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占い師の戦い方  作者: キモウサ


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第八話:詐欺師の才能

ブランシュはリュカの手を引いたまま、領主館の中へ駆け込んだ。

廊下はざわついている。足音が重なり、誰かが呼ぶ声が飛ぶ。正面玄関のほうでは、大勢の人が集まっている気配がする。

 

「お姉ちゃん、どこ行くの」

「こっちよ。静かにね」

ブランシュは壁際の小さな扉を押し開けた。


中は洗濯室だった。石鹸の匂いが部屋中に充満している。ここは洗い場で洗濯前の衣やリネンを置いておく部屋だ

壁際に並んだ大きな籠には、洗濯前の衣が山のように積まれている。


「ちょっと待ってて」

ブランシュは握っていたリュカの手を離し、籠に入った洗濯物をかき分け始めた。

「確か、この辺りにあるはず……あ、あった!」


籠から目当てのものを見つけて、ブランシュは目の前で広げてみた。

白い襟のついた濃い緑のドレス。サイズは子ども用で小さい。

見習い侍女の制服として支給されるドレスだ。


「これなら入るかしら?」

ブランシュはリュカの体に、小さなドレスを当ててみる。

「え?え?これ、僕が着るの?」


それには答えず、ブランシュはリュカのシャツの袖を引っ張った。

「さあ、脱いで」

「ここでっ?嫌だよ、恥ずかしい……」

「なに言ってるの。いつも平気で私の前で着替えてるでしょ?ほら、急いで」


ブランシュに急かされ、リュカは顔を赤くしながら黙って従った。脱いだ服は、ブランシュが自分の布バッグに押し込んだ。

緑のドレスを頭から通し、裾を整える。リュカが痩せているので、少しブカブカだが、よく見なければ分からないだろう。


リュカが情けない声で言った。

「僕、女の子になっちゃうの」

「ならない。女の子に見せるだけ」


ブランシュは別の籠から細い布をつまみ出した。ドレスに合う濃いグリーンのリボンだ。リュカの髪は男の子にしては長い。梳く暇はない。まとめて、後ろで結ぶ。


「リボンなんか、嫌だよ」

「嫌でもつけるの」

リボンの結び目をきゅっと締めると、リュカの顔がくしゃっと悲しげになる。


「ずっと着るわけじゃないんだから、そんな顔しないの。ほら、行くよ」

ブランシュたちは洗濯室を出た。


土地神は廊下の壁に寄りかかって待っていた。涙が描かれた泣き顔の仮面が、こちらを見るが、笑っているようにしか見えない。


「変身ごっこか。面白ぇ」

「黙ってて」

「へいへい」

三人はそのまま階段へと向かった。


二階へ上がろうとすると、リュカが小声で聞いてくる。

「こんなとこ、来て大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないけど、大丈夫」


屋敷のこんな場所で、リュカをつれて歩いているが見つかれば、外に叩き出されるのは間違いない。

でも、もうこの屋敷を抜け出すと決めたのだ。後のことを考える必要がないので気楽だ。


二階の廊下に出たところで、正面から知り合いに出会ってしまった。

「――あら」

聞き覚えのある声。


白い飾り縁の紺の制服。金髪をまとめた、セレスティーヌが立っていた。さっきのことを思い出したのか、目が細くなる。


「ブランシュ。あんた、さっき嘘ついてたでしょ。奥様はお茶会の支度なんてしてなかったわよ」


ブランシュは自然な動きで、リュカを背後に隠しながら受け答えた。

「まあ、そうでしたか」

にこりと愛想よく笑う。


「私の言い方が悪かったんですね。奥様がお出かけになるお茶会ではなくて――この屋敷で開くほうのお茶会と言ったつもりでした」


セレスティーヌの眉が動く。

「屋敷で開くお茶会?なにそれ、聞いてないんだけど」


