第一話:遅刻しそうな占い師
短編で発表した「占い師の戦い方―タダでは占いません!」の長編版です。本日は短編の部分に加え、新しいストーリーを1話、合計4話、発表する予定です。占い師が戦うとしたら、どんな戦いになるのだろう?という思いつきから生まれた作品です。感想などをいただけると嬉しいです。
「どーしよ!――約束の時間に間に合わないんだけど!」
ここはルーデンティア王国にあるグラスティ伯爵領の領都グラスティ。
その中の、とある街路。このあたりでも一番の繁華通りだ。
早朝から買い物客でごったがえすその道を、一人の少女が小走りに歩いている。
少女の名はブランシュ。まだ十五歳の成人前の少女だ。体つきは小柄で華奢だ。
生成り色の飾り気のないワンピースを着ているが、裾が足首にまとわりついて走りにくそうにしている。
後ろでひとつにまとめた銀色の髪は、3本の三つ編みにしてあって、走るのに合わせて肩でポンポンと跳ねている。
この3本の三つ編みは、ブランシュが密かに尊敬している人物の真似だ。
髪型を真似ることで、自分のその人と同じように勇敢に振る舞えるような気がしている。
「走ればなんとか約束に間に合う!いや、間に合わせる!」
肩にかけていた布バッグを、たすきがけにかえて、ブランシュは本格的に走り出した。
「すみませーん!通ります!」
焼き立てのパンの匂いのするパン屋の前を走り抜け、串焼きの屋台に群がる客たちの間を縫うように通り抜ける。
「ブランシュちゃーん!これ飲んでいきな!」
お茶売りのおばちゃんが、湯気のたつ木でできたコップを掲げている。
「ごめん!またあとで!」
おばちゃんに笑顔で手を振って走り過ぎると、今度は串焼き屋から声をかけられる。
「おい、ブランシュ!焼き串持って行きな!」
「帰りに寄る!」
街路の商人たちから、次々と声をかけられ、ブランシュはそれに手を振って応えていく。
いつもならありがたく、お茶も焼串もいただくのだけれど、今日はそういうわけにはいかない。
ブランシュの客が待っているのだ。
何の客か。
占いだ。
ブランシュは祖母から習った占いを、この街で朝だけの副業としている。
彼女はこう見えて実は男爵家の令嬢だ。
ルーデンティア王国の南の端っこにある父親のヴァレリー男爵の領地から、遠く離れた王都にも近いこの領都グラスティの領主、グラスティ伯爵家に、行儀見習いという名目で働きにきている。
見習い侍女として働いているので、本来ならお金は必要ないはずなのだが、いろいろと事情があってお金が必要なのだ。
それで自分にできることとして、占い家業を始めた。お客さんがつくか心配だったが、ブランシュの占いはかなり好評で、今では定期的に通ってくれる常連さんもいる。
その常連さんからの、予約が朝から入っているのだ。
いつもは予約なんてしない人なのに、深刻な顔で明日の朝イチで占いを頼みたいとわざわざ前日に頼みに来るなんて、よっぽど悩んでいることがあるのだろう。
だから、遅刻できないのに、そういう日に限って、いろいろとあって出るのが遅くなってしまった。
「遅刻できない日に限って遅刻するはめになるなんてね!」
ぼやきながらも、露店や屋台が立ち並ぶ、人通りの多い道を走り抜ける。田舎育ちのせいか、少し走ったくらいでは息もそれほど上がらない。
少し人混みが落ち着いたあたりで、軽く息を整えてから、ブランシュはまたスピードを上げた。
そんなブランシュに、後ろから声をかけてくる人物がいた。
「おーい、ブランシュ!待ってくれよ!」
後ろから男のダミ声が飛んできた。
「あー、無理!今、急いでるの!」
振り向きもしないで返す。
「ちょっとでいいんだよ、ちょっとで……はあはあ」
後ろから男の苦しげな息遣いを聞いて、仕方なくブランシュは速度を落とした。振り返って見れば、よく見知った男だった。
煤だらけの小汚い前掛けをつけた、三十過ぎの鍛冶師ゲイルだった。ブランシュの占いの客のひとりだ。
ゲイルは息を切らしながら追いついてきた。仕方なくブランシュはゲイルと並んで早足で歩き始める。
「で、何?今度は何やらかしたの?」
「はあはあ……やらかしてねえよ」
