ホートカイキ自治領
ホートカイキまであと半日の所で四人は砂の海最後の夜を明かすことにした。馬のアーシャとフーユ、ラクナも合 流し、大きめの薪を囲みながら三人の視線はレイに注がれていた。六個の瞳に見つめられ、レイは苦笑いと共にた め息を一つ吐くと口を開いた。
「・・・私は・・・・・・」
「シンシュリーの生き残り?」
ほんの数瞬ためらったレイを遮ってコオウが言う。キークとサラは特別驚くでもなくちらりとコオウを見た。
「・・・シンシュリー国の国宝は・・・ダイアの剣・・・。僕・・・そう教わった・・・。」
コオウは悲しげな声で言う。
「シンシュリーは・・・俺の親父と母さんを奪った国・・・。」
キークも複雑そうに眉根を寄せる。
「たしか神の守りし里と呼ばれ・・・その神って・・・レシュだったっけ?」
サラは族長時代の知識を引っ張り出した。
レシュとはこの世界における亜人種のことで、光の神のごとく金の瞳で ありながら、その瞳の形は邪神のごとく獣のようで、光と闇とが上手く解け合っている人間と違った出来損ないの種族とされる。その出身等は不明であり、かつては実話だったのかもしれないが、今では神話とされ、おおむね忌み嫌われる種族である。
「他国では邪神とされる神を崇め、フツユ山脈とウミに囲まれた大国。他国から忌み嫌われても、他国からの民は 快く受け入れる国。・・・僕はその程度の知識しか無いや・・・。」
「砂の民の神話にはレシュが出てくるわ。ものすごい美形なのに獣のような目をして人を殺す不老不死の種族だって。」
「あぁ、俺も小さい頃に聞いた。こっちでは邪神の化身で光の神に姿を真似ている・・・だったかな?」
「何にしても・・・サーム国を始め多くの国の神話で邪神の使いとされてるよね。」
三人はお互いを見やった後、レイのオッドアイを見つめた。レイは視線を地面に落としたまま、ため息と共に次の 言葉をはき出した。
「・・・えぇ、確かに私はシンシュリー国の生き残りです。」
察していたこととはいえ本人の口から聞くと、三人は改めて目を丸くした。
「嘘だろ・・・。この八年間、誰一人として生存者は見つかってないはずじゃないのか・・・。」
「あのときあの場にいて助かった人は私だけです。・・・すべてのものを・・・目の前でなくしました。」
そっと瞳を閉じて抑揚無くレイは言う。
「じゃぁ・・・これから行くって言うレイの故郷は・・・今は無きシンシュリー国なの?」
レイが答えようとしたとき、不意にサラが口を出した。
「ち・ちょっと待ってよ!私が聞いてる話とだいぶ違うと思うのだけど?・・・君達はホートカイキ自治領の親戚 の所に行くんじゃなかったの?!って言うか追われてるのっ?!いえ、現に襲われたんだから追われてるのよ ね・・・。あと、王子様って言ってたわよね?・・・そこら辺からきっちり説明してよ!」
サラはそれを聞かないと引かないとでも言うように腕を組んで三人を睨んだ。
「いや・・・あの・・・その・・・」
しどろもどろになりながらコオウはレイに視線を向ける。
「・・・えぇとですね・・・」
宙を泳いだレイの視線はキークで止まる。
「・・・!俺か?!俺が説明すんのかっ?!」
キークは自分を指さしながら叫ぶ。コオウとレイは素知らぬ顔であらぬ方向を見ている。
「早く説明して。」
サラはキークにぐっと詰め寄る。
鼻先三十センチに迫ったところでキークがねを上げた。
「わーかった!説明すっから落ち着いてくれっ!そんでもうちょっと離れてくれっ!!」
キークによる説明が終わるとサラは大きなため息をついて大きくうなずいた。 「・・・サーム国の王子様に紋証術の継承者、シンシュリーの生き残り・・・そりゃぁ狙われるわね。」
説明し終わったキークはどっと疲れを感じた。
「いや、論点はそこじゃなくって・・・こんな危ないことに巻き込まれちまうんだ!さっさと里に帰れっ!って言 いたい訳だ。」
キークの剣幕にもサラはきょとんとする。
「何言ってるの?こんな面白いこと見逃せるはず無いじゃない!大丈夫、大丈夫!ここまで聞いたらきっちり巻き 込まれた方がお得だわ!」
素知らぬ顔をしていたコオウとレイも驚いた。
