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真っ赤なフィリーの咲く丘で  作者: 樫木凛
過去と決意と
15/23

生い立ち

セイヤ、リョク、シュリにつれられ三人はテラスへとたどり着いた。


大きなテラスからコートセイムが一望でき る。

セイヤに椅子を勧められ人間三人とレシュ三人は向かい合う形で座った。華奢な細工の椅子と机に腰掛ける と、自分たちがここにいるのが不釣り合いに見えた。


「あの・・・お部屋に案内してくださるのでは?」


コオウが不安げに問うと、セイヤが苦笑した。


「別にとって食ったりはしない。ただ君達に聞きたいことと教えたいことがいくつかある。・・・レイのことだ。 」


三人は不思議そうに眉を寄せる。


「・・・レイがいないのにそんな話を勝手にしていいのかよ?」


妙なところで礼儀正しいのは長老の教育のおかげであることは、火を見るよりも明らかなキークがセイヤに反抗的 な目を向けた。


「落ち着け紋証少年。今から確認を取るんだよ。」


そう言ったのはリョクで言うが早いか光の言葉を放った。能力者のキークには朧気ながら意味が分かったが、分 かったら分かったで頭を抱えたくなった。曰く “話すからな。” 話しても良いか、では無く、話すからな、とはずいぶんと乱暴だ。意味の分からないサラとコオウは突如頭を抱え たキークを心配そうに見やる。何でもないよとキークは二人に苦笑して見せた。数秒後レシュ三人と能力者一人は レイからの返信を聞いた。 “かまいません。” セイヤは薄く息を吐き出し、三人に向かって姿勢を正した。


「・・・さて、君達はどこまでレイから聞いている?」


セイヤにつられて三人も姿勢を正す。三人はお互いの顔を見合った。


「自分はシンシュリー国の生き残りでコートセイムで暮らしてて、今は誰かを殺すために旅をしていると聞いた わ。」


三人を代表してサラが答えた。レシュ三人を目の前にしても堂々と物を言えるのはさすが砂漠の民の元長と言うと ころだ。


「ではなぜ彼だけが助かったか不思議に思わなかったか?」


セイヤの問に三人は顔を見合わせた。そう言われればそうだ、と今更気が付いた自分たちが情けない気がした。セ イヤはそんな三人を察してふわりとこれまたレイによく似た微笑みを浮かべた。


「・・・邪神の瞳が彼を守ったとか・・・魔法の力で守ったとか・・・。」


「確かにあいつ強いしなぁ。」


コオウが推測し、キークが頷いたが的はずれであった。


「レイの力はシンシュリーの消滅後ここで身につけたものです。・・・それに彼のあの瞳には特別な力なんて無い んです・・・。」


シュリは悲しげに続ける。


「誰もが、彼の瞳に力があってその力をおそれて・・・利用しようとして・・・でも、でも彼の瞳には何の力もな いのに!」


ぐっと二人を睨むシュリを制してセイヤが言う。


「そう。そこにシンシュリー消滅の理由がある。・・・狙われたのはシンシュリーではなくレイ自身だ。」


テラスは一瞬静まりかえった。まわりでさえずる小鳥の声がやけに大きく聞こえる。


「「「なぜ?!」」」


悲痛な三人の声が沈黙を破った。


「・・・順を追って話そう。まずは私たちレシュについてある程度知ってもらいたい。」 三人は頷く。


「ちなみに俺たちって今はどんな感じで伝わってんの?」


リョクが口を挟んだがセイヤが特に止めなかったのでコオウが答えた。


「多くの国で・・・というか今ではすべての国が邪神として扱っています。光の神のごとき金の瞳でありながら、 獣の目をし、光と闇とが上手く調和しきれなかった亜人。時空の流れから切り離され永遠の闇に巣くうモ ノ・・・。そんなところです。」


実物を目の前に悪口と同じようなことを言ったコオウは、最後にごめんなさいと付け加えた。


「べつにかまわないわ。・・・いま、私たちが怖い?」


シュリの問に三人は首を振る。不思議と“怖い”とは感じなかった。ただ自分たちとは違うモノなんだなと感じるだ けだった。


「それではその伝承を少々訂正しよう。別に私たちは神ではない。金の瞳であるのは一族の特徴。光と闇が上手く 調和できていないのは事実。私たちは光しかない。亜人ではなく種族が違うだけだ。そして不老不死というわけで はない。」


次々と明かされる事実に三人は唖然とするより他はない。


「ち・ちょっと待って・・・。えっと、光しかない?つまり光の神の子孫?」


「一族って事は何だ?みんな金?」


「不老不死じゃないって事は死んじゃうこともあるの?!」


サラは神話に基づいた質問を、キークはよく分からないことを、コオウは現実的なことをそれぞれ問いかけた。


「・・・光の神の化身というわけではない。人と神の間の子孫だ。遠い昔に神が戯れに人との間に作った子が我ら の先祖と言われる。だが、それは伝承の域を出ず私たちにも真相は分からない。レシュの瞳の色は必ず金だ。金以 外で生まれたレシュは見たことがない。」


