◆始まりの夜◆
それは突然、主人公のバイトの本屋の前で起きた。
―… 「もう今日はお終いかしら…?」
満月の夜現れた女は艶のかかった声で店のシャッターを閉めている少年に言った。
「え、あ…は、はい!」
少年は驚いて上手く言葉を紡げなかった。突然声をかけられたからではない。女があまりに美しかったからだ。
月の光を反射してキラキラ光り、腰まである金色の長い髪。陶器のように白くなめらかな肌。整った眉に、整った鼻。そして紅い瞳に紅い唇。
高い背に細い手足、まるで人形のように完成されたこの世のモノとは思えない程美しい女は月と街灯の光しかない暗い夜道で霞むことなく確かに存在していた。
「そうなの…、残念だわ。」
女は困ったように眉をひそめ、頬に手を当てた。
「あ、あのっ…何か御用でしたか?」
用と言っても古本屋なので本の売り買いしかない。
「んー、ちょっとね…。あっ!そうだわ 、君預かってくれない?」
そう言って女は一冊の本を手渡した。
「買い取りお願いしたかったんだケド、ちょっと事情があって私もう此処には来られないのよ。」
「え、でもお金…」 「あ、いいのいいの。色々お世話になったしね、此処とあの人には。」
女は懐かしそうに目を細めて建物を見上げた。
「この店の主人とお知り合いで?」
受け取った本を丁寧にリュックにしまった少年は訊いた。
「えぇ、幼少の頃からのね。…じゃあ荘介さんに宜しく。」
美女は微笑んで去って行った。