「駄目だよ!!お願いだから里に帰って!また・・・また人が死ぬのは嫌だよ!!」
コオウが必死に頼む。
「・・・王子様に頼まれても・・・うちの民の規則は知ってる?」
レイが苦々しげに言う。
「・・・“族長の任を降りたものは二度と民の元に近寄るべからず”」
「へぇ、よく知ってるね!」
キークとコオウは驚く。
「「何でっ?!」」
サラは何でもないことのように言う。
「無駄な争いを避けるためよ。元族長と現族長が争うことも稀にあるらしいから。」
確かに納得のいく理由に二人は言葉を失う。
「ま、そういうことで最後までお供いたします!」
「でも危険だよ!!」
サラはもうその台詞は聞き飽きたと言いたげにため息をつく。
「さっきの男は死んだんでしょ?それにこっちにはレイがいるんだから大丈夫じゃないの?」
キークが難しげにうなる。
「・・・さっきの男は・・・死んでないよな、レイ?」
コオウははっとする。レイも難しげな顔でうなずいた。
「はい。あの男は・・・もっと大きな闇に包まれ逃げました。その闇が空間を閉めるときに攻撃してきましたが・・・あの男よりも数倍強かったです。」
四人の間に沈黙が落ちた。
「ま、何はともあれ次の目的地はガンタンだろ?んでシンシュリー国へ行く!それで良いよな。」
いつもの明るい声でキークが言う。
「・・・いえ、最後の目的地はコートセイムです。」
レイの言葉にまたしても三人は固まる。
コートセイム。 星の夢見し光の都。 レシュの隠れ里。 邪神の住処。
様々な呼ばれ方をしているウミに浮かぶ島のことである。島の周囲は高い山と崖に囲まれ上陸することは出来ず、 更にその周りを大きな渦が回っており近づくことすら困難な所である。レイの非常識になれているはずの二人と最 近加わった突拍子もない一人は開いた口がふさがらない。
「・・・シンシュリーが消えた後、私はコートセイムで八年間を過ごしました。第二の故郷だと思っています。そ こに・・・私の師がいます。」
闇の中でドゥーキは地に伏していた。体のあちこちが切り裂かれ出血している。
「我が君・・・」
自分を助けたのが誰であるか、ドゥーキには判りきっていた。自分が主と認める者。強く黒く揺るぎない気配を 持った者。
「ドゥーキ、大丈夫か?」
さらなる闇から人が現れた。ドゥーキと同じ頃の年のようだが、声は低く黒い瞳は吸い込まれそうなほどに深い。 どう見てもかつて仕えていた、いや、仕えたふりをしていたサーム国新国王リューイではない。
「・・・すいません・・・。し損じました・・・。あの・・・あの力は・・・。」
ドゥーキは男の前に跪こうとしたが体が言うことを聞かない。その仕草を見て取った男はドゥーキの側にかがみそ の行動を制す。
「動くな、ドゥーキ。ずいぶんと手酷くやられたな・・・。」
そうして男は手を差し出し呪を唱えドゥーキの出血を止めると、側にあった長椅子にドゥーキを横たえる。
「すいません・・・我が君・・・あなた様の手を煩わせるなど・・・。」
男はゆるゆると首を振る。
「気にするな。私はお前のことを失いたくない。・・・本当であれば・・・お前には昔のように名前で呼んでもら いたいのだが・・・。」
「過分なお言葉ですがそれは出来ません。昔から・・・志を同じくしていようと・・・今は・・・あなたは・・・ 私の主君です。」
きまじめなドゥーキに男は微笑む。
「・・・そうか。・・・ゆっくり休め。そして再び私のために働いてくれ。サーム国をこちら側に落としたのはお 前の手柄だ。良くやった。」
その言葉にドゥーキは安心したように微笑む。
「我が君のためであれば。」
その言葉に男は微笑みかえした。
「・・・部屋まで戻れるか?」
ドゥーキは申し訳なさそうに言う。
「・・・恥ずかしながら体が言うことを聞きません。」
「・・・体が戻るまでここにいろ。薬を持ってくる。」
ドゥーキは目を見開き首を振る。ここは主の部屋なのだ。自分がいつまでも長居をしていて良い場所ではない。
「いいえ!!それはできません!」
男はすっと右手でドゥーキを制し苦笑いを浮かべた。
「・・・私もここにいるから。」
二人にとって心地よい暗闇が静かに周囲を包み込んだ。
