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レイの力

「私の本名はサラって言うの。」


元砂の民族長ターシャことサラは軽い足取りで砂漠を歩きながら自己紹介をしている。


その口調は族長の時とは違い、至って普通の娘の口調だった。


「もしかして『猫を被ってる』って・・・族長らしいさばさばした猫のことだったの?」


コオウの問いににこりと笑う。


「そうよ!老中達は威厳がないと駄目だなんて言うんだもの。威厳ってそんなものから出来るんじゃないと思うん だけど。さばさばしているのは元からだと思うわ。」


コオウと楽しそうに話すサラをちらりと横目に見ながら、キークはレイに耳打ちする。


「で、何の弱みを握られたんだ、お前?」


苦々しげにレイは答える。


「彼女が正論を述べていたから反論できなかっただけです。『ホートカイキには一人でも行く。老中達は説得でき た。君はさっきから危険だと言うが具体的には何も言わない。私だって武術の心得がある。・・・どうして一緒に 行けないんだ?』・・・こう聞かれては私に反論の術はないです・・・。」


キークとレイはがっくりと肩を落とした。二人は重荷だとは思っていないが、力的にどうしてもコオウは守られる 立場になってしまう。これ以上守るものを増やすのははっきり言って本意ではなかった。


「でもまぁ・・・呪術者の方は、もう俺等を狙う理由なんか無いのかもな。コオウは国外逃亡したし、俺の村も焼いた。正体はばれてないんだからそろそろ手を引くかもな。」


先視の能があった父を持つキークの楽観的な予測は、ちっとも当たらなかった。








日照りと乾燥のため草木すら生えないターシャ砂漠にも動物がいる。砂漠の民同様、彼らもオアシスからオアシス へと群れで行動する。小柄な狼ほどの大きさだが牙は鋭く、敏捷性に優れ群れで人を襲う。そして今、獣の群れは次の獲物を定めた。砂漠を渡る若い四人組。群れのボスが低く一声鳴くと、 群れは砂煙を上げながら獲物に向かって突進を始めた。


「ふえぇ~・・・しっかし暑いなぁ・・・。あんな奴ら相手にしたくねぇよぉ・・・。」


こちらは狙われているはずの四人組。さして緊張感も見せずに暑さにうんざりしている。


「ねぇ!そんな悠長なこと言ってる間にどんどん近づいてきてるよ?!」


コオウは群れを指し、レイの袖口を引っ張る。


「・・・まぁ、近くに来てからでも大丈夫でしょう。」


「ほんと何悠長なこと言ってるのよ!!」


三人の横にいたサラの手が閃いた。


「グオゥッ!!」


先頭にいた一匹が何かに足を取られたように転び、後ろに続いていた何頭かを巻き添えにした。


「えっ?!今の何っ?!」


コオウの問いが二人の心も代弁していた。サラは 「ん?」 と、三人の方を見て手の中のものを見せた。サラの手の中には小石程度の飛礫がいくつか握られている。


「お前、こんなんで倒したのかぁ?!」


キークはぽかんと口を開けたまま数回瞬きをした。その間にもサラはいくつか飛礫を飛ばし、獣たちを 次々と地に伏せていく。


「・・・お見事です。」


レイも驚いてる。


「ふふっ!私の得意な武器は“飛ばすもの”!スローナイフも得意だし、弓だって男の人にひけを取らないわ!」


獣の数は半数にまで減っている。


「だいたい君達はどうやって身を守るつもりだったの?キークは丸腰だし、ヒビキは短刀だけ。レイは長剣を持っ てるけど強そうじゃないもの!」


あっけにとられていたキークは慌てて気を取り直し、負けてられるかと不敵に笑う。


「俺はこうするのさっ!!シルフィレーツ・ブレィンクッ!!」


キークが叫べば、描かれた紋章が淡く光り、収縮された力が具現化する。


「行っけぇっ!!」


キークのかけ声に応じて、紋章によって生み出された風の刃が鋭い切れ味を持って残っていた獣たちを引き裂いた。

辺りのジャッカルたちが片付くと、サラは


「集めるのがめんどくさいのよねぇ・・・。」


と言いながら飛ばした飛礫を集め始めた。


「それにしても、キークはすごいね!能力者?私、初めて見たよ!!」


共に飛礫を拾うキークを見やってサラは絶賛する。


「まぁ俺にはこれしか武器がないからな。それよりお前もすごいじゃん!あんな戦い方は初めて見たぜ。はっきり 言って最初はお前のことは荷物になるかなぁとか思ってた。」


少し離れたところで見ていたコオウが少しばかりびくっとしたが、隣のレイが優しく頭をぽんぽんとたたくと困ったようにだが、笑顔を浮かべた。


「ん~・・・私は女性だから力じゃどうしても劣っちゃうでしょ?だから出来るだけ接近戦に持ち込まないようにしなくちゃいけないから・・・だから私は遠距離を狙える武器を選んだの。力はどうしても弱いから命中率を上げる訓練ばっかりやってたわ。」


