第六幕
【物語】シャーロキアンのホームズⅤ(6) 〜小さな依頼人と子犬の物語〜
【第六幕】
やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
第五幕では、僕の天才的な機転のおかげで、大した出費もなく犬を手に入れた。
ポケットにあった金は全てなくなった。ただで手に入れたら、英国紳士としての恥になるからね。
ホームズとしてもーーさ。
老人の名はディンと言った。君が知りたそうにしていたから、ね。
北欧の神話に関係してるようだけど、
僕には興味はない。
さてーーもちろんだけど、この新しく手に入れた犬をロキと名付けた。
僕らは犬と勝利を胸に、虚実荘へと戻っていった。
あの恥知らずの女たちは、僕たちのソファに座ってぺちゃくちゃと、おしゃべりをしている所だった。
「聞いてください、お嬢さま。
あの二人はずっとお酒飲んで、だらだ部屋の中で過ごすんですよ。
ホームズならヴァイオリンを弾くでしょう? でもあいつら、持ってないんですよ。まあ、持ってても、下手の横好き、聞くに耐えない下手くその響き。
ええ、そうに違いません!
うちの旦那がいたら、お嬢さま!
ええ、旦那がいたら、あんな男はぶん殴ってますわ!」とハウスメイド。
「まあ!アダムズ夫人の旦那は、そんなに気が短いの?」とクララ嬢。
「ーー誰だって、あんな奴のヴァイオリンを聴いたら、気も短くなるでしょうよ。ヴァイオリンがなくて良かったわ。」と太ったハウスメイド。
「じゃあ、彼がロキを連れてきたら、ヴァイオリンを贈るわ。」とクララ嬢が僕をジッと見ていた。
「ーーほほほ! それは、良いーーお考えですねーー」とソレは黙った。
彼女はゆっくりと立ち上がって、
僕らに軽く会釈をすると、そのまま階下へと降りた。
「ロキーー見つけてくれたんだ。」とクララ嬢は、駆け寄ってきた。
それから僕から犬をもぎとって、ぬいぐるみのように、犬を抱きしめた。
犬はギャっと悲鳴をあげたが、おかまいなしだ。
「ロキだわ!星柄もあるわ!」と彼女は抱きしめていた。
「ほんとの名探偵だわ!ありがとう!」
ここで彼女の強気な仮面がとれ、無邪気な笑顔を見た瞬間、僕のセリフは変わってしまった。
「次は、手放さないように気をつけてね。お嬢さんーー」と。
この笑顔を凍らせるのは、ホームズにはできない。
ふと、ワトソンと目があった。
彼はとてもうれしそうに僕を見てた。
「アナタもね!大事なものは、のがさないでね!トビー兄さんにも、アタシ、話しておくわ!」
再び彼女は犬を抱きしめた。
ギャァと犬が叫んだ。
「もう少し、そのーー大事にしたまえ。赤ちゃんを扱うようにーー」と言っておいた。
クララ嬢と哀れな犬が去った後の事だ。二人で向かいあってソファに腰かけた。
僕らは黙ったまま一本の酒瓶の酒を、分けながら飲んだ。酒瓶の中の酒が半分に減った時、僕は口を開いた。
「ーーその、君はーー僕を、甘い男と思ったかい?
あんなに、自慢げに言ったのにーー」
ワトソンは、新しい酒瓶を自分のソファに引き寄せて抱きしめていた。
「その方が君らしいよ。
ーー正直、ほっとした。
子供の弱みを握るやつ、キライだ。」
「ーー覚えておくよ。」
「うん。覚えててくれ。ボクらは英国紳士なんだ。光の人だ。どんなに暗い時代でも、ボクらは輝きたい。
ーーボク、書くぜ。君の話を。本物のワトソンみたいには上手く書けない。
コナン・ドイルみたいには書けない。
でも、ボクらが生きてたって、
生きてたってーー読む人が思えるような作品、書くよ。君のために。
ボクの魂のためにさーー」
ワトソンは、そういうと飲みかけの酒瓶を自分の手元に引き寄せていった。
「ーー残りは、ボクのものでいい?
通訳ってさ、喉が渇くんだよ。」
ワトソンは、そう言うと酒瓶を完全に自分のものにした。
「やれやれ。僕らは無一文なんだ。
大切に飲みたまえ。」と言って、ソファに横たわった。
結果は良かったと思った時、扉が勢いよく開かれた。
そこにいたのは、トビー・グレグソン警部補だ。彼は、汗だくで顔を真っ青にし、ネクタイを曲げ、靴には泥をつけながら、今にも心臓が破裂しそうな勢いで、分厚い革表紙のファイルを胸に抱いていた。
「スコットランドヤードにレストレードがいた!
ーーアイツは制服巡査だった!」
(こうして、第六幕は興奮する警部補によって幕を閉じる。)




