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2/4

(2/4)雪の中での取材

意外な事に家の中は綺麗で快適だった。

不安に包まれながら扉を叩くと中森トオル本人が出てきて招き入れてくれた。確かに大枠は古い家だが、かなり手を加えているようで中はちょっとしたオフィスの様になっていた。


「結構、中は綺麗でしょう」と中森トオルが笑いながらコーヒーを出してくれる。

「はい、正直に言うとかなり驚いています」

中森トオルは穏やかに笑っている。

部屋中央のテーブルに中森トオルと向かい合って座った有明貴理子はレコーダーを出してインタビューを始める。


「この度、我が社のインタビューに応じて頂き本当にありがとうございます。注目すべき若手技術者の方々に、これまでどうやって学んできたか、そしてこれからどう進んで行きたいかを、お聞きし纏めています」

「対象の読者はどのあたりですか?」

「これから仕事について考えていくであろう、高校生大学生を想定しています。ただ、年配の方々も若手技術者の考え方や生き方は知りたいはずです」


中森トオルはコーヒーカップをテーブルに置くと、天井を見ながら、頭に手をやった。

「私の話はあまり参考にならないかもしれませんね。あまり目標もプランもなく、その時その時で一番楽しい事を好きにやって来ただけですから」

「でも、通信分野ではトップレベルの技術者と伺っています」

「それは周りが勝手に言っているだけで、私はただのプログラマーです。強いて言えば、いろいろ運が良かったんでしょうね」


中森トオルは苦笑するので貴理子は少し困った。余りにも熱量がなく、淡々と語る内容は高校生大学生の心に響かないのではないか。記事として成立するのだろうか。貴理子自身が体育会系なので、どちらかと言うと人の心を揺さぶるような熱い話が好きだった。そう、3年前のオリンピックのような。


貴理子は中森トオルの穏やかさがふと気になった。まだ31歳のはずだ。それでいて天才技術者と言われ世界的にも注目されているらしい。さぞやエネルギッシュな人物だろうと想像していたが、ギャップに戸惑っている。不思議なほど覇気が感じられず大丈夫かとさえ思ってしまう。

少し切り込んで聞いていいだろうか。


「あまりインタビューは受けない方との噂があったのですが、どうして今回引き受けてくださったのですか?」

「古い友人からの頼みだったんです」


あ、もしかしたら友人の頼みで引き受けたものの、乗り気がしないインタビューで受け答えが淡々としているんだろうか。それだと困ったな。

と貴理子は考えたがすぐにその考えを否定した。この中森トオル氏はそのような不誠実な人間には見えない。元気がないとしたら別の要因か。


「インタビュアーという職業は面白いですか?」と逆に中森トオルから聞かれて少し戸惑った。

「いろいろな方のお話を聞けるのは刺激になっていいです。でも私はそれを記事にして、たくさんの方にお伝えする、そちらの方がやりがいを感じます」

「それは?」

「私の記事で多くの人に感動を伝えられたらいいな、と思います」


中森トオルは少し悲しそうな表情をした。

「私なんかの話では感動させる事はできませんね。すみません」


貴理子は少し感情が乱れてきた。この人はなぜこうもネガティブなのか。この分野ではトップのはずなのに、なぜ生き生きとしていないのか。

「私は本当はサッカー選手になりたかったんです」つい、貴理子は自分の事を言ってしまった。その時、中森トオルの表情が微妙に変化したのに貴理子は気付いていなかった。


「でも、私はサッカーではそれほどの選手にはなれませんでした。それでスポーツジャーナリストになってスポーツの感動を多くの人伝える仕事をしたかったのです。しかし、それもできていません」

中森トオルは静かに聞いている。


「そんな私から見ると中森さんは好きな分野で好きにやってトップにいる、本当に羨ましい生き方です。なのに、なぜ、そんなに元気がないのですか」

あ、言い過ぎだ。これではインタビュアー失格だ。

そう思ったが、止まらない。いいや、行けるとこまで行け。貴理子は続けた。

「トップならもっと周りに夢や感動を与えて下さい」


「あなたが一番感動した事は何でしょう?」と中森トオルは静かに尋ねた。


そう言う質問を受けたた時の貴理子の答は決まっている。貴理子は立ち上がり部屋の壁にある大型テレビを見て、尋ねた。

「このテレビは動画配信のMyTubeは入りますか?」


中森トオルはTVをつけ動画配信モードにすると、リモコンを貴理子に渡した。貴理子は何回も観てすっかり記憶しているチャンネルのコードを入れる。


「私が一番感動したのは3年前のブリスベン オリンピック 女子サッカー決勝です。FWの小塩由香選手が2対0の劣勢から3得点し逆転で金メダルを取ったときです」と小塩由香選手が3点目のゴールを決めている動画を画面に流す。


何度見てもこの場面は感動する。そう考えていた貴理子がふと振り返ると中森トオルが涙を流していた。それも無表情のまま静かに泣いている。


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