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占い師の戦い方  作者: キモウサ


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第十三話:封印

リュカが一歩、前に出た。

今のリュカは、見習い侍女のドレスを着て、髪には小さなリボンまで結んでいる。

グラスティ伯爵家から逃げるとき、ブランシュが変装のために着せたものだ。


目がぱっちり大きくて色白のリュカは、ドレスを着ていると良家のお嬢様にしか見えない。

その可愛らしい背中は今、ブランシュを守るように、手を広げて立っていた。

肩は薄く、腕だって細い。まだ子どものものだ。それでも、その姿勢には、はっきりと闘志が燃えていた。


「お姉ちゃんは、僕が守るから」

リュカは振り返らないまま、そう言い切った。


すぐそこには奇声をあげる執事ヴェルナーがいるのだ。 怖くないはずがない。

それでもブランシュの前に立って、自分を守るといってくれるリュカに、ブランシュは言葉を失った。


その様子を横で見ていた土地神が、感心したように言う。

「へぇ……やるじゃねえか、ちっこいの」

腕を組み、仮面の奥からリュカを眺める。


「レディを守る小さな騎士か。立派なもんだ」

しかし、そこは土地神だ。すぐに、いつもの余計な軽口が続く。

「見た目がちょっと騎士らしくないのが難点だが、戦闘用ドレスか……いいんじゃないか?」


バシッ。

乾いた音がして、土地神の頭が横に揺れた。

土地神は一瞬ぽかんとしたあと、ブランシュに頭を叩かれたことに気がついた。


「なんだよ、いてぇな!、ていうか、お前、俺の姿が見えるだけじゃなくて、叩けんのかよ!」

そんな土地神に向かって、ブランシュは口の動きだけで、言葉を伝える。


『だまれ、どうけし』

「ひでぇ!そういうこと言うか?」


土地神が抗議の声を上げたが、ブランシュは相手にしないで、リュカの体をゆっくりと回転させ、自分のほうへと向かせた。

そして目の高さを合わせるようにしゃがみこんで、リュカに話しかける。


「リュカ、ねえ、聞いて」

少年の肩がぴくりと動く。

「どうもありがとう」


ブランシュは柔らかく微笑んだ。

「守ろうとしてくれて……すごく嬉しい」

その声には、本物の感謝の気持ちが込められていた。それにブランシュは驚いてもいた。子どもだと思っていたのに、いつの間にこんなにしっかりしたんだろう。


「でもね、大丈夫よ。私がなんとかするから」

リュカの目をまっすぐ見つめ、真剣な表情で大丈夫だと伝えたが、リュカは首を横に振った。

「ううん。お姉ちゃんには、させられないよ」

リュカの顔には、少し困ったような表情が浮かんでいる。


「だってさ、お姉ちゃん、さっき話してるとき……すごく苦しそうだったもん」

ブランシュはリュカの言葉にハッとした。彼が話を聞いていたのは知っていた。でも、ここまで自分の胸の内を理解しようとしてくれているとは思ってなかったのだ。


「お姉ちゃん、きっと強いんだよね。でも――」

リュカはブランシュの視線を避けるように、少しうつむいた。

