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占い師の戦い方  作者: キモウサ


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第十一話:執事ヴェルナー

しばらく進むと、道の先に円形広場が見えてきた。

この円形広場は他の広場よりも広く作られており、屋台や出店が並ぶ賑やかな場所で、領都の観光名所のひとつなのだ。


ブランシュは息を切らしながらも、ほっとしたように顔を上げた。だが、次の瞬間、その表情はすぐに曇った。

「お店が……なくなってる」


朝はあんなに賑やかだった広場が、今は広々として見える。

普段なら、屋台や露店が所狭しと並んでいるはずだ。串焼屋の煙が上がり、果物屋が声を張り上げ、客たちが足を止めて品定めをする。


それなのに今はまるで違う世界が広がっていた。

屋台はもうほとんど残っていない。商人たちは品物を抱え、荷車を引き、店ごと撤収している最中だった。


置き去りにされた木箱や、ひっくり返った籠だけが、ついさっきまでそこが市場だったことを示している。


人もほとんどいない。撤収作業をしている商人がちらほらいるだけだ。皆、もう城門前の広場まで行ってしまったのだろう。


「少しだけ、進みやすくなったね」

ブランシュはそう言って、励ますようにリュカに微笑みかけ、手を引いたまま広場へと足を踏み入れた。


土地神も、その少し後ろをぶらぶらとついてきていたが、広場に入る一歩手前で足を止めた。


「俺はなんだか嫌な予感しかしねえけどな。甘い匂いがまとわりついてきて、反吐が出る」

「今はそういうこと言わないで」

ブランシュはリュカに聞こえないように小声で土地神をなだめて、円形広場に入った。


人が減ったおかげで歩きやすい。広場の中程まで来たとき、ブランシュたちが来た道とは反対側から、馬のいななきが響いてくる。

円形広場にいた人々が音の方へと視線をやる。広場に入ってきたのは、馬一頭に引かれた小さな馬車だった。


数人乗りの馬車だろう。小さいが、作りは豪華だ。装飾がいたるところにされていて、一目で普通の馬車ではないことが分かる。

ゆっくりと進む馬車を、街の人たちはさっと左右に割れて馬車を通す。そして、小さい声で周囲に注意を促している。


「あれは……伯爵家の馬車だ」

「関わるなよ、お貴族様に酷い目に合わされるからな」

「念の為、違う道から行こう」

道を歩いていた人たちや、屋台を片付けていた商人たちが、ぞくぞくと広場から消えていく。


あの伯爵家の馬車には、ブランシュの顔を知っている人物が乗っている可能性が高い。御者ならいいが、もっと地位の高い人物だったらまずい。


ブランシュは封鎖された領主館を勝手に抜け出て、しかも、領主の養子であるリュカを連れているのだ。

見つかったら、捕まえられて地下牢行きになるだろう。


「リュカ、顔を下に向けておいてね」

「うん、分かってるよ」


広場から消えようとする人々の後に続こうとしたブランシュだったが、後ろから押されて踏み出した先は、運悪く、黒塗りの馬車の前だった。


馬車の側面には、船と風がモチーフのグラスティ伯爵家の紋章がついている。

御者台には男が一人。馬も一頭だけだが立派な体つきをしている。いかにも伯爵家の馬車という威圧感がある。


「……まずい」

ブランシュの口から、思わず言葉が漏れた。

馬車から、こちらの姿が丸見えになってしまったのだ。


リュカの頭に手を置いて、なるだけ低く下げさせ、自分も顔をうつむかせて人混みに紛れようと先を急ぐ。

馬車側の自分の肩に布バッグをかけかえて、なるだけ伯爵家の侍女の外出着だとバレないように気を使う。


そんなブランシュに向かって、土地神が嫌なことを言ってくる。

「あちゃー、やっぱイヤな予感って当たるんだよなぁ」


土地神の声は、普通の人には聞こえないと知ってはいるものの、彼の呑気そうな声にイラッとした。

なので、馬車がそのままブランシュの脇を通り過ぎたときは、心底安心した。


そんなブランシュの耳元で、イライラの元がのんびり喋る。

「まだだ、安心するのは早いぞ。気ぃ抜くな」


土地神が言うとおり、馬車はぴたりと止まった。御者が手綱を引いたのだ。

そして、馬車の扉が内側から開いた。

御者を待たずに、自ら馬車から降りてきたのは、黒ずくめの、背の高い痩せた男だった。


髪はきっちり撫でつけられ、服には皺ひとつない。年齢は四十をいくつか越えているだろうか。顔立ちは整っているのに、血の気がなく、妙に冷たい印象を受ける。


ブランシュはその男を知っていた。

伯爵家に仕える執事ヴェルナーだ。


館の中でも、使用人たちを取り仕切る立場にいる。滅多に表へ出てくる男ではない。

その男が目を細めて、こちらをじっと見ている。


「おい待て、そこの女……なぜ、お前がここにいる」

怒りを含んだ低い声だった。


それだけで、広場の空気がぴんと張る。先ほどまでブランシュの周りを歩いていた人たちは、皆、急いで逃げてしまった。

気がつけば、周囲に誰もいない。ここにいるのはブランシュたちと執事のヴェルナーだけになっていた。


馬車は少し離れたところへ移動して、御者がこちらを見ている。

ブランシュはヴェルナーの視線からリュカを隠すように背中へとかばった。


執事はゆっくり、一歩、また一歩と近づいてくる。