「顔がやらかしてる」
「うるせえ!ごほごほっ」
この街の鍛冶師の中でも、ゲイルは腕は確かだと評判だ。王都の名高い鍛冶師の元で修行してきたのがゲイルの誇りなのだが、そのせいか作る物と客を選ぶという悪い癖がある。
だから、いつも金に困っている。
それなのに、ブランシュに頼む占いといえば、もっと鍛冶師の腕を上げるには、どうしたらよいかなのだ。
妻とまだ幼い子供が三人もいるのに、鍛冶師の腕を磨いている場合じゃないだろうと、ブランシュはいつも言ってやっている。占うまでもない。
ゲイルは剣や槍を作りたがるし、いい品をつくるらしいが、もっと買い手の多い包丁や鍋を作って売ればいいだけの話なのだ。でも聞く耳をもたない。
「この間、占ってあげたばかりよね?近所の食堂を回って、包丁を研ぐ仕事をとるって話はどうなったのよ?」
並んで歩きながら、ブランシュは肩で息をするゲイルを横目でじろりと見る。
「はあはあ、まだ……行ってねえ」
「はい、さよなら!」
ブランシュはゲイルを置いて、さらに早く歩き始めた。
「待ってくれ!他のことを……占って欲しいんだ」
「包丁研ぎの注文がとれてから来なさいよ」
小走りでなんとか追いすがるゲイルは、声をひそめた。
「どこの賭場が当たるか、占ってくれ」
ブランシュはそう聞いて、思わず顔をしかめた。
「は?私、賭場の胴元じゃないのよ?」
「分かってるよ!でもよ、どうしても金が必要なんだ!」
ゲイルが拳を握りしめて力説する。
「鉄も銅も、なぜか値段が爆上がりしてるんだよ!だから、このごろは材料も満足に買えねぇ!客は文句ばっかりだし、ガキ三人は腹減らして泣くし、女房は洗濯屋で手ェ荒らして、疲れ切っててよぉ……」
ゲイルの稼ぎが悪いので、奥さんが洗濯屋で洗い物の仕事を始めたんだろう。
「だからって賭け事に逃げるの?」
「逃げてねえ!取り返すんだ!」
「取り返す前に、すっからかんになるのがオチでしょ」
そっけない返事に、ゲイルは黙り込む。
それを見て、ブランシュは小さくため息をついた。
「前も言ったわよね、ゲイルさん。あなた、腕はいいの。占いにもそうでてる。ほんとよ?でも作るものと客を選び過ぎなのよ。王都で修行したっていう誇りが、商売の邪魔をしてる」
「包丁や鍋なんて作りたくねえんだ。もっと俺の腕に見合ったもんを作りたいだけだ」
「包丁のなにが駄目なのよ。芋や菜っ葉がシャキッと切れて、奥さんを泣かせる誰かさんより、よっぽど世の中のためになってるわよ」
「お前なあ!言っていいことと悪いことがあるって……」
ゲイルの話を聞き流しながら、ブランシュはどうしたものかと考えていた。
ゲイルはどうなってもいい。問題は幼い子どもたちだ。食べるものにも困っているのであれば、放っておけない。
ブランシュは食べ物に困ったことは一度もない。それは父親であるヴァレリー男爵の領地経営の手腕のおかげだ。領民も食べるものに困らず生活できている。
ただ、他の貴族家の領地から、食べるものに困ってヴァレリー領に夜逃げ同然で逃げてくる人が後を絶たない。
そういう人たちを近くで見る機会のあるブランシュは、食べるものがない苦しさを、よく知っているつもりだ。
なんとかならないだろうか……そう考えていたブランシュの視線は、とある店で止まった。
同時に、足も止まる。
ブランシュの視線の先。そこには、領都で一番と言われる大店の鍛冶屋があった。
屋根に立つ煙突から、まっすぐ立ち上る煙。
綺麗に掃除され、清潔感のある店構え。
開け放たれた戸口からは、威勢のいい鍛冶師たちの声が響いている。
急に立ち止まったブランシュを、ゲイルが訝しんだ。
「どうした?」
視線を大店の鍛冶屋に向けたまま、ブランシュはにやりと笑う。
「……お前さ、まだ小娘のくせに時折、悪い顔するよなあ」
「うるさい男は出世しないって婆ちゃんが言ってたわよ。ちょっとここで待ってて」
「は?」
「寄る所があるから」
そうゲイルに言い残すと、ブランシュはずかずかと見知らぬ大店の鍛冶屋へと入っていった。
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