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砂の民

風と共に刻々と姿を変える砂丘を三人はフードをかぶり黙々と歩いていた。


馬たちには他の陸路でホートカ イキに向かうようにレイが言った。馬に与えるほどの水はなかったからだ。


「暑い~~・・・暑いぞ~~・・・」


うだるようにキークは愚痴る。


「・・・キークってばさっきからそればっかりだね・・・」


コオウの口調にも元気がない。


「話でもしたら気が紛れるかもしれませんね。キーク、さっきユーカ村を出るときに放った光の言葉は・・・」


「えっ!あれって言葉なの?僕にはただの光にしか見えなかったよ?ただ、何してるんだろうって思った。」


三人ともフードを目深にかぶっていたためお互いの表情までは読めなかったがキークには二人がどんな表情をして いるかたやすく想像がついた。


「あれは“光の儀式”って言ってな、ユーカ村から旅立つ者はみんなあれをやるんだ。で、ユーカ村のみんなが一斉 に光を返すんだぜ。行ってこい!頑張れ!そういう光なんだ。ちょっとした名物さ。ユーカ村の者同士でしかやっ たことはなかったが、レイに通じたってことは能力者になら通じるのかな?」


「私にもはっきりとしたことは解りませんでしたよ?ぼんやりと感情の種類が伝わっただけです。」


「で、キークはなんてメッセージを送ったの?」


キークは照れたような口調でぶっきらぼうに言った。


「今までありがとう。仇はとるから安心して眠れ!」


「私には感謝と死者を悼む気持ちが伝わりました。」


レイの言葉にキークの頬に朱が走る。


「~~っ。お前なぁ・・・そういうのは思ってても口にしないの!照れるじゃねぇか!」


コオウはふふふと笑う。


「別に照れなくてもいいのに。でもレイが言うのとキークが言うのじゃ同じ内容でも違って聞こえるから面白いよ ね!」


「・・・褒めてんだよなそれ。」


その時だった。


揺らぐ地平線の彼方から砂煙が上がったのは。


「キーク!コオウ!!何かがきます!」


「「追っ?!」」


二人が同時に尋ねたが、レイは瞳を閉じて気配を探っていた。


「・・・人です。二十人ぐらいです・・・らくだに乗り・・・武器を持っています。・・・しかし“普通”の人のよ うです。」


「どうするんだっ?!」


レイは目を開けしばし考え答えた。


「様子を見ましょう。私とキークがいれば逃げるのはいつでもできます。もしかしたら友好的な人たちかもしれま せんし、第一、民間人に呪は使いたくありません。」


そういっている間に集団は砂煙を上げながら三人に近づいてくる。


「二人ともフードは目深にかぶってくださいね。」


二人はレイの言葉に従った。


「止まれ!そこの旅人!!」


むき出しの剣を手にらくだに乗った男たちに三人は囲まれた。


「我ら“砂の民”の了承も得ずこのターシャ砂漠を渡ろうなど命知らずな奴らめ!」


先ほどとは違う男が叫んだ。


「いきなり来て、剣突きつけんのがお前らの流儀なのかよっ!こっちは善良な旅人だぞー!」


キークの声に包囲の輪は一段と縮まった。


「・・・やめなさいキーク・・・。」


レイの制止の声も聞かず、包囲の輪はますます縮まった。


「おい!お前がこのガキらの親か?最近の子供は躾がなっちゃいねぇな。」


その問いにキークとコオウは小さく吹き出す。三人ともフードを目深に被っているので年が分かりにくいのだろ う。


「・・・・・・。」


レイは絶句だ。すると一行の代表格とみられる男が前へ進み出てきた。


「我が里の先読み師がお前達の存在を視た。昨今不逞の輩も少なくない。我が長、ターシャ様に砂漠を渡る許しを 得てもらいたい。おとなしく同道願う。」


「・・・わかりました。」


レイの声が震えたのは恐怖からではなく怒りからだが、男達は気がつく様子がなかった。


「ついて行っちゃっていいの?」


コオウは見上げるようにしてレイに小声でささやく。


「えぇ。是非長とやらにお目通り願おうじゃありませんか・・・。」


「それ、八つ当たりって言うんだぜ?」


キークは戯けたように囁く。


「・・・キーク、コオウ。不満でしたらあなた達だけでも逃がして差し上げましょうか?」


フードの下で微笑みの形に歪んだ口元が、何よりも恐ろしく見えたキークとコオウだった。













連れてこられた砂の民の村は移動式のテントで出来ていた。


“砂の民”


砂漠をオアシスからオアシスへと移り住む 移動の民族。


コオウは城でそう教わった。正確に言うならば特定した都を持てるほどの文化のない民族。そう教 わった。だが実際は移動式とはいえ都と言っていい人数の住むまさしく“移動する都”だった。


文化のない、とはコ オウには見えなかった。三人が連れてこられたのはその中でもひときわ大きなテントで骨組みもしっかりしていて テントというよりは一つの“建物”同然の作りだった。


