5 追加講習(実戦)
王都を出発した私は、公爵様に貰った馬車で街道を走っていた。馬を操る席、御者台に座る私の隣にはなぜかオリヴィア先生が座っている。私は横目でちらりとその顔を見た。
「どうして先生と一緒に旅をしているんですか……」
「だから説明したでしょう。実のところ、あなたはまだ未完成なので追加の講習を実施すると」
そう、そんな理由で私はまだこの鬼教官から逃れられずにいる。ようやく解放されて一人の自由な旅を満喫できると思ったのに……。
ため息をつく私にオリヴィア先生は眼鏡の奥から呆れたような眼差しを送ってくる。
「そもそもレイシア様、お一人で旅なんてできるのですか?」
「う……、やろうと思えばできますよ、たぶん」
「あなたが前に暮らしていた世界と違って、この世界の旅には様々な知識や技術が要求されるのです。なのに、あなたはこれまでひたすら魔力を錬った経験しかないでしょう」
「先生がひたすら魔力を錬らせていたんじゃないですか、私を人間兵器にするために」
オリヴィア先生は空を眺めながらしばし停止。数秒後、こちらに眩しいほどの笑顔を向けてきた。
「そのおかげで、安全に旅ができるようになったのですから、感謝してください。ほら、喋ってばかりいないで私の馬の扱いをしっかりと見て覚えてください。馬車も操れないのによく旅に出るとか言えましたね」
先生が言った通り、現在馬車の手綱を握っているのは彼女だった。
この馬車は通常より大きいだけに二頭の馬が引っ張っている。私が手綱を握っても、馬達は全く動かなかったんだよね。……確かに、私一人じゃ旅立つことすらできなかった。
馬車旅の合間、私達は他愛ない雑談も交わした。
「ところでレイシア様、あんなに簡単に婚約してしまってよかったのですか?」
「え、別に婚約くらいなら大したことないですよね? エドワード様は良識のあるホワイトな方ですし」
「確かに、エドワード様は国民思いの良い国王になられるでしょう。ですがあの方、恋愛に関しては結構腹黒いところもあると思いますよ」
そんなことありませんって、先生の考えすぎじゃないですか。
「そもそも恋愛で腹黒いってどういうことです?」
「例えば、意中の相手のプロフィールに『現在婚約中』と記載させることで、相手に常に自分のことを意識させるとか」
「……え。た、確かに旅の間中、ずっと意識してしまうかも……」
「恋愛はあちらが遥かに上ですよ。レイシア様、この旅で頑張って恋愛経験値も稼がないと」
……それ、魔獣を倒すより難しいのでは?
この後も様々な雑談をして、それから言いつけられた通り先生の操縦を見学。すると、馬車は急に針路を変えて街道を外れた。
「あれ、先生、どこに向かうんですか?」
「レイシア様はまだ未完成だと言ったでしょうが。実戦をこなしてもらいたいので、今から魔獣を探しにいきます。恋愛経験値を稼ぐより簡単なのでしょう?」
なぜ私の心の声を……。そして、いきなり魔獣と戦わせるとか、やっぱりこの人は鬼教官だ……。
当然ながら私は乗り気になれるはずもなく、御者台の端で静かにしているとオリヴィア先生が「あなたもしっかり魔力感知を使って捜索してください」と。
何でも魔力を外側に広げることでレーダーのように他の魔力を見つけることができるらしい。それ以外にも魔力には色々な活用法があり、例えば目や耳に集中させることで視力や聴力を上げたりも可能なんだとか。
なるほど、ひたすら錬っているだけだった私は本当にまだまだ未完成なようだ。
ここはきちんと先生の言うことを聞いておこう。と魔力を周囲に巡らせて程なく、私のレーダーに異質な存在が引っかかる。
何あれ、あの怪物が魔獣なの……? なんか恐竜みたいだし、かなり大きいんだけど……。
……感知しなかったことにしよう。あんな危険そうなのはスルーだ。
御者台の端で沈黙を続ける私を、オリヴィア先生がじっと見つめてくる。
「魔獣、発見しましたよね? スルーは許しませんよ」
くっ、この人、本当にどうして手に取るように私の心が読めるんだろう。
私の意思に反して馬車は魔獣に向かって草原を走った。
やがてこんもりした小さな森の前に到着。すぐに中から体長五メートルほどの竜が後脚の二足歩行で姿を現す。鋭い牙に爪、前世世界の肉食恐竜によく似ていた。
獰猛な怪物を見た馬達が途端に怯えはじめる。ここで、オリヴィア先生がスッと手を差し出すと、馬達は落ち着きを取り戻した。
「今の、何ですか?」
「動物であっても少ないですが魔力を有しています。私の魔力を触れさせて、あなた達は私達が必ず守るので安心してください、という意思を送りこんだのですよ。魔力には思考や感情が投影されていて、扱いに慣れてくれば他者のそれを読み取ったり自分から込めたりできますから」
わあ、じゃあ魔力を利用すれば動物ともお話するように意思を通わせられるってことじゃない。……じゃなくて。
「それで今まで私の思っていることが手に取るように読めていたんですね!」
「あ……。ばれては仕方ありません。とにかく、レイシア様の出番ですよ。あの魔獣を倒してください」
オリヴィア先生は急かして私を御者台から押し出す。それから、思い出したように注意事項を付け足した。
「その魔獣は魔竜種のギルゴノスといいます。サイズも相まってなかなか強い個体ですが、あなたならそうですね……、本気状態の八分の一くらいの魔力を纏えば大丈夫でしょう」
「……そんなに少なくて本当に大丈夫ですか? 死んだりしません?」
オリヴィア先生は手をひらひら振りながら、「あっちはあなたに傷一つ負わせることはできませんよ」と気楽な感じで返してきたので、私の不安は一段と大きくなった。
前世では恐竜映画でしか見たことのない怪物、怖くて仕方ないけど、やるしかない。さもないと、先生は帰ってくれない。
覚悟を決めた私は魔力で体を覆ってそろりそろりとギルゴノスに近付いていく。
これに対して魔竜は初速から全力で突進を開始。
焦って足が竦む私に、オリヴィア先生は御者台から助言を送ってくる。
「魔力をしっかり活用すれば身体能力が上がります。その程度は簡単に避けられますよ。はい、走って!」
いやいや! 私、今までそういう魔力を活用する訓練はやったことないんですけど! ぶっつけ本番でやれってちょっと無茶では!
とりあえず突っこんでくる魔竜から逃れようと地面を強く蹴った。
次の瞬間、想像以上の急加速。あまりの速さにバランスを崩した私はベタンと大地に倒れこんだ。
先生がため息まじりに首を振る。
「やはりぶっつけ本番では無茶でしたか……」
ですよね!
魔力を纏っていたおかげで幸いにも転倒によるダメージがなかった私は即座に起き上がった。しかし、そこに上から黒い影がかぶさってくる。
視線を持ち上げるとギルゴノスが大口を開けて今まさに私にかぶりつこうと。綺麗に並ぶ鋭い牙の数々がとてもよく見えた。
いや――――っ! 頭から齧られるっ!
恐竜映画でこういう死に方する人、見たことある!(女性キャラじゃあまりいないけど!)
最近沖縄にできた某テーマパークでも、恐竜に食べられる役はたぶん男性キャストのみですよね。
明日は先生とキャンプをします(レイシアが生きていれば)。