第四話:夫の隠し事と占い
本日は1話から4話を投稿しています。この回は4話目のお話となります。ぜひ最初からお読みください。
「はぁはぁ……やっぱりちょっと遅刻しちゃった。もうゲイルのおっさんのせい!」
ブランシュは文句を言いながら、賑やかな通りを、人にぶつからないよう避けながらかなりのスピードで走っている。
今朝は副業でやっている占いの予約があるのだ。
ところが顔見知りの鍛冶師ゲイルから頼み事をされ、それを解決するのに時間がかかってしまったのだ。
そのせいで占いの客を待たせることになってしまった。だが幼い子どもたちは空腹で苦しまずに済んだ。そのことにブランシュは満足していた。
「ライザさんには、遅れたことを謝って許してもらおう」
そう気持ちを決めると心も軽くなり、走りも軽快になる。
ブランシュはまだ成人前の十五歳。小柄で華奢なので年齢よりさらに幼く見える。
走っているせいで、柔らかそうな銀色の髪――三本の三つ編みが肩のあたりでポンポンと跳ねる。
分厚い城壁で囲まれた領都グラスティの朝は、いつも通り騒がしいので、生成りの簡素なワンピースを着た少女が走っても、それほど目立たない。
王都グランパレスから馬車で三日ほどの場所にあるこの街は、このあたりでは一番大きい。
だから活気があるし、人通りも多い。
走るブランシュの鼻に、香ばしい焼き立てのパンの香りが届く。
「はあ、お腹すいた。帰りになにか買って食べよう」
石畳の広場には屋台が並び、肉の焼ける匂いや、揚げ物の油の匂いが混ざり合い、買い物客の足を止める。
店が立ち並ぶ通りには、威勢のいい呼び声、値段をまけろと食い下がる客の声、馬のいななきが響く。
広場の端、日除け布の下で野菜を並べている女商人の姿を見つけると、ブランシュは手を振りながら駆け寄った。
「マルゴさーん!おはよー!」
ブランシュの声を聞いて、野菜売りのマルゴが振り返った。
マルゴは大柄で丸い頬がツヤツヤしている。黒髪はきれいに結い上げ、化粧もきっちり決めている。
少しぽってりした体つきだが、堂々としており、肝っ玉の据わった頼れる女だ。
マルゴとは以前、占いの客として知り合った。その占いで気に入られ、それ以来、店の軒先を占いの場所として貸してもらっている。
「ブランシュ、今日は遅かったじゃないか。もう机と椅子は表に出しといたよ」
マルゴが顎先で示した先には、木製の小さな机と椅子が二脚、置かれている。
机の前に置かれた木札には、こう書かれている。
《占い 一件銅貨三枚》
「ありがとう!助かる!」
「いいってことさ。ほら、もうお客さんが来て待ってるよ」
ちょうどそのとき、一人の女が近寄ってきた。背には、芋が山盛りに入れられた大きなカゴを担いでいる。
芋売りのライザだ。
このライザが、今朝の予約を入れていた客だ。
「ライザさん!遅れてしまってごめんなさい!」
ブランシュはすぐに遅刻したことを謝った。ライザはにっこり笑って、首を横に振る。
「アタシも今、来たとこさ。気にしなくていいよ。さっそくだけど、占っておくれよ」
ライザは腕まくりをした太い腕を腰に当て、困ったように眉を下げた。
ブランシュは大慌てで椅子に座り、ライザにも椅子を勧める。
どっこいしょと掛け声をかけて、大きなカゴをおろしたライザは、椅子にどっかり座るとすぐさま話し始めた。
「うちのオスカーがさ、また腰が痛いって言い出したんだよ」
ライザの夫、オスカーは農夫だ。街から少し離れた場所にある畑で芋や野菜をつくっている。それをライザが街に売りに来ているのだ。
「畑仕事をやりすぎちゃったのかねぇ。寝てれば治るって本人は言ってるんだけどね。心配なんだよ、アタシは」
正直なところ、腰痛を占いでは治せない。ただ、医者も数が少ないし、診察代も高い。
そうなると占いで治療法を決めようとする人は多かった。
農夫が腰を痛めたら畑仕事が大変だろう。なんとか力になりたい。