キークは丸腰だったし、コオウも持っていたのは短剣のみ だったので、レイのみ、あのきれいな剣を預かるという名目で没収された。


「良いのレイ?戦力的には問題ないかもしれないけど・・・。返してもらえる保証はないんじゃないの?」


コオウもキークもレイが戦う姿は見たことはないが、剣を抜く姿も見たことはない。


「大丈夫ですよ。」


やけに自信に満ちているレイの口元はまだあの怖い口元のままだった。


「お前しか抜けない伝説の剣とか?」


キークはからかいを含んだ口調で囁く。


「違いますよ。誰にでも抜けますし使えます。」


「だよな。だいたいお前みたいなのが伝説の勇者とかだったら、民衆が困るもんな。」


「なんで?」


「ん?すんなり信用できる容姿じゃないし、力を出し惜しみするじゃん?」


「・・・貴方はまだ根に持ってるんですか・・・」


戯けるキークにレイはあきれたように言う。


「でも僕はキークの方が困るなぁ・・・」


「何でだよ。俺なんか勇者にぴったりじゃねぇ?」


「軽すぎて威厳のかけらもありませんからね。まぁ、勇者なんかいらない平和な世界が一番なんですよ。」


三人が会話を交わしているとテントの奥の布が揺れ、人が入ってきた。


「・・・!」


キークとレイはその気配に驚いた。濁ることなく大きく輝く黄色の気配がその人を中心に広がっていた。


「女の方だったんだ・・・。」


コオウはその外見に驚いた。屈強な砂漠の民を束ねるのはやはり屈強な男だと思っていた。だが現れた女性は際 だってがっちりとした体格ではなく、どう猛な顔つきでもなかった。服装は華美ではなく質素なものだったが、す らりとして武人として洗練された動きが美しい。若々しく年齢はレイぐらい見えた。

鳶色の瞳に褐色の髪を無造作に束ねていた。


「お?女の族長は珍しいか?つい最近親父が死んで跡を継いだんだが、まだまだ様になってないのかな。」


「そんなことないです!」


コオウが素早く答えると族長は、ははは、と笑った。


「そうか?・・・まぁいい。最近砂漠を渡る不逞の輩が少なくない。だいたいターシャを渡ろうと言うこと自体が 無謀だ。そして我が里の先視師は君たちを見つけた。・・・で、何者でいかなる理由でこのターシャを渡るか聞か せてもらいたい。・・・それと君たちを連れてくる課程で部下が少々乱暴なことをしたそうだな。無礼なことをし たようですまない。」


思いの外礼儀正しいので三人は少々面食らった。


「こちらが先に名乗ろう。私は砂の民の族長ターシャだ。とは言っても歴代族長はターシャの名を継ぐ。・・・そ ちらもフードを取って名乗ってくれないか?」


まずコオウがフードを取る。


「コ・・・ヒビキです。」


そういって頭をぺこりと下げる。


「キークだ。」


キークもそれに習う。


「ほぉ。ずいぶん若いな。で、君が親かい?」


またしても二人は吹き出し、レイはあの判る者にしか判らない怖い微笑みを貼り付けたままフードをはずした。


「レイと申します。」


ターシャが息をのむ。コオウとキークはフードの下に現れた邪心の瞳、長い髪の毛、そして年齢にターシャがどう 反応するか固唾を飲んで見守っていた。だがターシャの口から出た言葉は三人の予想を裏切った。


「・・・ずいぶん若い頃に生ませたんだなぁ。相手は年上か?もしや人妻?」


キークとコオウは大爆笑し、レイはまたしても絶句し


「・・・いくつに見えているのですか・・・」


と聞くのが精一杯だ。 「二十五、六ってとこだろう?キークは友人として、コオウを十二とすれば十三で生ませたんだろ?早熟ではある が不可能ではない。だが女はその年では少々きつい。だから・・・」


「今年の冬で二十です!!」


たまらずレイがターシャを遮る。


「っ!!!!」


ターシャが一歩退く。


キークとコオウはようやく気がついたかと息を吐く。


「まさか八歳でっ?!」


二人は思わずこけそうになりながらさらに笑う。

あまりに笑いすぎて目には涙が浮かんでいる。レイはあまりのこ とに右手で顔の半分を覆った。


「・・・私は親ではありません・・・。」


レイの声があまりにも情けなかったので二人はさらに笑った。


「いや、すまない!部下に言われて先入観があったのは確かなんだが・・・いやその君が老けて・・・いや大人っ ぽかったのは否めない!」


フォローしているようで、どこかで聞いたような台詞を織り交ぜて突き落とすターシャにレイは一瞬めまいを覚え た。













「先ほどは知らぬ事とはいえ無礼な事を言ってすまなかった。」


二人の爆笑とレイの眩暈が収まり、自分たちはホートカイキの親類を訪ねる旅行者だと告げると、ターシャは丁寧 なもてなしをしてくれた。四人で食卓を囲み話をしているとターシャは頭の回転が速く、知的な女性である事が分 かった。“考え方は女性と言うより男性的だ”とはキークの言である。


