表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

2 奇跡の治癒魔法


 空腹に負けた私は割り切ることにした。決断した直後、杖をついた上等そうな服を着たおじいさんが私の前で足を止める。彼はごそごそと懐を探りはじめた。

 やった、どうやらお金を入れてくれるつもりみたい。それにしてもこのおじいさん、ずいぶんと腰が辛そうだな。お礼の代わりに治癒魔法かけてあげてもいいだろうか。私の魔力なんて大したことないから、効果があるか分からないけど。


 オリヴィア先生が言うには、私は聖女としてまだまだらしい。五年間休みなく魔力を鍛え続けているのにどういうことかと思うけど、先生が言うからそうなんだろう。ただ、私は彼女から魔法はおろか人前で魔力を引き出すのも禁止されていた。こんな時だし、少し魔法を使うくらい別にいいよね。

 そんな私が習得している魔法は、光属性の下位治癒魔法〈ヒール〉と、その広範囲発展形〈ヒールワイド〉の二つだけだ。


 魔力が弱く、魔法もたった二つしか使えない半人前の聖女でも、お年寄りの腰の痛みを和らげるくらいはできるんじゃないかな。

 ではいざ、〈ヒール〉!


 私が魔法を発動すると淡い光が周囲を覆った。

 眩い輝きが収束した直後、途端におじいさんはシャキッと腰を伸ばす。不思議そうに自分の体を見た後に、視線を私に向けてきた。


「こ、これはいったい……?」

「腰の痛み、和らぎましたか?」

「う、うむ、腰の痛みは完全になくなった……。それどころか全身がとても軽い、まるで数十年若返ったようなのじゃ」


 なんと全身が。じゃあ私の魔法もそこまで弱いわけじゃないんだろうか。聖女としてはまだまだでも、一般の魔法使いと比べたらそこそこだったり?


 おじいさんはまじまじと私の顔を見つめてきていた。


「これはお嬢さんの力によるものなのか?」

「はい、そこそこの腕前ですが〈ヒール〉が使えるんです」

「今のはただの〈ヒール〉なのか! しかもそこそこじゃと! ……うーむ、わしは若かりし頃、商人として各地を回って様々な実力者をこの目で見てきた。お嬢さんはそこそこどころではないと思うがのう、わしの筋金入りの腰痛を完治させるほどじゃし……」


 え、私はそこそこでもないの? だったら、どれくらいの実力なんだろう。

 考えている間におじいさんは、「ともかくお礼をしなきゃなるまいて」と財布を取り出していた。中から引っ張り出した札束をザスッと空き缶に刺しこむ。


「いえいえ! いただきすぎです!」

「今の治療の対価としては安すぎるくらいじゃぞ。それより、お嬢さんほどの使い手がなぜそんなボロ服姿のみすぼらしい格好で物乞いをしておるのか、よければ事情を聞かせてもらえんかの?」


 と尋ねられたので、ずっと修練漬けで幽閉状態だった家からふざけた義姉の計略で追放されてしまったことを話した。


「ふむ、お嬢さんはもしや……。……それで、あなたはこれからどうしたいのですかな?」


 あれ、急に敬語になった?

 まあいいか。だけど、考えたこともなかったな、これからどうしたいかなんて。……とりあえず、今までと同じ暮らしがこの先も続くのは嫌だな。私はもっと色んなものを見てみたい。


「……よく分かりませんが、この世界の色々な場所に行ってみたいです」

「なるほど……。では後ほどもう一度お目にかかりましょう。この辺りで少し待っていてくだされ、その金で何かお好きな物でも召し上がりながら。よろしいですね、待っていてくだされよ、レイシア様」


 おじいさんはそう言うと颯爽と歩いていく。彼を待っていた様子の若い男性が驚きの声を上げた。


「旦那様! 腰はどうなさったのですか!」

「完治したっぽいのじゃ」

「これまでどれほどのヒーラーでも無理だった筋金入りの腰痛が! いったい何があったのです!」

「いいから急いで屋敷に戻るぞ。ほれ、急げ」

「何だか若返ってませんか!」


 あのおじいさん、上等な服を着ているし、やっぱりそれなりの身分の人だったんだ。

 待っていてって……、ん、今、私の名前を呼ばなかった? 気のせいか。

 とりあえず貰ったお金でチキンサンドでも買おうかな。これ、いったい何百個買えるんだろう。


 私は札束の入った空き缶を持ってチキンサンドを販売している露店へ。

 店の前に立つと一層美味しそうな香りが食欲を刺激する。


「すみません、お一つください」


 すると、私の姿を見た店主のおじさんは目を潤ませる。


「お代は結構だ、今とびきりうまいのを作ってやる」


 どうやら空き缶を手にしたボロ服姿の少女は中年男性の涙腺を刺激してしまったようだ。

 ……先に服を買うべきだった。お金ならあるんです、と札束を見せるのも逆に申し訳ない気がするし……。

 ご好意に甘えるべきか頭を悩ませていたその時、店主のおじさんが足を引きずっているのが見えた。


「もしかして足がお悪いのですか? 私にお任せください、〈ヒール〉が使えるのでお代に治療して差しあげます」

「いや、この足は……」

「ご遠慮なさらず。いざ、〈ヒール〉!」


 眩い光が露店を包んだ直後、ゴトリと音がして何かが私の所に転がってきた。


 ひ、足がっ! 私、治療するはずが足をもいで……、いや、待った、これは義足だ。

 視線を上げるとおじさんは体を小刻みに震えさせている。


「し、信じられん……。足が、失った左足が、生えてきた……」

「おじさん、左足がなかったんですか?」

「あ、ああ、五年前の戦争でな……。それで騎士を引退してこの店を始めたんだ」


 今から五年前、王国に襲来した魔獣の大軍との間で大きな戦争があった。城の中も大変な騒ぎだったので私もよく覚えている。本当に激しい戦争だったらしく、このおじさんのように体の一部を失った人も大勢いたみたいだ。


 ……だけど、どうして私の〈ヒール〉で足が生えたんだろう。

 肉体の欠損を復元するのは上位の治癒魔法でないと無理なはず。下位魔法の〈ヒール〉には到底不可能なんだけど。


 店主のおじさんはまだ体を震えさせていた。


「あんたの、いえ、あなた様の力はいったい……?」

「……私が知りたいです」


 たとえ筋金入りでも腰痛の治療ならともかく、体の一部が生えるなんて絶対にありえない。これは検証してみる必要がある。


 きょろきょろと周囲を見回した私は、程なく片腕を失くしている通行人を発見。やはり戦争の影響か、割と早く見つけることができた。彼に向けて手を伸ばす。


「すみません、突然失礼します。害のあるものではありませんので。〈ヒール〉」


 男性が光に包まれると、彼の失っていた右腕が綺麗に再生していた。

 やっぱり生えた! 私の〈ヒール〉は何かおかしい!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