「強い力を、使いたくないって思ってるんだ」


リュカはブランシュの手をとった。それから後ろを振り返って奇声をあげるヴェルナーを見る。

「僕も怖いよ。でも僕がやらないと駄目なんだ」

リュカの小さな手が、ぎゅっとブランシュの手を握る。


「僕ね。お姉ちゃんには、すごく感謝してるんだ」

ブランシュは黙って聞いている。

「お姉ちゃんが来る前はさ、あんな立派なお屋敷に住んでるのに、食べるものにも困る毎日だった」


リュカに初めて会ったときの事を思い出して、ブランシュの胸が痛む。ガリガリに痩せて、汚れていたリュカ。

「でも、お姉ちゃんが来てから、全部変わった」


リュカは片手だけ、ブランシュの手から離し、その手の指を折りながら数える。

「毎日、おいしいご飯がお腹いっぱい食べられるでしょ、れに、お風呂にも入れるし、綺麗なお洋服も着られる」

少し誇らしそうに言うリュカが可愛い。


土地神が小さく鼻を鳴らしたが、泣いているのだろうか。それとも大人たちへの抗議だろうか。


「それに、勉強も教えてもらってる。字もいっぱい覚えたし、計算もできるようになった」

リュカは続ける。

「将来ちゃんと生きていけるようにって、ブランシュお姉ちゃんは色んなこと教えてくれたよね」


そして、少し照れくさそうに笑いながら、ブランシュの肩にかけられた布バッグを軽く叩く。

「パンだって焼けるようになったんだよ。今は、バッグの中でつぶれちゃってるけど」

リュカがつぶれたパンのことを話したので、ブランシュは思わず笑ってしまった。


それからリュカは、真剣な顔でブランシュをまっすぐに見た。

「僕を助けるために、お姉ちゃんがつらい思いするなんて嫌だ!」


リュカの目は真っ赤だった。涙がにじんできているのに、必死にこらえようとしている。


ブランシュはその顔を見て、言葉を失った。胸の奥が、強く締めつけられる。たまらなくなってリュカを抱きしめようと、繋いだ手を引き寄せようとした。


その瞬間――

リュカは屈み込んでいたブランシュの頬に軽くキスをした。


「えっ……リュカ?」

「僕がヴェルナーを引きつけるから、お姉ちゃんは逃げて!」


そう言うとリュカは、ヴェルナーの方へ向き直り「うおおおーっ!」と叫びながら駆け出した。


「リュカ!待って!」

「うおおおおおおおお!」


ブランシュが止めるのも聞かず、リュカは小さな体で一直線にヴェルナーへと向かっていく。

「リュカー!」

ブランシュの声は、リュカには届かない。



ちょうど頭を掻きむしっていたヴェルナーは、リュカの叫び声で正気に戻ったように見えた。

ゆっくりと頭から手を下ろし、走ってくる少年を見つめている。


「……おや?」

にたり、と口元が意地悪く歪む。


「これはこれは、リュカリオンお坊ちゃまじゃありませんか。ずいぶんと可愛らしい格好をしておいでで」


リュカはその言葉に答えず、そのまま突っ込んでいく。ヴェルナーは肩をすくめ、小馬鹿にするように笑った。


「ですが、どんなに可愛い姿をしていても、あなたが伯爵家のいらない子であることに変わりはありませんよ!」


そう言うと、ヴェルナーはムチを振り上げた。


「この無能め!無能め!無能め!」


ビュッ!