ブランシュはセレスティーヌに一歩近寄り、さも秘密の話だというように小声で話しかけた。


「セレスティーヌ様もご存知でしょう?奥様の新しい茶器セットのこと。J&D商会で買われた品です。それが昼頃に到着するって今朝、連絡が来たらしいですわ」


「J&D商会……陶器を扱う大手の商会ね」

「ええ、そこです。奥様はさっそく、その茶器セットを使うつもりなんですよ。領都に滞在中の仲良しのご婦人たちをお招きするんですって」


伯爵夫人は、茶器に目がない。高価な茶器を買っては、取り巻きの貴族夫人を招いては見せびらかすのだ。

貴族夫人のお茶会は、招待状を送ったり、色々と手続きが面倒だが、取り巻きの夫人たちに限っては、その手順を踏まずに気軽に集まっている。


「もう昼前でしょう?茶器セットも、到着するはずです。そろそろ茶器に合う食器やリネンの選定を始める頃じゃないでしょうか。奥様は、そういうのが好きですから」


ここでブランシュは、さらに声を落とした。

「気の利く侍女がそばにいれば、奥様もお喜びになりますよ。若くて可愛い侍女なら……お茶会も華やぎます。お客様の目に入るところに置きたがるかもしれませんね」


セレスティーヌの頬がわずかに赤くなる。

「……っ」

なにか言い返そうとして、言葉が詰まっている。もう一押ししてみよう。


「もちろん、先輩なら分かりますよね。奥様の近くは、早い者勝ちです」

「わ、私、用事を思い出したわ。これで失礼するわね」


セレスティーヌが一歩踏み出しかけて――そこで、視線がブランシュの背後で止まる。

「……その子、誰?」

リュカがびくりと肩を揺らす。


ブランシュはちらりとリュカの方を見てから、顔をしかめてみせた。

「もう、先輩、聞いて下さいよ!侍女長が田舎から連れてきた見習いの子らしいんですけど、屋敷の中を覚えさせろって押し付けられちゃいました。忙しいときに迷惑な話です」


「ふーん、侍女長が田舎からねぇ。あなた、名前は……」

セレスティーヌがリュカに声をかけたので、ブランシュは廊下の先へ、サッと視線を走らせ、なにかを見ているふりをした。


セレスティーヌも、つられて振り返って廊下の先を見る。

「……なに」

「いえ、今、オデット先輩の後ろ姿が見えた気がして」


セレスティーヌの眉が跳ねる。

「オデット?赤毛の?」

「ええ。あの方も可愛らしいですから。奥様に目をつけられるかもしれませんね」


セレスティーヌが舌打ちしそうな顔をして、裾を翻した。

「……私、もう行くから」

それだけ言うと、早足で廊下の先へ消えていった。


セレスティーヌの姿が完全に視界から消えるまで待ってから、ブランシュは大きく息を吐いた。

リュカも、「ふぇえ……」と妙な声を出している。

土地神はというと、背後で肩を揺らして大笑いしている。


「ぎゃははは!おもしれー!ブランシュ、やっぱお前詐欺師だわ!」

「土地神さま、笑いすぎです。リュカ、行きますよ」


洗濯室をこっそりと出たブランシュたちは、廊下を少し行った先にある侍女たちの控え室へと滑り込んだ。

かなり広い控え室には誰もおらず、静かだった。この部屋には侍女の衣装や仕事道具などが置かれている。


片隅には椅子が何脚かと低いテーブルが置かれていて、座って休憩をとることもできるようになっていて、侍女たちの憩いの場所だ。

部屋を囲うように衣装箪笥やハンガーラックが並んで置かれており、侍女服の替えや、外出用の服などが手入れをされ、きちんと掛けられている。


ほのかに香る香油の匂いが、女性が使う部屋であることを示している。

リュカが部屋を、物珍しげに見ながら言う。


「お姉ちゃん、なんで、こんなとこに来たの?」

「服を着替えるのよ」


ブランシュは迷わず、部屋で一番立派な箪笥を勢いよく開ける。侍女たちが屋敷内で着ている明るい紺色の制服よりも格の高い、ほぼ黒に近い濃紺のドレスが何着か収納されている。