ブランシュはライザの話に相槌を打ちながら、手早く布製のバッグから、少し擦り切れたカードの束を取り出した。
ブランシュが占いに使う商売道具、ルーンカードだ。
カードには一枚一枚に、色々な古風な絵柄が描かれている。裏面は花と草をモチーフにした同じデザインだ。
この国に古くから伝わるカードで、占いだけでなく、遊びや賭け事にも使われている。
カードの角が少し丸くなっているのは長く使われている証だ。ブランシュは、このカードを占いの師匠である、実の祖母から受け継いだ。
「オスカーさんの腰について占ってみるね」
カードに意識を集中し、手早くカードを切る。
カードを切り始めると、ブランシュの手の中に淡い黄金の光が渦を巻いてカードに絡み始めた。
だが、この光を普通の人は見ることができない。つまりライザの目にも入っていない。
カードと手が光るのは、ブランシュの家系に伝わる一種の能力のせいだ。
それは、世界と対話する力。
声なき者の声を聞く力。
ブランシュは占いをするときに、その力を少しだけ解放して使っている。
占いとは、この世の中と対話するようなものだからだ。
カードを切り終わると扇状に広げ、表を伏せて机の上に置く。
「この中から三枚、カードを選んでね」
ブランシュの言葉に従って、ライザはおそるおそるといった具合にカードを引いた。
ブランシュに何度も占ってもらっているライザが、今でもカードを引くときはおそるおそるなのが、ちょっと可笑しい。
少し頬を緩めながら、ブランシュはライザが選んだカードを、三枚、机の中央に並べる。それ以外のカードはまとめて端に寄せておく。
ブランシュはカードを一枚づつ裏返して絵を確認していく。
一枚目は《真実》のカードだった。
天から光の柱がまっすぐ降り、その中心に、光で顔が隠れた人物が立っている。
背後の暗雲の中には、巨大な蛇の瞳――原初の大蛇ユルドとして知られる大きな蛇の眼が、静かに開いている。
大蛇ユルドの眼は、すべてを見通すと言われていて、逃れられない真実の象徴とされる。
このカードが出たとき、意味するのはひとつ。
《隠された事実がある》
ブランシュは、軽く咳払いしながら、ライザにどう伝えようかと思案した。夫婦の間に秘密があるのはよくある話。特に悪いことだとは思えない。
オスカーは実直で真面目な男だ。隠していることも、悪事ではないのだろう。
しかし妻に夫の隠し事を伝えるのは、慎重にしないといけない。
「こほん……オスカーさんはライザさんに、言ってないことがあるみたですね」
ライザはちょっと驚いた表情をみせ、姿勢を正した。
「え?うちの人が、嘘を言っているってことかい?」
「嘘……ではないのでしょうが……」
ブランシュは曖昧に答え、二枚目のカードをめくる。
二枚目は《岩壁の試練》のカードだ。
灰色の肌をした小柄な精霊が、裸足で巨大な岩壁をよじ登っている絵が描かれている。
精霊の背中には革袋。手は土にまみれ、指先は赤く擦り切れている。
それでも精霊は、歯を食いしばって上を見ている。
このカードの意味は〈試練〉だ。重労働、忍耐、肉体的な負荷という意味もある。
ブランシュはカードを見つめた。畑仕事は肉体的な負荷といえるだろう。でも試練とは思えない。
畑仕事の疲れというより、いつも以上の肉体的な負担の気配をカードから強く感じる。
心配げなライザの視線を感じながら、ブランシュは最後の一枚をめくった。
三枚目は《水の精霊》だった。しかもカードが、上下が逆さまになっている。
カードには泉のほとりに立つ美しい水の精霊が描かれている。精霊は両手を水面に差し入れているが、その水は濁り、水面が不自然に揺れている。
このカードは本来は、癒やしの象徴で心の浄化や感情の整理を示す。
けれど上下が逆になると、感情の乱れ、意図せず勢いに流されるという意味になる。
ブランシュは三枚のルーンカードを、ライザの前に並べ直しながら考える。
カードが告げた真実はこうだ。