鋭い音と共に、ムチが振り下ろされた。


しかしリュカは、ムチの間合いに入る直前で、ぴたりと足を止めた。

ムチは空を切り、リュカの体からわずかに外れた地面を打つ。


リュカは顔を上げ、ヴェルナーを真っ直ぐに睨みつけた。

「ヴェルナー!無能はお前だろ!」

格下だと思っていた幼いリュカから、思いもよらない罵りを受けて、ヴェルナーの表情が固まる。


「優秀なのはヴァレリー男爵だ。お前は何をやっても、あの人には勝てなかった!」

ヴェルナーは息を荒らげ、首をぶんぶんと振る。

「違う!違う!違うッ!」


リュカは止まらない。

「違わない!僕は聞いたんだ!伯爵が言っていたのを、この耳で聞いた!」

「なにぃ……?」


リュカははっきりと言った。

「エドモン・グラスティ伯が言っていたんだ。うちの執事がヴァレリー男爵の小指ほども優秀なら、どれほど助かることかってな!」


ヴェルナーの顔色が一瞬で変わる。

だがリュカはさらに続けた。


「それだけじゃないぞ!伯爵はこうも言ってた」

リュカは飛びきりの笑顔で、明るく言い放った。

「あれは執事じゃない。うちで飼っている犬の方がまだましだってな!」


リュカが言い終わった、その瞬間――ヴェルナーの表情が、一瞬だけ消えた。

「ぎゃあぁぁぁ!このクソガキがぁ!」

ヴェルナーが怒声を響かせた。いつも青白い顔が、今は真っ赤になっている。


「リュカ!もうやめて!戻って!」

ブランシュがたまらず叫ぶと、リュカはちらりと振り返る。

そして、にこっと笑って小さく手を振る。

それはまるで、リュカからの別れの挨拶のように見え、ブランシュの胸を締め付ける。


「さあ来いよ、無能な執事さん。ヴァレリー男爵がいかに優秀か、聞かせてくれよ!」

「待てぇ!このクソガキがぁ!」

リュカはブランシュがいる場所とは反対側へ走り出す。


ヴェルナーも怒りに顔を歪め、リュカを追って走り出す。追いながら、何度もムチを振るう。

リュカの背中が遠のいていくのを見て、ブランシュも駆け出そうとした。

「リュカ!」

そのブランシュの前に、土地神が立ち塞がった。


「待てよ。追いかけるな」

「どいて!リュカを助けないと!」

「お前が行って何になる?」

今まで聞いたことのない、土地神の低い声だった。


「何ですって?」

「今のお前に、なにができるんだ?追いかけても、二人ともやられるだけだぞ」

反論できず、ブランシュの視線が彷徨う。


「じゃあ……リュカを見殺しにしろって言うの?」

土地神は静かに首を振った。

「お前には、まだやれることがあるだろう?」

ブランシュの動きが止まる。


「うまくいくかどうかは分からん。だが、お前は力を持っているはずだ。強い力を。強いんだろ?」

土地神の視線が、まっすぐブランシュを見据える。

「その力を封印から解き放つ。その努力くらいしてみてもいいんじゃないのか?」


そして、遠くを走っている小さな姿を顎で示した。

「それだけの価値があることを、あの小さい騎士はやろうとしているんだ」


ブランシュは目を閉じた。怖い。またあの時の悪夢が再現するかと思うと、怖くてたまらない。

でも、今やらなければ、リュカは……。


「――やってみる」

「そうこなくっちゃな!もしお前の力が暴走したら、領都の外にデカい穴でも掘ってくれよ。川から水を引いて、池にすりゃあ、釣りもできて俺の暇つぶしになる」


土地神のふざけた言い草には答えず、ブランシュはゆっくりと両手を胸の前で組んだ。まるで神に祈るように。

そして深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。


これまで彼女は、いつも世界へ向けて語りかけていた。

だが今回は違う。あの時のように、自分の力が暴走してしまったときと同じように、ブランシュは自分の内側へと語りかけた。


(どうしてもリュカを助けたい)

(私はどうすればいいの?)

(お願い……私を助けて。私に応えて!)


その瞬間、ブランシュの胸の奥が淡く光り始め、光が、玉のように丸くまとまった。

くるん、と光の玉が回る。

もう一度。くるん。


光の玉は徐々に大きくなり、ブランシュの体から外へと飛び出しそうになる。

だが同時に、光の玉の周りに別のものが現れた。

赤く輝く鎖。そう見えるなにかが、光の玉をとりまいている。


「なんだこりゃ?鎖か?」

土地神が興味深そうに見つめる中、赤く光る鎖のようなものが広がっていき、ブランシュの周りを、ゆっくり円を描くように回転し始めた。


光の玉は、なんとかブランシュの体の外へ出ようとしているようだが、鎖のせいで外に出られないようだ。

顔を近づけて鎖を観察していた土地神が呟いた。

「……そうか。これが、お前のばあさんが施した封印ってやつか」


ブランシュは光の玉に自由を与えようと、必死に力を注ぎ込む。だが、なんの反応もない。

彼女はさらに強く自分の内側へ問いかけた。


(どうすればいいの?)

(どうすれば、この封印を……)


