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占い師の戦い方  作者: キモウサ


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第五話:香辛料売りのベイツの悩み

芋売りのライザの背中を見送りながら、ブランシュは小さく呟く。

「倉庫が空く……ね」


今朝、鍛冶師のボイド親方は、頼んだ材料が届かないと言っていた。

それとなにか関係があるような気がして、ブランシュはぼんやりと考え込む。


ライザさんによると、川沿いにある船の荷を積んでおく倉庫では、最近、空いている倉庫が増えているという話だ。


ブランシュはルーンカードをまとめて、軽く切りながらぼんやり考える。

「いつもは荷が山みたいに積まれて、忙しそうにしてるのになぁ……」


この領都へは、近くのベルン川を使って船で王都から大量に物資が運ばれる。

「王都から物が届いていないってこと?」


考え込んでいるブランシュに、声をかけてくる男がいた。


「あんたが占い師かい?薬屋のジェフ爺さんに聞いてきたんだが……」


振り返ってみると、少し迷ったように立っている男がいた。

丸い腹が前に出ていて、腰の革帯がきつそうだ。指には大きな玉石が光る太い指輪がはめられ、着ている服も上等なものだ。


頭にかぶった布製の帽子は、このあたりでは商人がよくかぶっているものだ。

身なりや物腰からして、きっと彼は商人だろう。


ただ、髭は整えてあるが、布製の帽子からはみ出た髪には、派手に寝癖がついている。

身なりを構う余裕のない商人。


見ただけで問題を抱えているのが分かってしまう。ブランシュはそんな男に愛想よく微笑んだ。

「おはようございます。座って話しませんか?」


ブランシュが椅子を勧めると、男は素直に従った。

「こういうのは、初めてでね」


だいたい初めて来る客は、こういう態度をとる。

単なるお遊びだと笑っていた占いなんかに頼ることになるとは……そういう当惑と恥じらいが自然と態度に出るのだ。


男は帽子を脱いで、軽く髪をなでつけると、手の中の帽子をじっと見つめながら話し始めた。


「ベイツだ。香辛料を売ってる。香辛屋ベイツ」


男が少し間を置く。ブランシュはなにもいわず商人が話し始めるのを待った。


「胡椒にナツメグ、乾いた果実。ずっと、それで食ってきた。爺さんの代からやってるんだ」


ベイツはまた言葉を切る。手に持った帽子を揉みしだきながら、話すことを考えているようだ。


「去年までは商品が飛ぶように売れてたんだ。領主様の宴もあったし、酒場も景気がよかった……はぁ……でもな、ここひと月ほど、ぱたりと客足が止まった……」


ベイツは情けない顔で、ちらりとブランシュを見た。


「品質が悪いとは思わん。香りも味も変わらん。値も上げてない……なのに……売れんのだ」

大きなため息をつく。

「知り合いの干し肉屋や穀物問屋は景気がいいらしい。俺が相談しても、そのうちに売上も元に戻るだろう、心配しすぎだって気楽に言うんだ」


ここでベイツは顔を上げた。近くで面と向かうと、目が血走っている。きっと眠れていないのだろう。


「商品が売れんからな……店を畳むことになるかもしれんのだ。三代続いた店をワシが潰しちまうんだ……はぁ」


小さくため息をついたあと、ぼそっとベイツはいう。

「だから、あんたのところに来た」


困りきったベイツをみて、ブランシュは助けてあげたいと感じた。それに薬屋のジェフさんの紹介だ。信頼に応えたい。


「では、ご商売の悩みについて占いますね」


御新規さんなので、態度と言葉使いは丁寧に。そして占う内容の幅は広めにとっておく。


初めてのお客さんは特に色々と事情を言いたがらない。まだ苦しい胸の内を他人に晒すのにためらいがあるからだ。


なので相談されたことだけではなく、その周辺のことも占いに引っかかるように占うのだ。

いつものように気持をこめてルーンカードを切っていると、手の中で金色の光が渦を巻いた。


ベイツは真剣な顔でブランシュがカードを切るのを見つめているが、渦巻く光は見えていないので反応もしない。


扇状に机の上にカードを並べてから、ベイツに三枚を選ぶように促す。ゆっくりと時間をかけてベイツがカードを選ぶ。それをじっくりと待つ。


選び終わって、三枚並べられたカードを前に、小さく息を吐く。集中を高めるためだ。それからカードをめくる。


一枚目に出たのは《豊穣の祝福》のカードだ。


カードは上下が逆に置かれているので、絵柄の黄金の麦束も逆さまになっている。

これは本来、豊かさを示すカードだが、逆さまに置かれているので、その意味も逆になる。


確かに、こんなカードが出るようでは、商売も上手くいっていないだろう。その辺りは、正直に客に言うことにしている。


「確かに、ご商売は上手くいってないようですね」

ベイツが居心地悪そうに身動ぎする。


二枚目のカードを見てみる。《契りの石》がでた。


なにか文字が描かれた石碑が描かれているカードだ。その石碑の前で二人の男が握手をしている。ただ、二人とも後ろ手にナイフと棍棒を握っている。


《契りの石》は、契約を示すことが多い。

領都で商売している商人は、日頃は信頼と口約束で商売する。契約なんて大げさなことはしないのだ。


なので契約のカードが出たということは、契約を交わして物事を進めるような上位の存在、例えば貴族、大商人といった人たちの関与が疑われるのだ。