セイヤはここまで一息に言って息を吐いた。リョクが後を続ける。


「そりゃー俺たちだって死ぬことはある。何千、何万単位だが寿命が尽きれば死ぬさ。それに首を落とされれば死 ぬし、怪我がもとで死ぬこともある。その辺は人間と変わらないよ。」


三人はそれを聞いて思い思いに思案した。眉根を寄せて考え込む三人をレシュ達は複雑な思いで見守った。


「・・・急に思ったんだけど、ここに来てから子供を見てない気がします。」


コオウが思いついたように言ったがキークとサラも一瞬考え頷いた。


「良いところに気が付いたわね。・・・そうなの。この里では私が最年少の・・・人間風に言うなら十九歳。その 上は三十、三十二、とんでリョクの三百・・・いくつだったっかしら?」


「三百二十三。」


「・・・。とそんな所よ。」


そんな所よと言われても三人にはどんなところかよく分からない。


「それがどう関係あるんだよ。」


キークがもっともな感想を口にする。


「・・・。何千何万年と生きる私たちが、人と同じように子供を産んだらどうなると思う?」


シュリの言葉にサラはハッとする。


「民の増加によって資金、食料、土地不足で養うことなど出来ない・・・。」


砂の民の元長の言葉にコオウとキークも気が付いた。シュリが頷く。


「そうよ。レシュの男性には生殖能力がないの。つまり人のようにレシュは生まれないわ。」


「残念ながら場所は言えないが、一人のレシュが死ぬとある湖・・・私たちは命の泉と呼んでいるが、そこからレ シュが一人生まれる。そうやって存在するレシュの数が調整されているのだ。」


シュリの後をセイヤが続けた。ふとわいた疑問をサラはぶつけてみた。


「・・・でも女性には子をなす力があるわけよね。じゃぁ人との間に子が出来てその子がレシュだったらレシュが 増えるんじゃないの?」


「・・・レシュの女性は・・・子を産むと死ぬわ。子がレシュで有る無しに関わらず。でも・・・子供はレシュと して産まれることはないわ・・・。」


シュリが悲しげに言った。セイヤが続ける。


「レイとシュリが同い年というのは知っているだろう?・・・偶然ではないのだ。」


セイヤの言葉に三人は息をのむ。まさかという言葉が三人の脳裏を横切った。


「そう。レイは半レシュだ。」


「「「……」」」 三人は絶句する。力が強いこと、瞳の色、気配を除けばレイは普通の人間に見えた。金の瞳ではないし、耳も尖ってい ない。


「嘘じゃないわ。人間風に言うなら私はレイの母の生まれ変わりよ。コオウ王子、これで貴方なら彼が誰か分かる と思うのだけれど・・・。」


キークとサラがコオウを見つめた。コオウはう〜んと唸った後ハッとした。


「・・・光歴2845年、シンシュリー国、第51代国王、ソウ・ユーナ・セイラ・シンシュリーはレシュ、シャラと婚姻を結ぶ・・・。翌年第一子出産。その十二年後にシンシュリー消滅・・・。」


コオウは話しながら血の気が引くのが自分で分かった。


「「レイは・・・レイはシンシュリーの王子?!」」


キークとサラの声が見事にかぶりセイヤは少し笑った。


「そうだ。ただでさえ命を狙われる事の多い、王子という地位にありながら更に邪神の瞳。」


「そりゃぁ狙われるわね・・・。」


サラは額に手をやり空を仰いだ。


「えっと・・・じゃぁレイは、十二歳の時からここで暮らしているのですか?」


自分と同い年のレイはここで暮らしていたのかと思うとコオウは不思議な気分がした。


「そうだ。消滅の瞬間、私は彼のもとに飛んだのだが間に合わなかった。すでにあの国は消滅してしまっていた。 私は彼を連れてここへ帰ってきたのだ。」


「・・・シンシュリー国とコートセイムは互いに国交があったの?って言うか無かったらレシュが王妃になるわけ 無いわよね・・・。」


サラの疑問にコオウが答えた。


「シンシュリー国は自国を神の守りし里って呼んでて、その神に当たるのがレシュだって聞いたよ。」


レシュ三人はコオウの話を聞いて顔を見合わせて笑った。何か間違ったことを言ったのかとコオウは俯いた。


「神ではないとさっきも言っただろ?俺たちはシンシュリー国の奴らと友達だったんだよ。確かに神の守りし里と か言ってたけど特に俺等が絶対神って訳じゃないぞ。あくまで畏敬の念って程度さ。」