そのとき、土地神から驚きの声が上がった。

「おやぁ?これは……古代文字じゃねえか?懐かしいねぇ」

「古代文字?」


ブランシュも自分の周りを回っている赤い鎖をよく見てみる。だがブランシュには鎖にしか見えない。

「何て書いてあるか読んで!早く!」

「ちょっと待ってな。俺も久しぶりで目にしたからな……」


腰をかがめて鎖のように見える古代文字をじっくり見ていた土地神は、ゆっくりと読み上げていった。

「んーと……汝の力を……内にとどめよ」

さらに続く文字を追う。

「弱き者は……立ち去れ?んー、まあ、そんな意味だな」


古代文字の意味を聞いたとたん、失意のあまり、ガックリとしてブランシュの体から力が抜け落ちた。

「弱き者は立ち去れ……。やっぱり私には無理なんだ」


ブランシュが欲しかったのは、封印を解く方法だ。それなのに弱き者は立ち去れと言われてしまった。

思わず弱音が漏れる。

「弱き者って、きっと私のことだと思う。弱い私なんかじゃ、この封印は解けそうもない……」


肩を落とすブランシュを見て、土地神が呆れたように声を上げた。

「おいおい、ちゃんと読めよ」

「え?」

「確かに弱き者は立ち去れって書いてある。だがな、裏を返せばどういう意味になる?」


意味が分からなくて、きょとんとするブランシュに、土地神はやれやれとばかりに、芝居がかった動きで首を振ってみせた。

「占い師は頭が固いな。強き者は立ち去らなくていいってことだろ?」

ブランシュが目を見開く。そんなことは考えたこともなかった。


「つまりだ。強けりゃ、この封印を解けるってことだ」

土地神は、ゆっくり回転している赤い古代文字を指差した。

「これはお前のばあちゃんが書いたんだろ?だったら、孫娘への伝言だろうよ。いつまで弱き者でいるんだって」


ブランシュは戸惑いながらも、小さくうなずいた。

「……たしかに、そういう受け取り方もできるかもしれない」

だが、すぐに首を振る。

「でも、やっぱり私、強くなんかないから。訓練もしてないし……」


その言葉を土地神は鼻で笑って、その上、おかしな踊りまでしてみせた。

「何言ってんだ。お前、この土地に来てから毎日のように占いしてただろ」

ブランシュは顔を上げる。確かに毎朝、占い師として日銭を稼いでいた。でもそれは、リュカと自分が生活していくためにお金を稼いでいただけだ。


「そのとき、お前はその力ってやつを使ってたんじゃないのか?」

そう言われると、ブランシュも言葉に詰まる。確かに占うたびに《世界と対話する力》を使っていた。


「それってつまり、毎日訓練してたってことだろーよ。分かる?頭の固い占い師さんよぉ」

土地神は腕を組んで、ウンウンとうなずく。

「お前は知らず知らずのうちに努力してたんだよ」


そして少し強い口調になる。

「いつまで過去の自分に縛られてるつもりなんだ?ここで力を出さなきゃ、一体いつ出すんだよって、ばあちゃんが言ってるぞ」


そのとき、遠くから悲鳴が聞こえた。

「うわあっ!」

リュカの声だ。

続いて、空気を裂く鋭い音が響く。

ビュッ!

ムチの音だった。


ブランシュの体がびくりと震える。

土地神はリュカがいるほうに目を向けながら、ブランシュに言う。

「聞いただろ?リュカの悲鳴を。まだちっこいガキだぞ?まあ、お前もまだガキだけどよ」


ブランシュは唇を噛む。それを見て、土地神は大きくため息をついた。

「だから言ってるだろ?お前は毎日、街の人間を占ってた。悩みを聞いて、カードをめくって、道を示してたんだろ?」

土地神はブランシュの顔の前で、両手を大きく打ち鳴らした。


「だったら、その占いを積み重ねてきた時間を信じろよ」

「占いを積み重ねてきた時間……」


その言葉に、なにかが引っかかった。

そう、占いだ。

街の人たちの顔が思い浮かぶ。悩みを抱えてやってきた人。不安そうにカードを見つめていた人。

そして、帰るときに少しだけ軽くなった、みんなの表情。


(もしかして、私の強さって占いの力……かも?)

毎日のようにカードを使って占ってきた。それは、消しようもない現実だ。


ブランシュは、胸の前で組んでいた両手の指をほどき、おそるおそる片手をポケットに入れた。

そして、自分の内側に向かって語りかける。


(私は強くなりたい)

(どうすれば強くなれる?)

(もう私は逃げない!だからお願い!)


そして、ポケットから手を引き抜いた。その手には、一枚のカードが握られていた。

ブランシュの手とカードは、いつものように金色に淡く輝いているが、違うところもあった。指先に、確かな感触があったのだ。


「これよ……!」

それは、夜空のように深い藍色のカードだった。中央には銀色に輝く満月と、長い髪の女神が描かれている。

「《月の女神》。私はこのカードでリュカを救ってみせる!」


書き溜めたところまで公開したので、次の投稿まで少しお時間をいただきます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。感想や星評価などをいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。


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