ホートカイキ自治領は元々、海へと行くための小さな船着き場であった。
だがいつ頃からか人が集まり市場が開か れ豊かになり、それが拡大して今の形になった。
よって統治者は存在せず、商人間の掟で秩序が守られている。国 規模の大きさまでに発展したため形式的に“自治領”とされているという訳だ。
複雑に入り組んだ小道に商店が軒を 並べ威勢の良い声が町をにぎわせている。町に沿ってリューソウ川が流れていて、朝はリューソウ川を流れる霧と 霜に包まれる。
「うわー!すっげぇ!これが霧って言うのか?!この白いのっ?!」
キークは霧を掴もうとしたり息を吹きかけてみたりと興味津々だ。
「キークは霧を見るの初めて?」
サラはふんわりと包む霧を全身で感じているように手を大きく広げる。
「初めてさ!うわーほんとすげぇなぁ!」
「朝の川下りなんかしたらキークはもっとはしゃぎそう!」
その様子をおかしそうに眺めていたコオウが言った。
「では、早速船着き場に行って船に乗りましょうか。」
レイの声にキークとコオウの目が輝く。
「「本当?!」」
ふふふとサラも微笑む。
「二人とも子供みたいね。・・・レイ、朝市で朝食だけでも買っていかない?」
レイもにこりと微笑み同意した。
「安いよー安いよー!!安くて旨いよ!」
四人は歩きながらでも軽く食べられそうなものを選んで買い込んでいく。途中、
「子だくさんなお父さんに一個おまけ!」
と言われてレイが固まったり、
「サーム国の新国王は徴兵制を厳しくした代わりに税を減らしたらしいぞ。民に優しい国王で良かったな。」
と言う噂を耳にしてコオウが沈んだりしたが敵襲もなく買い物は終わった。
キークは珍しいものを手当たり次第、 サラは食べ物と髪留め、コオウは果物とチキン、レイは鴨肉と野菜をパンで挟んだ物を、それぞれ満足げに買い、 船が到着するまでの時間、埠頭に腰掛け四人で仲良く座って食事をした。 ふとコオウが寂しげに呟く。
「・・・僕・・・どうすればいいのだろう・・・。叔父上は民に好かれる国王だし・・・呪術者を倒した後・・・ 僕はどうすればいいんだろう・・・。」
もぐもぐと租借しながらキークが答える。
「どうするも何も・・・このタレ旨いなぁ・・・城に帰ればいいじゃないか。うわぁこっちも旨い・・・叔父さん は一目見ればお前だって分かるんじゃねぇの?呪術者が死んでからって言う条件は付くけどよ。」
指に付いたソースをぺろりとなめながらキークは器用に片目をつぶって笑いかける。
「・・・そう・・・だよね・・・。それが一番良いんだよね・・・。」
何か思うところがあるような言い方をしたコオウにサラは微笑む。
「大丈夫よ。きっと。」
そういってコオウの頭をぽんぽんとたたく。コオウはくすぐったそうにされるがままになっていた。
「・・・うん。ふふ、サラは母上みたいだ・・・。」
サラは何とも複雑そうな顔をして残りの二人を見た。
「・・・私ってそんなに老けてるかしら?」
一拍おいてキークは爆笑、レイは口元を押さえて肩をふるわせ、コオウは真面目に説明する。
「違うよ!母上もよくサラみたいに頭を撫でてくれたって意味だよ!!」
笑いを納めた後レイはコオウに忠告する。
「・・・せめて“お母さん”と言った方が良いですよ。」
サラとキークも同意する。
「そうね。私たちでも父様、母様だったわ。」
「俺なんか親父と母さんだぜ?」
コオウは分かったとうなずいた後、急に小首を傾げてキークを見上げる。
「何で父さんと母さんじゃないの?もしくは親父とおふくろ?」
「実はキークは“お母さん大好きっ子”だったりして。」
サラがクスクスと笑いながら茶々を入れる。
「ばーか、そんな訳ないだろ!この年になってまでそれはねぇよ!」
上流の方をじっと見ていたレイも微笑む。
「どうでしょうね?早くに母を亡くした子ほど母への執着心が強いらしいですよ?・・・船が来ました。行きま しょうか。」
すたすたと歩く三人にキークは最後の抵抗をした。
「だーーっ!仮にそうだとして、それのどこが悪いんだーっ!」
振り向いてサラが一言。
「え?本当に?私冗談だったんだけど・・・。」
脱力したキークであった。