「領主館は封鎖されたはずだが?」

その声には、怒りと苛立ちがにじんでいた。

「なのに、なぜここにいる?」


ブランシュはなにも答えなかった。答えられるわけがない。

領主の養子を連れて、黙って領主館を抜け出してきた、などと言えるはずがない。


執事の視線が、ブランシュの背後を探る。

ちょうどブランシュの体の脇から、ひょっこりと顔を出したリュカとヴェルナーの目が合った。

慌ててリュカが小さく身をすくめる。


執事の眉が、ぴくりと動いた。

「……その子は?」


ブランシュの心臓が、どくんどくんと体の中で暴れている。

執事はじっとリュカを見つめ、なにかに気がつき、すぐに表情を変えた。

「リュカリオン様?」


名を呼ばれて、リュカの体がブルブル震えだしたのが、繋いでいる手を通してブランシュに伝わってくる。


「やはりそうか……」

執事の目が、さらに険しくなる。


「見習い侍女風情が、伯爵家の子息を連れ出したというのか。誘拐か?金目当てか?しかもリュカリオン様に女の姿までさせるとは……」


ブランシュは唇をきゅっと結んだ。金目当てなんかじゃないと言いたいが、なにも言えない。

言っても逆効果だろう。なおさらヴェルナーは激昂しそうだ。


執事はブランシュを鼻で笑った。

「愚かな真似をしたもんだ。お前も父親に似たのだな」

「私の父のことを……ご存知なのですか?」


特に知りたくもなかったが、時間稼ぎに問いかけてみる。

ブランシュの問いには答えず、彼は執事服の胸元へと手を入れ、一本の短い棒のようなものを取り出した。


ヴェルナーが棒のどこかを押すと、カチリと音がして、黒い革のムチがするりと棒から伸びた。

ヴェルナーが軽く腕を振ると、ムチが石畳を激しく叩く。


ブランシュは思わずリュカの手を強く握って、庇いながら後ろへと下がった。

「お、お姉ちゃん……」

そんな二人を見て、ヴェルナーは妙なことに少し微笑んだ。


「言うことが聞けない使用人には、ムチをくれてやらんとな」

ビシッ!

石畳をムチが打つ音が響く。


「ああ、そうそう。お前の父親とは王立学院で同期だったのだ。ひどく頭のいい男でな、男爵風情が目障りだった。ムカついたよ」


土地神が、ブランシュの横に来てぼそりと言う。

「あの執事、甘い匂いでおかしくなってるからな。気をつけろよ」

確かに、いつものヴェルナーらしくない。


ヴェルナーは仕事に厳しく、使用人に罰を与えることもあった。だが、急にムチをふりまわし、暴力に走るような人物ではなかった。

土地神が言うように、この甘ったるい匂いに頭がやられてしまったのだろう。


「学生時代の憂さを今、晴らさせてもらおうか。お前の父親のせいで、私の優秀さが目立たなかったんだ!どうしてくれよう!」


ヴェルナーが激しくムチを振り下ろした。

「危ない!」

「お姉ちゃん!」


ピシッと乾いたムチの音が、石畳の上に響く。

ブランシュが素早くリュカを抱えて避けた。そうでなければ、リュカの体にムチが炸裂していただろう。


「リュカリオン様、実はね、あなたはグラスティ伯爵家に必要ない子なんですよ。分かってるでしょう?その侍女と一緒に、ここで消えてください」


リュカは冷遇されてるとはいえ、グラスティ伯爵家に養子にはいった身だ。まさか執事がムチを振るってくるとは思わなかった。


ブランシュはリュカをかばうように一歩前へ出る。

ともて怖い。

足が震えてまっすぐに立っていられない。


ヴェルナーとブランシュは、円形広場の真ん中で、完全に向かい合う形になった。


どうしたらいいのだろう?ブランシュの視線は、逃げ場を求めて広場を彷徨う。

その隙を見逃さず、ヴェルナーが一歩踏み込む。


「グラスティ伯爵家に逆らった罰、いえ、無能に生まれついた罰だ。償えッ!」

言葉を言い終わるより早く、ムチが振り下ろされる。


ブランシュはとっさに体をひねり、肩にかけていた布バッグを盾代わりに前へと突き出した。

バスッ。

ムチに当たると、バッグから軽い音がした。何かが衝撃を柔らかく吸収してくれたのだ。


「あっ、お姉ちゃん、パンが……」

今朝、リュカが焼いてくれたパンが布バッグの中で盾の役目を果たしてくれたに違いない。

「パンだと?パンを盾代わりにしたのか?ハハハッ、貧乏人め!」


またヴェルナーのムチがうなる。

「っ……!」

リュカを庇ったブランシュの右腕にムチが当たった。ひどい痛みが走り、腕が焼けているように感じる。


だが、まだ動ける。

「リュカ、下がって!」

背後でリュカが慌てて下がる。


執事は表情を変えず、淡々と近づいてくる。

「ふふふ、そんな布切れで防げるものか!」

「くっ……!」


ブランシュはなんとかリュカを守りながら、ムチを避け、少しずつ後ろへと下がっていった。

一歩。また一歩。


そして――コツンと音がした。

靴のかかとに固いものが当たった。


建物の壁だ。ブランシュは円形広場の縁、建物の壁まで追い詰められた。

もう後ろへは下がれない。

絶体絶命だ……。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。感想や星評価などをいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。

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