キークはなるほどと呟きつつ、最後の飛礫をサラの手に乗せた。




「見つけた。ユーカの生き残り。そして王子様。」


突如聞こえた声に四人が慌てて振り返ると、黒いローブの男がそこに立っていた。キーク、コオウ、レイの三人は 即座に戦闘態勢に入る。こういう局面で自分は無力であると知っているコオウは、唇を噛みしめながらキークの側に寄る。キークは何が何だか分かっていないサラの腕を掴み、引き寄せシールドを張った。


「ほぉ・・・まだ私に逆らうつもりか?己の無力さは前回で身に染みなかったのかね?そこの男がいなかったらお前達は今頃この世にいないというのに。」


ローブから覗く口元は嘲笑を浮かべている。コオウはキークの袖をぎゅっと掴み、男を睨み付ける。


「誰?」


と聞いたサラにキークは答える。


「敵さん。」


軽くそう答えたキークだが表情は硬い。


「残念ながら前回も今回も私がいます。なのであなたは勝てません。せっかくこの前の傷が癒えたようですからもう止めてはいかがです?・・・今度は死んでしまうかもしれませんよ?」


レイは言葉こそ丁寧だが、恐ろしく威圧感のある言い方だった。


「・・・貴様のことを少しばかり調べさせてもらった。すると面白いことが分かったぞ?偶然ではなさそうなことがな。」


レイの右眉がぴくりとはねる。


「・・・もし貴様が報告通りであるとするならば・・・手加減は不要。必ず始末せよと賜った。」


不敵に笑ったまま男はローブをはずす。黒いローブの下から表れた顔は、コオウの叔父と話していたドゥーキのものだった。


「ところでユーカの生き残り。私の置きみやげは気に入ってもらえたかな?」


キークの顔に怒りがこみ上げる。キッとドゥーキを睨み付けありったけの怒りを込めて叫ぶ。


「お前かぁっ!!お前がやったのかっ!!」


獣が獲物を見るように、粘着質で醒めた嘲笑を貼り付けたままドゥーキは続ける。


「なまじ力がある者の方が殺しがいがあってね。なかなか良い声で泣き叫んでくれたよユーカの民は・・・」


「黙れっ!!お前の口からユーカの名が出るのは許さねぇっ!」


キークの気配が大きく揺らぐ。だがこの男には自分の力は通じない。そんなことは前回で身に染みている。自分の 無力さに嫌悪感すら覚えて、キークは堅く拳を握った。行き場を無くし持て余された怒りで爪が手の平に食い込 み、紅い雫が砂の海へと滑っていった。


「ふん。お前のような小物はどうでも良い。本来ならお前もそこの王子も殺す必要もないのだが・・・我が君から 直々の指令があってね。君達を救った男を何が何でも殺さねばならないらしい。」


レイは腰に差した剣の柄に手をかける。


「・・・あなた達は組織なのですか?・・・そしてあなたはどこまで知っている?」


レイの声が一段と低くなった。二人の間には一触即発の雰囲気が漂う。試合の時のキークとコーライの比ではな い。レイの見えない気配とドゥーキの黒い気配で火花が散りそうだ。


「組織?笑わせる。黒い気配を持ったものを雇うものがいるものか。私はただ一人の同士…いや主君と戦っている。我が君の言うことは絶対だ。よって我が忠誠においてここで貴様を倒す!!」


そう叫び終わらないうちにドゥーキはレイに突進する。片手には東大陸特有の曲刀を持っていた。だがレイも ぼーっと待っているわけではない。すかさず剣を受ける形を取る。


キィィン!


キークとコオウにとって聞き覚えのある音が響いた。わずかに引き抜いた刀身でレイはドゥーキの曲刀を受け止 め、はじき返す。


はじかれ一度間合いを取ったドゥーキが叫ぶ。


「っ!やはりな!その剣で確信した!!貴様シンシュ・・・っ!」


ドゥーキの言葉を遮るようにレイは抜刀し距離を詰める。


キィィン!!


再び刃が交わった時、キークとコオウ、それにサラはあんぐりと口を開いて呆然とした。


「俺の見間違いじゃなきゃアレってダイアモンドだよなぁ?」


「僕は間違いなくダイアモンドだと思うけど・・・」


「あれ一本あったらうちの民は五年ぐらい暮らせるかも・・・」


レイの刀身はダイアモンドで出来ていた。


剣先は透明に輝き、柄の方はうっすらと白濁している。


「・・・先に切り込んできたのはあなただ。殺されても文句は言わないでください。」


キィンッ!


