第九話:領主館からの脱出
お話の区切りの都合上、いつもより短めになっています。
ブランシュは侍女見習いのドレスを着たリュカを従え、堂々と正門前まで進んだ。兵士たちが何事かと注目しているが、侍女の正式な外出着のドレスを着ているので声をかけてこない。
このドレスで外に出ようという侍女は、奥様の命を受けて、他の貴族家へ手紙や贈り物を届けることが多いからだ。
ブランシュが門の前まで行くと、一人の兵士が近寄ってきた。普通の兵士はグレーの制服を着ているが、この兵士は赤みの強い焦げ茶色の制服を着ている。
この制服は兵士たちを取りまとめる上級武官の制服だ。
普通は門番役に上級武官は出てこない。作戦を立てたり、兵たちを統率するのが上級武官の役目だからだ。彼が出張っているということは、やはり、緊急事態が起こっているのだろう。
だが上級武官が対応するということは、ブランシュにとって好都合だった。上級武官であれば、日常的に侍女と接する機会はない。
別の場所にある兵舎で仕事をするからだ。ブランシュの顔を見たこともないだろう。
表門から出ようと決めたのは、警備にブランシュの顔見知りが少ないことも理由だった。
上級武官の年齢は40半ばだろうか、背は高くないが、がっしりと鍛え上げられた体をしている。
厳しい目つきでブランシュを見下ろすが、奥様付きの侍女のドレスを着ているせいで対応は丁寧だ。
「侍女殿、どこへ行かれるおつもりですか?」
ブランシュは立ち止まり、腰を低く下げ、優雅な礼を披露した。侍女には街の平民出身者もいるが、これほど優雅な礼はできない。
ブランシュが貴族の出であることを、はっきり示し、上級武官に言外の圧力をかける。
上級武官も姿勢を正して、軽く頭を下げ、返礼に応じた。
「奥様より、領都にご滞在中のご友人様に手紙を届けるようにと申し使っております」
上級武官が眉をひそめる。
「この状況で……本当に奥様が?」
上級武官はブランシュが腕にかけた籠の花束に視線をやる。
「こちらは先方への手土産です。今朝、庭師に用意させました」
なるほどと上級武官はうなずいて、背後に声をかける。
「侍女殿が外に出る。通用口を開けろ」
「「ハッ!」」
ブランシュが上級武官に軽く会釈をして、歩き出そうとしたとき、それを阻むものが現れた。
「お待ち下さい!その女は上級侍女じゃありませんよ。朝、町娘のような姿で街に買い出しに出かけるのを見かけます!ただの女中ですよ!」
声がしたほうを見ると、時々、裏門の警備についている兵士だった。義憤に駆られたような怒った顔をしている。
上級武官が眉を上げて、ブランシュを見つめる。
「あなたは買い出しに出かけるのですか?町娘の姿で?」
ブランシュは声を落として、上級武官にだけ聞こえるように話し始める。
「奥様が甘い物を好まれるのはご存知かと思います。ですが甘い物にも流行りがありまして、そういう流行りの店の品を買うときは、奥様と仲良くされている店の体面を傷つけないように、私が町娘の格好をして買うんです」
秘密ですよ、と唇の前に指を一本立てて見せると、上級武官は少し困った顔をした。
「事情は分かりましたが、私にも役目があります。一度、奥様に声をかけさせてください」
ここで奥様に話を持っていかれると、ブランシュは外に出られなくなる。罰として地下の牢に放り込まれるかもしれない。
リュカもつれているので、厳しい対応を取られるだろう。
ここでブランシュは切り札を出した。籠を覆った布の上に見えるように置いてあった封筒を手に取る。
「奥様から急ぎだと言われております。領都に滞在中のブラウン子爵夫人への手紙です」
ブラウン子爵夫人の名前を出した途端、上級武官はハッとした顔をした。
そしてブランシュが差し出した封筒を手に取ると、宛名書きを読んでうなずいた。
「確かにブラウン子爵夫人は、現在、領都にご滞在中だと連絡を受けております」
ブラウン子爵家は伯爵家の隣に領地を持っており、伯爵とも仲が良い。盟友といってよい間柄だ。
武勇に優れ、強力な兵士団を持っていることで知られている。この緊急時に、頼りになる仲間であることは間違いない。
それに、奥様やブラウン子爵夫人の不興を買うと、上級武官といえども、頭の固い無粋な奴と言われ、出世の道が閉ざされるかもしれない。
上級武官は素早く、自分の利になるように判断した。
「事情はわかりました。現在は通用口しか開けられませんが、どうぞ、お通りください」
上級武官の声を聞いて兵士たちがサッと動き、正門の脇に設けられた小さな扉を開けてくれた。
ブランシュはしずしずと通用口をくぐる。後ろにはリュカが続く。
リュカの存在は、誰からも質問されなかった。
上級侍女が外出するとき、一人で出かけることはない。必ず、お供をつけるので不思議に思われないのだ。
一連の様子を正門の上の梁に腰掛けて、眺めていた土地神が手を叩いて大笑いしている。
「ブランシュ!お前の占いはピカイチだな!まんまと脱出しやがった!」
もちろん、その声を聞くものはブランシュ以外にいない。
ブランシュが通用口を抜けて、道を歩き出したとたん、土地神が身軽に表門の上から飛び降りてきた。
「やったな、ブランシュ。お見事だった」
「まだ終わってません。城壁を通らないと外に出られませんから!」
ブランシュは走りながらも、土地神に言い返した。
その声を、リュカは自分に向けられたものだと勘違いしたらしい。
「分かったよ、お姉ちゃん!」
意味も分からないまま、走りながら返事を返してきた。
ひとまず、三人は領主館を抜け出せた。
でも、まだ外へ出るには関門がある。街を囲む城壁の門だ。
強烈に甘い匂いも、いっそう濃くなってきた。
息を切らしながら、ブランシュはリュカの手を引いて町の中へ走った。
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