オスカーは真実を隠し、いつも以上に肉体的に疲れていて、 感情も乱れている。なにかのトラブルに合った可能性大だろう。
しかも、自分がトラブルを起こしたのではないようだ。勢いに流されて、トラブルに合ってしまった……そんなとこだろう。
「腰の具合が悪いのは……畑仕事のせいじゃないかもねぇ」
「そうなのかい?じゃあ腰が痛いのは、病気なのかねぇ……」
心配げなライザに、更に突っ込んだ質問をしてみる。
「オスカーさん、最近、畑仕事以外のことをしなかった?」
ライザが「え?」と顔を上げる。
「なんで知ってるんだい?確かに別の仕事をしたよ。川沿いの倉庫の片付け仕事に行ったよ。泊りがけでね」
「倉庫の片付け……」
「珍しいだろ?川沿いの倉庫は、いつも荷がぎゅうぎゅうで忙しいって聞いてたんだけどね。空いてる倉庫が増えてるって話だよ」
ライザは話ながら不思議そうに首をひねった。ブランシュはもう一度、三枚の絵柄に視線を落とす。
「……その夜のこと、オスカーさん、何か言ってた?」
ライザは腕を組み、少しだけ顔を曇らせた。
「その夜のこと……?」
「泊まりの仕事、ですよね?」
「うん、そうだよ。隣町の連中と一緒に片付けるって言ってさ。帰ってきたのは次の日の昼だったねぇ」
「腰が痛いって言い出したのは?」
ライザが、ハッとしたような顔をした。
「そういえば腰が痛いって言い出したのは、その翌日だよ」
ブランシュは《岩壁の試練》のカードを指先でなぞる。
重労働。《岩壁の試練》に土は出てこない。畑仕事を指し示していない。
「オスカーさん、倉庫で重いものを運んだのかもしれないね」
「じゃあ倉庫仕事で腰を痛めたのかい。それならそうと言えばいいのに……」
倉庫仕事で腰を痛めたのなら、オスカーは妻のライザさんにそういうはずだ。オスカーは、なにかを隠している。
泊まり仕事で、しかも知り合いと一緒にした仕事だ。夜は皆で酒を飲んでもおかしくない。
「知り合いとの仕事なら、夜は皆さんでお酒を飲まれたかもしれませんね」
ライザの眉がぴくりと動く。
「……あの人、酒は弱いくせに飲むのは好きなんだよ」
やれやれと首を横に振って、あきれたようにライザさんがいう。
「でも酒を飲んだって腰は痛めないじゃないか。やっぱり病気かね?」
ブランシュは静かに首を振って否定する。
「なにかのトラブルに巻き込まれた印象を受けます。酒の席で喧嘩が起きて、旦那さんはそれに巻き込まれて、腰を打ったか、倒れた拍子にねじったか……そんなところだと思いますね」
「なんだい、それは!あたしゃ、てっきり畑仕事のし過ぎかと思って心配してたのに!」
急に元気になり、まくし立てるライザをみて、ブランシュは役に立てたようだと嬉しくなった。
「旦那さんにしてみれば、言いづらいんですよ」
ライザは苦笑した。
「なるほどねぇ……酒を飲んだことを、あたしに怒られると思ってるんだろうさ。しかも喧嘩にまで巻き込まれてさ。あははは!」
楽しげに笑いながらライザはよっこらしょと椅子から立ち上がり、胸元から巾着袋を出した。そこから出した銅貨三枚を、机に置いた。
「帰ったら聞いてみるよ。正直に言いいなってね」
「あ、そうだ。よかったこれどうぞ」
ブランシュは布バッグから小さな紙の包みを取り出した。
「なんだい、これは」
「夜霧草を干した薬草茶よ。煎じて飲むと打ち身で痛むところが和らぐから」
ライザは包みを受け取り、目を丸くした。
「そんなものまで持ってるのかい。ちゃんとお代を払うよ。いくらだい?」
「いいのいいの。今日、遅刻して待たせちゃったし。それに私が摘んで干した自家製だから」
「じゃあ、うちの芋と交換しよう」
ライザは大きな籠から芋を両手にいっぱい取り出すと、机の上においた。
「ありがとうね、ブランシュちゃん。助かったよ」
ライザは大きく手を振りながら、広場の喧騒へと消えていった。
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