由であいつの側にいるんじゃねぇよ!」
キークの言葉にリョクはうってかわって穏やかに微笑む。
「良かった。レイの力だけが目的じゃないんだな。・・・でもな、側にいるだけよりも、あいつの役に立てた方が 良いだろ?ただくっついていくだけより、あいつに力を貸せた方が良いだろ?」
それはそうだと、キークは頷いた。
「確か資料室に紋証術に関する本があったはずだ。後で案内するぜ。・・・・・少年、君はもっと強くなれるよ。 強くなって、レイを支えて欲しい。・・・頼んだ。」
望むところだとキークは力強く頷くと、リョクは微笑んだ。
「あいつはさ、ああ見えても脆いんだ。最初に連れてきたときなんか食べない飲まない話さないの三拍子がそろっ てて、心が死んでた。」
「・・・そこから立ち直ったのか?」
「あぁ。セイヤ様が無理矢理飲ませて、食べさせて、説得した。それでもあいつが声を出すまで一年かかった。」
「じゃぁやっぱ、あいつは強いじゃん。」
そう言ってキークは大きく伸びをし、城の方に歩こうとしてリョクを振り返る。
「俺は、友達としてあいつが大事だから。出来る限りは力を貸すし、守れるもんなら守ってやるつもりさ。コオウ もサラもな。・・・それより今度こそ部屋に案内してくれ。こう見えても疲れてんだぜ?」
器用に片目を瞑るリョクは歩み寄り、キークの肩をポンと叩くとこう言った。
「頼んだぜ、紋証少年。」
その後、城の門番に小言を言われるレシュとそれを弁護する人間がいたとか・・・。
そのころコオウはセイヤと共に城の最上階にいた。
「ここを自室として使ってかまわない。右隣はレイの部屋なので何かあったらいうと良い。」
そう告げて鍵をコオウに預けるとセイヤは部屋を出て行った。セイヤが出て行った扉をしばらく見つめた後、ため 息を吐いてコオウは部屋の中を見回す。王宮にあった自室ほどではないが広く、ベッドや家具の細工は見事なもの だった。特にすることのないコオウはテーブルの引き出しを開けてみたり、タンスを開いて中の洋服を見てどのよ うに着たらいいのかと悩んだりして、一応この部屋を一周した。姿見の鏡を前にしてコオウの足は止まった。
そこには二ヶ月前の幼く無邪気で、母や召使いに身だしなみを整えられるのをくすぐったく眺めていた自分はいな かった。
二ヶ月の間に髪は伸び、襟足は跳ねているし、旅の途中で着替えた服は泥にまみれ、雨風にさらされだい ぶくたびれている。
頬は少しやせたように見え、手や足には擦り傷が出来ていた。
そんな自分を苦笑しつつコオウ はベッドへと倒れ込んだ。ベッドはちょうど良い柔らかさでコオウを受け止める。真っ白い天井を見上げつつ、コ オウは大きく息を吐いた。
コオウが夢と現の間を行き来していると、控えめなノックと共に聞き覚えのある声がした。
「コオウ?起きていますか?レイです。セイヤ様ときました。」
その声にコオウは飛び起きて扉を開き、訪問者を迎えた。レイは大広間で見たレシュ達と同じような裾の長い衣服 に身を包み、セイヤと並んで立っているその姿は、髪と瞳の色は違えど本当のレシュのようだった。そんな二人を 呆然と見つめつつ、コオウは二人を室内に通した。
「えっと・・・僕に何かご用ですか?」
レイはちょっと視線を泳がした後にためらいながら話し始める。
「・・・。・・・コオウ、仇を討つのはもう少し先でも良いですか?」
「・・・えっ?!」
レイの意外な言葉にコオウは一瞬反応が遅れた。
「ドゥーキとの戦闘で思ったよりも多くの気配を使ってしまったようです・・・。」
申し訳なさそうにレイは肩を落とす。
「・・・気配は長い期間ためたとしてもそれほど多くはたまらないのだよ。」
「・・・セイヤ様の予測ではあと一年で十分な気配がたまる予定だったのですが・・・さらにもう一年かかりそう なんです。」
意外な言葉と思ったよりも多くの時間がかかることにコオウは驚いたが、自分は嫌だといえる身ではない。
「・・・そんな・・・僕は・・・僕だけの力ではどうすることも出来ません。レイの・・・仲間の調子が万全でな ければ・・・無事に生きて帰ることも出来ないかもしれません・・・だからレイに合わせます・・・。」
そう言って顔を上げたコオウは強い意志を瞳に宿しニコリと笑った。
「それに・・・二年もあれば僕だって戦力になれるぐらい・・・せめて足手まといにならない程度に、強くなりま す。絶対、強くなります。」
綺麗に輝いたコオウの薄緑の気配を二人は眺め、レイとセイヤは微笑んだ。まるで親子のようによく似た微笑み だった。
「・・・それでは私がコオウ王子に教えよう。」
セイヤから発せられた言葉にコオウは目を見張る。
「良いんですか?!」
「かまわない。」
そんな二人を見てレイも微笑む。
「コオウ、セイヤ様は厳しいですよ。何せ私の師だからね。」
昔を懐かしむようにセイヤも笑う。
「レイは技術よりも精神面が問題でしたね。その点こちらの王子は強い。・・・強くなりますよ。」
コオウは満面の笑みで二人に頷いた。
「はいっ!!頑張りますのでよろしくお願いいたします!」
セイヤはこちらこそと微笑み、レイはそっと部屋を出た。
レイは心に誓う。 もう二度と、自分の大事な人を失わない。 二度と、自分の剣の犠牲者は出さない。 見上げた夜空と星空は静かに彼を包み込んでいた・・・。
この後、番外編二話を挟んで、最終章に入ります。