これは伯爵夫人が外出する際に、同行する侍女が着用するドレスだ。

「私に合う大きさがあるかしら……これならいけそうね」


ブランシュは小さめのドレスを取り出すと、それを椅子の背に広げた。そして自分はというと、手早く着ている生成りの簡素なワンピースを脱ぎ始めた。


「ブ、ブランシュお姉ちゃん!?」

リュカが慌てて、後ろを向く。


そんなリュカのことは気にも留めず、ブランシュは素早くドレスを着込んだ。

「あー、背中のボタンが上手くはまらない……リュカ?お願い」

「え、僕?」

「他に誰がいるのよ。早く」


少ししゃがんで、リュカの手が届くようにしてやると、ぎこちない動きでボタンをはめてくれた。

「お姉ちゃん、こんなことして大丈夫なの?」

「どうせ逃げるんだから、なにしたっていいのよ」


そんな二人を見て、土地神は笑いをこらえている。

ブランシュは鏡を見て、髪を手早く整えた。それから部屋の隅の棚に並べておいてある籐製の籠から、上品な籠を選んで手にした。


それから綺麗に畳まれて置かれている縁取りのされた布も拝借して、籠の上にかけておく。

「籠なんかどうするの?」

「物を持ち運ぶのに使うのよ」


ブランシュはさらに、窓辺に置かれたライティングデスクの引き出しから、上品な封筒を出し、ペンでサラサラと宛名書きをする。

その封筒に蝋を垂らして、上から押印を押して封をした。


「あれ?お姉ちゃん、中に手紙入れてないよ?いいの?」

「いいのよ、これで」


中身のない封筒を、籠を覆った布の上に置くと土地神が、面白そうに覗き込んできた。

「ふふーん、なるほど。お前の作戦が分かってきたぞ」

「いいから黙って」


ブランシュは、片腕に籠をかけてからリュカの手を取った。

2階の廊下に人の気配はない。階段を下りて一階へ戻り、外に出ようとしたが、あるものを見てブランシュの足が止まった。


この辺りは屋敷のはずれなので、目立った装飾はされていないが、それでも領主の館だけあり、窓辺に綺麗な切り花がいけられている。

この館の庭園で庭師が栽培している花だ。


ブランシュはその花を花瓶から束ごと引き上げると、床が濡れることも気にせず、軽く一振りして水気を切り、籠にかけてあった布をとり、中にいれた。

綺麗な花の部分だけが外から見えるように配置すると、茎の部分にまた布をかける。その上に封筒を置く。


「お花を持って行くの?」

「淑女の嗜みってやつよ」


土地神がブランシュの言い草を聞いて吹き出す。

「淑女の嗜みってより、詐欺師の小道具……」


リュカが詐欺師などという言葉を覚えたらどうするんだと腹立たしく思ったブランシュだったが、そういえば土地神の声はリュカに届いていないのだと思い出し、なにも言わないことにした。


花束を調達したブランシュはいったん建物の外へと出た。やはり屋敷の内部を通ると、誰かと出会う確率が高い。

いつもブランシュが通っている花壇の脇は、ほとんど人が通らない場所なので、そこを歩いていく。


着いた先はいつもどおり、領主館の正門だった。領主館の顔ともいうべき表の大きな門だ。

正門前の広場は、たくさんの兵士たちで、ごったがえしている。留め置かれた馬たちが落ち着かず、鼻を鳴らして落ち着かない。


正門はやはりブランシュが予想したとおり、しっかりと閉ざされており、警備の兵も増えている。

きっと裏門や、業者が利用する勝手門も閉められているだろう。


リュカが不安そうな顔で、ブランシュを見上げる。

「お姉ちゃん、まさか正門から出るわけじゃないよね?無理だよ。無理!あんなにたくさんの兵士さんがいるんだよ。バレちゃうよ」


「大丈夫よ。リュカは下を向いて、私の後からついてきて」

ブランシュは、堂々と正門前まで進んだ。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。感想や星評価などをいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。

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