打ち合っていた二人はお互いをはじいて間を取る。 先に踏み込んだのはレイの方だった。だが今度はドゥーキも反撃に出た。 空いている左手を前に出し気配を集める。 レイが両手で剣を持ちながら突っ込むと二人の間で黒い光が弾けた。

一拍おいて爆風が二人を中心に巻き起こり砂嵐のような状態となる。 キークは必死に結界を維持し、コオウとサラは一生懸命に目をこらす。 強烈な爆風が収まり、砂が重力に従って落ちると、爆風の中心にいた二人は互いに切り結んでいた。

打ち合う剣がぎりぎりと音を立て、どちらか引いた方が切られる。 見ている三人が思わず息をのむ緊張感。

下手に手出しは出来ない。キークは結界に係りっきりで余力はないし、サラの飛礫はここまで密着していては難し い。しかもこの状況でレイにあたってしまっては冗談ではすまない。コオウに関しては問題外である。

レイとドゥーキはお互いに譲らぬ攻防を続けている。ドゥーキは懸命に歯を食いしばり、レイの右目は獣のように 鋭く光っている。

レイの口元が動いた。


「Awatihs on itakar...usokis...ohnonusokis ed ii...akiohuusur!」


いつもより幾分押さえた口調ながら変化はすぐに起こった。


「「あっ!」」


コオウとサラが同時に声を上げる。剣に色が付いた。薄い、ごく薄いアイスブルー。無色透明な剣の中で渦を巻 く。


「っ!」


キークは結界を維持しなければならないのでただ息を詰まらせた。だがレイから目が離せない。

色が付いた。無色透明なはずのレイの気配に色が付いた。薄い、ごく薄いアイスブルー。それとマーブル模様を描くように銀が混 ざっている。


三人はあっけにとられて、ただレイを見ていた。剣を交えていたドゥーキも驚く。 その隙をレイは見逃さなかった。


「Awatihs on ooar!Usurodik utem on ogotuk akekunekor!Oson ootok ow ukiayuber!!」


レイの力が言葉に応える。柔らかな蒼が鋭さを持ち、獣となってドゥーキへと襲いかかる。 その刹那、暗闇と蒼が衝突し爆発した。 爆発の余韻が消え辺りが静まると、そこにはレイだけが残っていた。


がくりと膝をつき両腕を突っ張って砂の上に伏すのをかろうじて押さえているような状態だった。


「つっぁああっ!!」


レイは短く叫ぶと気配が大きく揺らぎ剣の色が濃さを増す。レイの苦しそうな様子を目にしても三人は近づくこと が出来なかった。 怖かった。 純粋にその力が怖かった。 自分たちとは明らかに違う何かが、ただ怖かった。


「静まれっ!!まだだっ!!このためじゃないっ!!こんな事の為じゃないっ!!!」


普段のレイからは想像がつかない強さでレイは叫ぶ。握りしめた拳からは砂がこぼれた。


「そうとも。お前はこんな事のために頑張ってるんじゃないよな?ほら、頑張れ。ちょっと手伝ってやるから。」


レイの横に緑の光が現れレイに語りかける。コオウの気配を薄緑とするならその光の色は濃い新緑の緑だった。 突如現れたこの光は、レイの周りをふわふわと舞い、レイを包み込む。


「しっかりしろ。セイヤ様が首を長くしてお前を待っておられるんだ。とっとと帰ってこい。そうでないと俺が文句を言われる。ガンタンまでは迎えに行ってやるから、出来るだけ急げよ。敵さんの情報、セイヤ様が分かるかも しれないそうだ。」


ふわりと緑の光が離れるとそこにはいつものレイがいた。


「お?そろそろ時間が来たな。じゃぁガンタンで待ってるぜ。さっさと来いよ。」


レイはそっと立ち上がりふわりといつもの微笑みで答えた。


「分かりました。」


緑の光もふわりと笑ったように揺れた。


「・・・それと、力はもう少し押さえて使え。俺にばれるんだからセイヤ様には確実にばれてるぞ。」


「・・・分かりました。」


今度はいささか遠慮気味に答えたレイだった。


「じゃぁガンタンで!」


そういって緑の光は、現れたとき同様跡形もなく消えた。 最初にレイに駆け寄ったのはサラだ。一行の中では一番付き合いは短いが、外見や能力のみで人を判断していては 砂の民の長は勤まらない。 次はコオウ。幼く、環境に順応しやすいこの王子は、とてとてとレイに向かって走っていく。 最後にキークは軽く息をつき、一二度軽く首を振ると二人の後を追った。


そしてレイの元に付いた三人は一斉に同じ台詞を叫んだ。


「「「説明して(もらおうか)。」」」


その言葉にレイは観念したように肩をすぼめ両手を挙げた。


「ホートカイキに付いたらお話しします。」

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