リョクが苦笑しながら言うとセイヤが続けた。


「一年に一回王宮でパーティがあってな。そこに皆で行くのだよ。シャラはそこでソウと恋に落ちた。」


セイヤがレイの両親の話をすると急にシュリが身を固くし、それ以上聞きたくないというような顔をしたので、誰 もその話を深くは聞かなかった。


「で、どうしてレイだけ生き残ったのか聞きたいんだが。」


キークが話を本題に移す。両親を消滅によって亡くしたキークは、どうしてレイだけが生き残ったのかが知りた かった。


「・・・簡単に言えば、シンシュリーの国民が彼を守ったのだ。」


「簡単すぎて分かんないわ。もっと詳しく言って頂戴。」


レシュになれてきたのかサラの口調から遠慮が消えた。


「・・・レイの剣を見たわよね?あの剣が彼の気配を吸うところも。」


三人はドゥーキと戦ったときの光景を思い浮かべた。レイは自分の気配を使ったようにも見えたが、あれは剣が彼 の気配を吸い取り使っていたのだ。


「・・・消滅の時、国民の気配がみんなあの剣に集まって彼を守ったのさ。シンシュリーの守り刀、なんて呼ばれ る由縁だ。」


リョクの口調も重い。


「元々レイの気配の色はスカイブルーに銀混じりの色だった。彼の気配が今は無色なのは、彼が自分で気配を押さ え、来るべき時のために蓄えているからだ。気配を押さえる術は私が教えた。」


三人はまたしても黙り込んだが、能力者のキークが急に眉根を寄せセイヤに聞いた。


「・・・ちょっと待て。今の話だと、非常事態になったときにレイを守るために周りの人間の気配を奪うのか、あの剣は?!」


キークの声は叫びに近かった。事実だとしたらそんな危険な剣と共に旅をしていたことになる。


「そうだ。他にもあの剣はレイが怒りに身を任せたとき、悲しみに染まったときなどに力を発揮する。つまり感情 に左右されると言うことだ。」


「・・・レイはいつもとても穏やかだったでしょ?・・・そうしないといけなかったからなのよ。」


シュリはまるで自分のことのように悲しげな表情を浮かべた。


「結果的にはあいつの命を守ったけど、レイの親父さんも辛いもんを背負わせたもんだ・・・。」


リョクもしんみりと言った。三人の呼吸が止まる。何を言えばいいか分からなかった。セイヤが大きく息を吐く。


「・・・莫大な気配が必要となっても、自分のだけで補えるように、レイは今、頑張っているのだ。・・・この辺 で話は終わりにしよう。リョク、シュリ。キーク、サラを部屋に案内しなさい。コオウ王子は私が案内する。」


何も言え無いまま三人はレシュ三人の後に続いてテラスを後にした。あまりにも多くの話を聞き頭の中が混乱し た。国、種族の枠を超えた話にまるで現実感が沸かないと同時に、今まで身近にいた人物の過去を生々しく感じ た。 キークはこれから挑もうとする敵の大きさを感じた。シンシュリーを消滅させることの出来るほどの力を持った敵 かもしれない。 コオウはレイの痛みを感じた。自分と同じ年で、自分よりも大きなものを失った友人の痛みを感じた。 サラは人とレシュのつながりを考えた。人から疎まれ隠れるようにしてこの地で暮らし、多くの死を見つめてきた レシュの孤独を感じた。








暗い闇の中でノーアとドゥーキは四人の行方を星見していた。


「・・・星と光に守られる彼の地に入ったようです。」


ドゥーキは舌打ちしながらノーアに告げる。


「どうします?我らにとってあの地は汚せないものです。」


「・・・待つさ。何時までもあそこにいるつもりはないだろう。いずれ出てくる。それに・・・あの地だけは綺麗 なまま取っておきたい。」


二人はシンシュリーの民ではない。だが彼らにはコートセイムを守りたいという共通の思いがあった。


「それよりドゥーキ。サームの動向はどうなっている?」


「新王リューイの心は闇にとらえました。今はまだ兵力の増強を中心としていますが、あと一、二年すれば支配欲 に駆られ各地を征服し始めることでしょう。」


数年前、ノーアに命をうけサーム国に潜入したドゥーキは、まずはじめにリューイの心は闇につないだ。嫉妬に狂 うように、平常心、慈しむ心を奪うように。その結果たった一年でリューイは我を失い、王座を奪うことのみに執 着し始めた。つまりリューイはドゥーキの、ひいてはノーアの駒にすぎないのだ。


「そうか。サーム国は元々武力国家。これを機に各地で反乱が起き、世界が混乱し、国が一つにまとまったところ を・・・」


「はい。ノーア様と私がたたきつぶす。」


ノーアはしっかりと頷いた。


「そうだ。そうでもしない限り私の恨みは晴らせない。そしてあのシンシュリーの生き残りっ!あいつも殺さなけ れば私の気が済まない!!」


「御意に。」


熱くなったことに気が付いたノーアは大きく深呼吸をしてドゥーキに向き直った。


「サームに動乱が起きればあの王子が黙っているわけがない。そうすれば残りの奴も付いて彼の地より出てくるだ ろう。そこを叩けばいい。今更焦る必要など無い。・・・もうずいぶんと長く待ったのだから。」


ドゥーキは黙って頭を垂れた。彼も又、長い時間を待っていたのだ。 三十二歳のドゥーキと三十歳のノーアはお互いに苦笑し闇の中へと消えていった。

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