第五幕
【物語】シャーロキアンのホームズⅤ(5) 〜小さな依頼人と子犬の物語〜
【第五幕】
やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
第四幕では、クララ嬢が老人から犬を盗んだことが分かった。
老人はオーストリア=ハンガリー帝国からやってきた移民の一人で、この国の言語が話せなかった。ワトソンは、どうやら過去に、その国に住んでいたらしい。
「前に住んでた時にさ。ボクのーーかつての仕事は言葉が通じないじゃ、済まされなかったからーー」と彼は意味ありげに微笑んだ。
「で、どうしようか。彼から譲ってもらう?ボクら金なんてーーほとんど持ち合わせちゃいないよ。」
「グレグソン警部補は、最近仕事で忙しいからね。まあ、僕のおかげでもあるーー」
そうーートビー・グレグソン警部補は、現場で頼られるようになった。
僕の知性が、彼を優秀に見せたんだ。
そのせいで、彼とはなかなか会えずーー彼に金を借りる機会が減った。
そして、調査に必要なはした金は一気になくなる。ーー辛いことさ。
でも、グレグソン警部補への助言は、成果にはならない。彼も恩として感じていない。もっと難事件を解決しなきゃ、警部なんて夢だろうね。
「なんとかならないかーー」と僕はワトソンに聞いた。
「この老人は、お金ではイヤだって。
彼、ロキを神さまの遣いと思っている。普通の人は神さまの遣いを売らないよ。」
「僕は売るぜ。生活には変えられない。」
「この老人は君じゃない。
でもーー犬を売るために、使ってはいたよ。白いビーグルは目立つからね。
オックスフォード・ストリートで、あの老人は、子犬たちを売ろうとしたんだ。ーー無許可でね。」
「そりゃあーー」と僕は聞きながら後ろ髪をかいた。
「子犬たちは警官に没収されるね。」
「そうだ。そして、警官に通報したのが、彼女だ。クララ嬢だよ。」
「とことん、クソガキだな......」
僕は肩をすくめた。老人を殴りつけて、犬を取り上げるホームズなんていない。僕らは降りるしかないゲームに乗ったバカなギャンブラーだ。
犬を連れてこなくても、
犬を連れてきてもホームズではない。
なら、どうするか。
「おい、じーさん。他の犬なら売っていいんだな?」とワトソンに通訳させた。
「アンタは、この犬を手放したくない。それは、生活があまり貧してないからだ。なんとか持ち直そうとしてる。だから、こんなホームレスになっても、神の遣いがほしい。ーー他の犬を持っている。それも、ビーグル犬だ。そう、たぶん、染める予定の子犬たちだ。白い犬は売れるとアンタは知ったからーー」
ワトソンは苦笑を浮かべると、彼に僕の言葉を伝えた。
老人は、みるみる顔を青くした。
「ボクらを悪魔の遣いかと聞いてきたよ。一応、違うと言ったけど、彼、信じられないみたい。」とワトソン。
「ーーこの公園で、放し飼いをさせているな。その犬たちを白く染めて売るつもりだ。大したジジイだよ。
子犬を自分のところに戻るように仕込んだな」
「おい、子犬がそんな事できるのかい?」
「栄養失調の犬たちだ。そこまで、子犬じゃないかもしれないぜ。」
「つまり? この老人は詐欺を企んでたの?」
「ーーそうだよ。そして、僕らは彼から一匹もらう。警察に通報しないかわりにね。」
僕は笑いを抑えきれなかった。
きっと、このじーさんは僕を悪魔だと確信しただろうね。
「そして彼女にも、僕は言う。
『この犬は、君の罪の象徴でもある』ってさ。彼女、泣くかもしれないぜ。
僕に弱みを握られたと思ってさ。」
「子ども相手にーー英国紳士じゃないよ。それに彼女はバカじゃない。
犬の毛を染めても、すぐに元に戻る。」
「彼女は、その白い子犬を本物と思う。思いたいんだ。」と僕は言った。
「子どもだからこそ、白い犬をもっともかけがえのないものと思ったからね。
大人なら詐欺の可能性を考えた。
白い犬に、そんな価値を見出さないからね。
ーーだけど、彼女はどんなに賢く装っても、子どもなんだ。
大人の思考とは違う。
彼女は、白い犬を本物と思う。
毛が生え変わろうとーー」と僕は話すのをやめた。
ワトソンは静かに僕を見つめていた。
そして僕らはーーこの素晴らしいアイディアを実行した。
(こうして、第五幕は悪魔の計画により幕を閉じる。)




