第二話:タダでは占いません!
本日は、この回を含めて、あと3話を投稿予定です。
鍛冶屋の店内は思った以上に広かった。売り物が壁一面に展示されている。
鍛冶場は、この奥にあるのだろう。細長いテーブルが片隅に置かれていて、そこで10歳くらいの少女が、小さなナイフを布で真剣に磨いている。
ゆるいウェーブのかかった髪を後ろでひとまとめにし、白いシャツに革製のエプロンをつけている。まるで小さな鍛冶職人だ。
ゲイルの薄汚れた前かけを思い出して、この少女のほうがよっぽど職人らしいと思いながら、ブランシュは少女のほうへと近寄っていった。
少女は近寄ってくるブランシュに気がつくと、にっこりと微笑んだ。
「いらっしゃいませ!なにをお探しでしょうか?」
客のあしらい方までゲイルより上だと思いながら、ブランシュは軽く会釈をした。
「親方にお会いしたいんです。予約はしてません」
「親方ですね?少々、お待ち下さい」
少女はスタスタと隣の鍛冶場の入口に向かい、「親方!お客様です!」と元気よく声をかけた。
「おう!すぐ行く」
奥から、体に響くような大声が聞こえてきた。そして出てきたのは、ブランシュが見上げるような大男だった。
歳の頃は50過ぎだろうか。白いものが、大分混じった髪を後ろで結んでいる。
いかにも鍛冶屋の親方といった太い腕が、白いシャツの上からでも分かる。革製のエプロンも少女と似たものなので、この鍛冶屋の制服なのかもしれない。
親方は店先に姿を現すと、すぐブランシュに気がついて不思議そうな顔をした。
生成りのワンピース姿のブランシュは、どう見ても鍛冶屋の客に見えない。どう話し始めようと思っていると、親方は胸の前で腕を組んで、低く笑った。
「ほう、珍しい客が来たもんだ。あんた、この先の野菜屋のマルゴの軒先で占いをやってる嬢ちゃんだろ?」
「私のこと、知ってるんですか?」
「マルゴが凄腕の占い師に、軒先を無料で貸してるって噂だ。あの締まり屋のマルゴがよ、無料で貸すとはな。驚いたぜ」
「マルゴさんには、良くしてもらってます」
ブランシュは野菜屋のマルゴのちょっとした家庭問題を、占ってあげたのだ。問題は上手く解決したらしく、その御礼といって店の軒先を無料で貸してくれている。
占い用の折りたたみ式の机と椅子まで、店内で保管してくれている。
「占い師のブランシュです。あなたが親方様?」
「おう、ボルドだ。ずいぶん堂々とした嬢ちゃんだが、何のようだ?」
「実は、ちょっとお願いしたいことがあって来ました」
お願いしたいことがあると聞いて、ボルドの笑顔は引っ込んだ。揉め事を持ってきたと思われたのかもしれない。まあ、そのとおりなのだが。
「頼み事?ウチじゃ占い用のルーンカードは作ってないぜ?」
ブランシュはボルド親方の厳つい顔を、まっすぐに見上げた。
「鍛冶師を一人、雇ってくれませんか?」
「鍛冶師だと?うちは腕のいいのしか雇わないんだ。他をあたりな」
首をかしげながら、すっぱりと断ってくるボルド親方に、ブランシュは物怖じせず頼み込む。
ここで諦めてしまえば、幼い子が飢えるのだ。簡単に引くわけには行かない。
「暫くの間でいいんです。小さい子どもが三人、食事ができるだけのお金が必要なんです。お願いします!」
店内が一瞬静まる。ナイフを磨いていた店番の少女も、ナイフを机の上に置いて、静かに話を聞いている。
ボルド親方は顎を撫でながら、しばらく思案していた。
「……とりあえず、その鍛冶師とやらに会ってみよう。来てるのか?」
「外に待たせています」
そう聞いたボルド親方は、店の出入り口まで行って、ちらっと外を見た。
ブランシュもボルド親方の背に隠れるようにして、一緒に外を見る。
「あいつか?……ゲイルじゃないか!そうか……確かにゲイルんとこには、チビが三人いるな」
どうやらボルド親方は、ゲイルのことを知っているようだった。そうであれば話が早い。
「もう鍛冶の材料を買うお金もないらしいんですよ。それで奥さんが洗濯屋に働きに出て、なんとか食べてるらしいんだけど……」
「洗濯屋ねぇ。子どもが三人もいれば、洗い物の給金だけじゃ苦しいだろうよ」