砂の民はその生活上肉を多く食すとコオウは 記憶していたが、実際の所は他の土地で食すメニューと大差はなかった。ただ、水は貴重なものらしく、コオンで は高価な酒が水よりも多く出た。キークは喜び、レイはいつもの微笑みを浮かべていた。コオウも酒を飲もうと手 を伸ばすが、キークは慌ててそれを止める。


「おいヒビキ!お前はまだ駄目だ!」


この世界では16歳以下の禁酒が一般的だ。酒が肝臓に与える影響と言うよりは、子供が飲むほど酒が生産できな いからと言うのが本当の理由だが、それを知り得るのは王族だけであるし、王宮ではいつでも酒がありコオウもよ く飲んでいた。


「ヒビキ・・・。いつも駄目だといっているでしょう?まったく叔父に飲まされてから味をしめて・・・。」


レイの言葉にコオウは平民の子は酒を飲まない事を思い出した。


「へへ!いいじゃんレイ~。少しぐらい!」


コオウも市井の子を演じる。


「ははは!君たちは本当に面白いね。見ていて飽きないよ。」


面白いかぁ?とコオウとキークは顔を見合わせ首をかしげた。その仕草にまたターシャは笑う。


「それにしてもターシャさんはすごいですよね!キークと同い年ぐらいなのにすごくしっかりしてる!」


コオウの言葉にターシャは微笑む。


「そうか?キークは15,6だろ?私は18だ。私の方が少々年上、落ち着いていて当然だ。」


その言葉に今度はキークが固まる。


「キークも18ですよ。」


レイはさらりと答えた。


「お?同い年か。今度は年下に見てしまったようだな、すまんすまん。」


石化から復活したキークはレイに恨めしげな視線を送る。


「まぁ年上よりは良いか・・・。」


「・・・幼いよりは大人に見られたいですね。」


このやりとりにターシャとコオウは吹き出した。


「僕は真ん中が良いなぁ・・・。」


コオウはぽつりとつぶやいた。















「まぁ私がしっかりしていなくてはならないのもあと五日だ。そのぐらいは猫を被っててやろう。」


「「「・・・?」」」


三人の疑問浮かべた顔を見てターシャは苦笑いする。


「・・・本当は弟が継ぐはずだったんだが、まだ14でな。こういうときに一族の掟というのは厄介でね。15以 上でないと族長として認められんそうだ。で、あと五日後が弟の誕生日。」







「今年の収穫祭でお前は12歳だ。後継者として発表しよう。」







コオウの脳裏に在りし日が横切った。


「弟君は今どこに?」


レイが尋ねる。


「一昨日から瞑想中だ。私も継ぐときにやったがあれは辛いな・・。」


「断食とかすんの?」


キークはまるで自分が断食でもするかのように嫌そうな顔で問う。


「まさか!7日も食を断ったら弱ってしまう。何が辛いってうつらうつらしてると老中に怒られることだ・・・。 」


がっくりとキークは肩を落とし、レイはクスリと笑った。


「ま、そうすると私は自由の身だ。久しぶりに旅でもしようかといまからわくわくしている。」


心底楽しそうにターシャは続ける。


「君たちはホートカイキに行くのだろう?砂漠の案内もかねて一緒に行かないか?」


「残念ながら私たちは急ぐ身です。」


レイが間髪入れずに丁寧に断ると、後ろでキークとコオウがこくこくとうなずいた。


「そうか。それは残念だが・・・。」


ターシャは少し考えた後ためらいがちに言った。


「う~ん、どうもこういうのは性に合わん。私らしく行こうじゃないか。たかだか五日だし・・・ちょっとレイと 話をしたい。こちらに来てもらえるか?」


そういってターシャは立ち上がり天幕の裏へと歩いていった。


「口説かれるのかもよ?」


キークのからかう口調とは裏腹にレイは難しそうな顔をしていた。


「どうしたの?」


コオウが心配げにレイを見上げる。


「何でもありませんよ。・・・ちょっと行ってきます。」


そういってレイもターシャに続いた。 取り残されたキークとコオウは顔を見合わせて首をひねった。


その夜、話をするターシャとレイが目撃された。












翌朝、旅立とうとしたキークとコオウの前にはなにやら頭の痛そうなレイと満面の笑みのターシャが立っていた。


「私も一緒に行くことになった!!」


ターシャの告げた言葉はコオウとキークに大きな衝撃を与えた。


「ちょっと待て!族長家業はどうすんだよ?!」


「そうだよ!弟君は?!」


「すいません・・・負けました・・・。」


レイが申し訳なさそうに言う。


「なに、老中達に任せておけば大丈夫だ。・・・多少の無理はしたけどね。」


『多少』がどの程度の『多少』なのかはこの際無視することにしたキークとコオウだった。


「でも・・・!危ないよ!!」


「何が?」


何が、と聞かれて素直に答えられないのが一行の辛いところである。


「昨日、君たちの保護者ことレイも同じことを言ったが何がそんなに危ないのか説明してもらおうか。」


ぐっ・・・と言葉に詰まった三人を横目にターシャはにこりと笑って言う。


「ま、そういうことでホートカイキまでよろしく!」


こうして旅の一行に新たな仲間が加わった。

こういう女の人は好きです(笑)

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