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灰の中から王は生まれる〜しかし王冠は、何人かの血で染まっている〜  作者: 水縒あわし
第1部

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33/35

【第33話】



 凍てつくような冬の夜気の中、東の空の輪郭がわずかに白らみ始めていた。



 すべてが重く沈むような、灰色の夜明け。


グレイヴァル奪還の火蓋が切られる刻である。



 ズゥン、という鈍い爆発音が、グレイヴァル城の北側から響き渡った。


老工兵ハインツが旧水門跡の腐った石組みに仕掛けた、少量の火薬の音だ。


城を警護していた兵たちの意識と視線が、一斉に北の崩落へと向く。



 その決定的な隙を突き、城の反対側——東の裏門で、鈍く重い金属音が鳴った。


内応者である農夫のコル老人が、震える手を血に滲ませながら、ただ一人で分厚い鉄のかんぬきを外し、門を内側から開け放ったのだ。



「行けッ!」



 クロードの低く太い号令と共に、闇に潜んでいた二十名の傭兵たちが、雪を蹴立てて城内へと雪崩なだれれ込んだ。


彼らはダスクマーレの泥濘とアイゼンブルクの裏街で生き抜いてきた、本物の獣たちだ。


温かい寝床から叩き起こされ、慌てて武器を手にしたバルトの正規兵たちに、彼らの暴力の奔流を止めることなどできるはずもなかった。



 剣戟けんげきと怒声が響く。


だが、戦闘はひどく一方的で、そして短かった。


バルトの兵たちは恐怖政治に縛られていただけで、死を賭して戦うほどの忠誠心を持ち合わせていない。


傭兵たちはクロードの厳命により、武装を捨てて降伏する者には一切刃を向けず、圧倒的な圧力で城内を制圧していく。



 一方、城から離れた国境の関所。



 半鐘のけたたましい音が風に乗って届く中、マルク将校の率いる部隊は、雪深い峠道で完全に沈黙を守っていた。



「隊長! 城で暴動の兆しが! すぐに救援に向かわねば……!」



 焦燥に駆られる部下に対し、マルクは馬の背から微動だにせず、冷たく言い放った。



「猛吹雪で視界が利かない。この暗闇で下手に動けば、部隊が二次被害に遭う。夜明けまで、本隊はここに待機とする」



 天候は荒れてなどいない。


だが、隊長の絶対的な命令に逆らえる兵は一人もいなかった。


それは、誇り高き軍人が主君に背く代わりに選んだ、誓約通りの『不作為』という名の重い沈黙だった。



 城内の阿鼻叫喚あびきょうかんの中、実務を取り仕切っていたバルトは、己の破滅を悟り、少数の護衛と共に主塔キープの最上階へと逃げ込んでいた。



 分厚いオーク材の扉に重い鍵を下ろし、荒い息を吐く。


しかし次の瞬間、その堅牢な扉は、クロードの振るう規格外の大剣のフルスイングによって、金属の蝶番ちょうつがいごと呆気なく吹き飛ばされた。



 木っ端微塵に砕け散る扉。


護衛の兵たちはその圧倒的な暴力の前に戦意を喪失し、剣を捨てて床に這いつくばる。



 土煙と冷気が渦巻く中、静かな足音が石の床を叩いた。



 灰黒色の外套がいとうを翻し、ヴェイン=グレイハルトが主塔の部屋に足を踏み入れる。


右の手には、かつてこの城の地下で奪い取った抜身の軍用短剣が、鈍い銀色の光を放っていた。



 バルトは壁際まで後ずさり、血走った目で目の前の青年を睨みつけた。


あの雪の夜、無力なまま城を追われ、死んだはずの正統な王位継承者。



「……お前は、謀叛人むほんにんだ!」



 バルトが、恐怖と混乱で震える声で叫んだ。



「正統な領主たるガレン様に弓を引くなど、決して許されることではない!」


「あなたが最初にそれをした」



 ヴェインの平坦で冷え切った声が、バルトの絶叫を容赦なく叩き斬った。



 そこに怒りの熱はない。


ただ、氷の底を滑るような冷徹な事実の提示だけがあった。



「私は……っ、私はただ、ガレン様の命令に従っただけだ! 補佐役として、領主の命令に逆らうことなどできなかった!」



 保身のための哀れな弁明。


バルトはただの精巧な道具だ。


所有者の命令を完璧に執行するだけの、感情を持たない刃。


ヴェインはその構造をとうの昔に理解している。



 ヴェインは一歩、バルトへと距離を詰めた。


薄灰色の瞳が、極寒の刃となって男の魂の底を射抜く。



「父を殺した命令も?」



 ピタリと。



 主塔の空気が、完全に凍りついた。



 クロードでさえも息を呑む。


ヴェインが初めて、己の口から直接、父ヴァルターの暗殺について言及した瞬間だった。



 バルトの喉が引きつり、口が半開きになる。否定の言葉を探すように硝子玉ガラスだまのような眼球が激しく泳ぐが、その口からは、ヒューという掠れた呼吸の音しか漏れ出ない。



 否定しない。


いや、否定できないのだ。


その重すぎる沈黙こそが、何よりも雄弁な『肯定』の証だった。



 ヴェインは無言のまま、短剣を握る右手の傷跡に、じわりと力を込めた。



 胸の奥底——外套の最も深い内ポケットで、エラから託された息吹束いぶきたばが、微かな温もりを放っているのを確かな重みとして感じながら。



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