ブランシュはゲイルが賭け事に走ろうとしていることも、伝えておくことにした。依頼主の秘密を他人には漏らさないことにしているが、子どもが空腹となれば話は別だ。
だからブランシュは遠慮なくボルド親方に告げた。
「私に、稼げる賭博場を占えと言ってきたんです。このままだと、子どもたちは更に大変な目に合いますよ。占わなくったって分かります」
「嬢ちゃん、あんた、いい奴だな。気に入った!ガハハ!」
ボルド親方は、ブランシュの目を覗き込むようにして笑った。
「話は分かった。いいだろう。チビたちが腹いっぱい食えるだけの給金を払ってやろう。ゲイルなら腕は確かだからな。ちょっとバカだが」
ボルド親方が引き受けてくれると聞いて、ブランシュはすぐにゲイルを呼びに行こうとしたが、親方に止められた。
「まあ、待て。ゲイルは引き受けよう。だがな、ただでは無理だ。取引といこうじゃないか。俺のために占いをやってくれないか。それに満足したら引き受けてやる」
ボルド親方の取引内容を聞いて、思わずブランシュは目を見開いた。
ブランシュは無料では占いをしないことにしている。対価を必ずもらうのが彼女の流儀だ。そしてそれは、占いの師匠、祖母との約束でもある。
ただ、今回は無料の占いとはいえないだろう。対価として子どもたちを空腹から救える。ブランシュは小さく、うなずいた。
「いいでしょう。でも今は時間がないんです。日にちを改めて占うのじゃ駄目ですか?」
「それがな、駄目なんだ。こっちも急ぎでね」
いつもやっている占いだと、それなりに時間がかかる。でも、今は時間がない。ブランシュはどうするか少し考え、肩をすくめた。
「では、カード1枚だけで占いましょう。それでどうです?」
「1枚だと?そんなんで大丈夫か?」
「普段は3枚使いますけど、1枚でも十分占えますから」
ブランシュは、ワンピースのポケットから愛用のルーンカードの束を取り出した。
「それで、なにを占って欲しいんです?」
とたんにボルド親方の眉が、へにょりと下がる。
「……材料が来ないんだ。いつもなら遅れると業者から連絡がくるんだが、それもない。仕事が止まって、困り果ててるんだ」
「それは困りましたね」
ブランシュは親方の話を聞きながらカードを切る。それを扇のように広げて、ボルド親方の前に差し出した。
「ここから1枚、引いてください」
親方が太い指でそっとカードを1枚抜き、差し出してきた。
「頼むぜ、嬢ちゃん」
「静かに……」
ボルド親方が差し出したカードを、ブランシュは手のひらで受け取る。カードが手のひらに乗ったとたん、手とカードがぼんやりと金色の光に包まれた。
だが、この輝きはボルド親方の目には映らない。ブランシュに見えるだけだ。
親方が引いたカードは、——《風の使者》だった。
カードには、翼を持つ子ども達が空中を飛んでいる姿が描かれている。子どもたちは腕に巻物を抱えているが、中には巻物を落としそうになっている子もいて、可愛らしい。
この子たちは、風の精霊。知らせや噂、そしてひらめきを運ぶ精霊だとされている。
このカードは、親方が待ち望んでいる業者からの知らせが届くと伝えてくれている。
でも、今はまだ届いていない。どういうことだろうか?
ブランシュは思案した。
風を止めるものは、なんだろう?風は自由に動き、どこへでも吹いていく。ただ、山などは風を止める。
だがカードは知らせが届くと出ているので、風は一時的に止められているだけだろう。
「親方、業者からの知らせは、そのうちに届くはずです。ただ、どこかで止められていますね」
親方の眉が、ぴくりと動く。
「止められてる?どこで?」
風を止められるのは、山のような大きなものだ。知らせを届ける使者が、山で事故にでもあったのだろうか?
でも、このあたりに大きな山などない。とすると、実際の山ではなく、山のようなものという意味だろう。
山のように大きく、風をさえぎることができるもの……それは……。
「領主様クラスの方が、検問をしているのかもしれません。あとは事故で道が塞がってしまい通れない、そんなとこですかね」
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