「ベイツさんより、もっと上で、なにかが決まっているようです」

「ワシより上?大きな商会の奴らか?」


「いえ、ベイツさんのお知り合いではなく、もっと上の人たちですね。ベイツさんは巻き込まれた……そう感じます」


「ふむ……」

ベイツは何やら考え込んでいる。


「最後のカードを見てみましょう」


三枚目は《土の使者》で、これも逆さに置かれている。

土色の衣をまとった小さな精霊が、肩に穀物袋を担ぎ、畑と街道のあいだに立っている姿が描かれている。


本来は、物や人の流れを意味するカードだが、逆さまだと、滞りや足止めを示す。


「物の流れが、止まっているみたいですよ」


ベイツが勢いよく顔を上げ、身を乗り出してきた。

「あんた、さっき言ってたよな?上のほうのやつらが決め事をしたって。そのせいで止まっていると!?」


ブランシュは、小さくうなずく。

「でも干し肉や穀物は売れていると、ベイツさんは先程おっしゃってましたよね?」

ベイツが真剣な顔でうなずく。


「確かに領主様のお屋敷では、このひと月ほど宴席がない。うちにも他の香辛屋にも注文が来ていないんだ」

「それは確かに変ですねぇ」


この地域の領主、グラスティ伯爵ほどの貴族が開く宴席であれば、必ず香辛料がたくさん使われる。貴族の嗜みみたいなものなのだから。


だから、どこにも香辛料を注文していないのはおかしいのだ。かといって、この情報はベイツの嘘や勘違いでもない。


ブランシュは朝だけ占い師をしているが、本業はグラスティ伯爵家の侍女見習いだ。だから屋敷のことはよく分かっている。


確かに、ここしばらく来客がない。宴席も夜会も開かれていないのだ。ベイツの話は嘘ではない。

香辛料は買われず、干し肉や穀物は売れている。

嗜好品は買われず、日持ちがして人間に必要なものが買われている、ということだ。


この連想は、とても嫌な感じがする。


それに、この話の流れは、今朝占ったボルド親方や、さっき占った芋売りのライザさんの話と通じるところがある気がするのは、気のせいだろうか。


どの話も、物の流れが止まったことが関係している。

鍛冶屋に届くはずの材料が届かない。遅れるという知らせもない。

川沿いの倉庫が空いている。


そして、香辛料という嗜好品は買われなくなり、干し肉や穀物などの人が生きていくのに不可欠で日持ちのするものが買われている。


ブランシュの胸が騒ぐ。なにか、重大なことが起きる、その始まりを目の当たりにしているのに、見逃しているような、もどかしい気持ち。


情報が足りない。ベイツはなにか知っているだろうか?


「ベイツさん、川沿いの倉庫で空きが出ているらしいって聞いたことあります?」

「まさか!ないない!……まあ、正直言うと、このひと月ほど商品が売れねえからな、仕入れもしてない。川沿いの倉庫も使ってないんだ」


ここでベイツさんは、川沿いの倉庫がどう使われているか、簡単に説明してくれた。

川の名前はベルン川というらしい。ベルン川は王都にも通じており、グラスティ領はベルン川を利用した船での輸送が大きな産業だという。


なのでベルン川沿いには、倉庫が立ち並び、出荷する荷や、入荷した荷が一時的に保管する場所として使われている。

なので、荷の動きは早いが、空になることなどないという。


ベイツは、倉庫が空になるなんて、ありえない話だと大げさに顔の前で手を振った。


ブランシュは軽く周囲を見回し、誰もこちらに注目していないことを確認してから、抑えた声で話した。

「ベイツさん、実は倉庫の掃除と片付けを請け負った人がいるんです」

「……嬢ちゃん、それどこで聞いた?」

ベイツの顔は真剣だ。


「私の占いのお客さんから、今朝、聞いたばかりです。その方のご家族が実際に倉庫を片付けたんです。だから信頼できる話なんですよ」

ブランシュの話を聞いて、ベイツは腕組みをして考え込んでしまった。


「嬢ちゃん、名前は?」

「私ですか?ブランシュです」


「ブランシュ、あんたが言わんとしてることはだな、かなり剣呑な話だぞ。王都からの物流は細って、この土地では特定の物資が買い集められている。そういうことだろ?」


ブランシュは、こくんとうなずく。


「あんたの占いによれば、上のほうでなにか決め事があったっていう。ワシみたいな末端の商人には、理解できないことが起きているのか?いや、ブランシュ、なにも言わんでいい。口は災いの元だ」


ベイツは胸の内ポケットから革製の財布をとりだし、小銀貨1枚を取り出して机の上にそっと置いた。


小銀貨は銅貨50枚の価値がある。占いのお代は銅貨3枚だ。ブランシュは慌てた。手元にお釣りを出せるほどの銅貨がない。


「ベイツさん、すいません。おつりの銅貨がないんです。野菜屋のマルゴさんに借りてきます」


急いで、場所を貸してくれているマルゴに釣り銭を頼もうと椅子から立ち上がったブランシュを、ベイツは押し留めた。


「いや、つりはいらんよ。あんたはそれだけの仕事をした。本当はもっと出したいんだがな。これで我慢してくれ」


ベイツは音を立てて椅子を引いて立ち上がると、ブランシュを見て、ちょっと笑った。笑顔が曇りなく、晴れ晴れとしている。


「薬屋のジェフ爺さんが、まだ若いが凄腕の占い師だと褒めていたが、本当だったな。あんたは本物だ。色々と助かった。ワシが言わんでも分かっているだろうが、身の安全を第一に考えるんだぞ。じゃあな」


そういうとベイツは足早に立ち去っていった。



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