1 物乞いをするホームレス聖女
私がこの王国に転生して十五年が経った。
前世にて地球の日本という国で女子高生をしていた私は、現在と同じ十五歳で交通事故に遭って他界した。その年齢に追いついたということになる。今世では生まれた直後から意識がはっきりとしていたので、精神的にはもう三十路な心持ちだ。
それで、新たに生を得たこの異世界の王国で私は何をしているのかというと、どうも聖女なるものらしい。
もう誕生する前からそうなることが決まっていたようで、私に選択の余地は一切なかった。ブラックにもほどがあるけど、一度は死んだ魂を召喚して転生させてもらった形なのであまり文句は言えない。
さて、聖女として生まれた私はすぐに国王夫妻の養女とされた。どこかの偉い神官によってレイシアと名付けられ、国王の子供達と一緒に育てられる。つまり、王子達や王女達と兄弟のように、同じ扱いを受けることができた。
そう言うといい暮らしができたかに思われるけど、実際にはそれほどよくもない。私には聖女としての修練があったので。
幼い頃はまだそうでもなかったけど、修練が本格的に始まった五年前からは本当に辛くつまらない日々を送っている。毎日毎日、魔力を錬って鍛えての繰り返しだった。
厳しい指導役であるオリヴィア先生が一日たりとも休むことを許してくれない。あの人に週休二日制という言葉を教えてあげたい。ブラックにもほどがある。
うんざりするような修練の日々の中で、私の救いになっているのが兄弟の王子達や王女達だった。全員が私より年上であるにもかかわらず、私をレイシア様と呼んで大切に扱ってくれる。
特によくしてくれるのが第一王子のエドワード様だ。私を気遣ってしばしば美味しいお菓子などを差し入れしてくれた。
今日もそろそろ何か差し入れてくれないかな。修練の休憩時間、自室に戻った私は椅子の上でぐったりしながらそんなことを考えていた。
すると、願望が天に届いたのか部屋の扉をノックする音が。
弾む足取りで扉を開けると、そこには第一王子、ではなく第四王女のメリンダ様が立っていた。しかも手ぶらだったことにがっかりした私だったが、その気持ちは表には出さず彼女に用件を尋ねる。
「どうなさったのですか、メリンダ様」
「毎日修練ばかりで大変ではないかと思いまして、本日はレイシア様を気分転換にお誘いに参りました」
「気分転換、ですか?」
「はい、レイシア様、この城の外にお出になりたいと思いませんか?」
城の、外に……!
実は私は、生まれてから一度も住んでいるこの城から出たことがなかった。聖女の存在は王国でも最高機密らしく、そのせいで私は外出はおろか、会える人間も王族と一部の人達に限定されている。ブラック異世界ここに極まれりだ。
そんな私にとって、メリンダ様の誘いはこれ以上ないくらいに魅惑的に聞こえた。
「外に出られるのですか……!」
「私にお任せください。さあ、まずは私の部屋で準備をしましょう」
そう請け負ったメリンダ様に連れられて、私は人目を気にしつつ城の廊下を移動。彼女の自室に着くと逃げるように中に飛びこんだ。
でも、メリンダ様がこんな風に親切にしてくれるのは驚きだった。王子王女の中でも、一番私に興味なさげだったのに。メリンダ様は兄弟の末っ子に当たり、私と年齢が近い十六歳だ。だから、実は密かに私を気にかけてくれていたのかもしれない。
考えている間に城脱出の準備は着々と進められていた。どうやら変装をして城の門番達をやり過ごす予定らしい。言われるままにメリンダ様から渡された服に袖を通した。
着てはみたものの、鏡の前で改めて見てみるとこれは……、とんでもないボロ着だね。
「あの……、この格好はあまりにみすぼらしいのでは……?」
「聖女様と見破られないためです。少しの間だけどうか我慢してください」
「……分かりました、我慢します」
準備が整った私達はメリンダ様の部屋を出て城門へと向かうことになった。
……ちょっと待って、メリンダ様の服装はそのままじゃない?
……何か、おかしい。これは引き返した方がいい気がする。ひしひしとそんな気がする……!
私やっぱりやめます、と言おうとした時には、もう私達は城門の前までやって来ていた。ここで、居並ぶ門番達に対してメリンダ様が私をずずいと押し出す。
「城の中に部外者の一般人が入りこんでいました。皆さん、よろしくお願いします」
なななな何だってー!
ボロ服を着たみすぼらしい格好の私を見た門番達は、即座に部外者だと判断した。全員で私を取り囲んで門の外に誘導しはじめる。
「勝手に城に入られては困ります。ささ、出てください」
「待ってください、私は……!」
説明しようとしてふと気付いた。誰も私の顔を知らないし、彼らは最高機密である聖女の存在すら知らない可能性があると。
あえなく私は門の外へと追いやられてしまった。
呆然としているとメリンダ様がトコトコと私の所に。微笑みながらこう囁いた。
「望み通り外に出してあげましたよ、もう戻ってはこれませんけど。……ずっと、お兄様やお姉様に可愛がられているあなたが邪魔だったのです。ちょうどいい服を着ていますし、これからは物乞いでもして生きていってください、レイシア様」
おのれ、第四王女! 謀ったな! まさかこんな子だったなんて!
彼女は言うだけ言ってすぐに門の内側に帰っていく。
私が立ち尽くしている間に重々しい城門は無情にも閉じられた。
……ど、どうしよう、一度も出たことのない外の世界に、みすぼらしい格好で放り出されてしまった。お金も所持品もないし、いったいどうすれば……。
……ここで悩んでいても仕方ないよね、とりあえず、ずっと見たかった城下町にでも行ってみよう。
午後の修練に出られなくなったのは不幸中の幸いだし。あ、私がいなくなったことを不審に思ったオリヴィア先生がその内捜しにきてくれるかも。
よし、気持ちを楽にして町を観光だ。
しかし、実際に観光してみるとそれほど気楽にはいかなかった。まず、お金が全くないというのが非常に辛い。美味しそうな食べ物が売られていても買うことができないのだから。不幸中の不幸で、私がメリンダ様の罠にかかったのはちょうどお昼ご飯前の時間帯だった。
結果、町の散策を始めて程なく、私は道の端にしゃがみこんでいた。
はぁ、お腹が空いてとても観光どころじゃない……。
あそこにいい匂いのするチキンサンドの露店があるけど、買えないだけに逆に私を苦しめる……。
うなだれていたその時、すぐ近くでチャリンという音がして顔を上げた。目の前に一枚の硬貨が落ちている。
……まさか、ボロ服姿のみすぼらしい格好で道の脇にしゃがんでいるからホームレスと思われてお恵を受けた?
えーと、これって百リト硬貨だっけ?(前世世界の日本でいうところの百円硬貨と大体同価値)……この硬貨が四枚あれば、あのチキンサンドが買える。この際、背に腹は代えられないか。
私は転がっていた空き缶を拾うと、その中に百リト硬貨を入れた。そして、道行く人達に向けてトンと設置。
チャリンチャリン、チャリン……。
おお、お金を入れてくれる人がちらほらと。五リトや十リトの小銭が多いけど、それでもありがたい。いやー、百リトは大物だったんだね、ビギナーズラックか? あ、また百リトを入れてくれた人が、ありがとうございます!
喜びで心躍らせる私だったが、不意に我に返る。
……私、あの王女から言われた通り、物乞いをしてしまっている。
うーん……、……よし、とりあえず四百リトが貯まるまでは続けよう。