恋はあけぼの②
どこで脱いだのかもわからなかった服が綺麗に畳まれていたことに気づいたとき、言葉で表しきれないほどの愛しさが込み上がってきたことを今でもはっきりと覚えている。
朝ごはんを食べた後だったからか、昨日の服の冷たさに肌がびっくりした。そんな、秋の匂いを感じる昼のことだった。
カーディガンのボタンを一つ一つかけていくと、昨夜の温もりが指から伝わってきって、胸の鼓動が早くなる。これから、大学で会うときどんな顔をしていれば良いのだろう。
「夏鈴、もう出れる?」
あなたが私の名前を呼ぶたびに、私の名前をどんどん好きになる。このままだと世界で一番自分の名前が好きな人としてギネス認定されてしまいそう。なんて、こんな言い方は可愛すぎるかもしれない。
生まれて初めてのデートなのに、昨日のメイクも残ったままだ。ほんのり色づくリップクリームだけ塗って外に出た。昼だったからか、外の景色は見覚えはあるはずなのに、昨日とはまるで違って見えた。
「あ、交通費持ってる?というか俺払うよ」
初デート早々奢らせるわけにはいかないと思い、定期券を取り出したものの残高は数円しかなかった。財布も取り出したけれどジュース一本だけなら買えそうな金額しか入っていなかった。申し訳ないが払ってもらうことにすると、俺の奢り〜と嬉しそうに切符を買ってくれた。あなたのたくましい背中を見て、自分の頼りなさを感じてしまった。
電車に乗ると、車内は空いていて、なんだか世界中が私たちをそっと見守ってくれているみたいだった。冷やかされたらどうしようか。そのときは、今度は私の広い背中であなたを守ってあげたい、なんてね。
「お、着いた!ここずっと来てみたかったんだよね〜」
無邪気に笑うあなたは昨日とは別人のようと思ったけれど、私を連れ出してくれたときと、少しだけ似た表情だったかもしれない。
イチョウの葉がやわらかい風に吹かれて舞う様子は、私たちを祝福してくれる紙吹雪のようだった。
イチョウの葉といえば幼稚園児の頃、束ねてバラを作っていたことを思い出した。
「何作ってるの?」
「イチョウの葉でバラを作ってるの。綺麗でしょう?昔、幼稚園の先生に教えてもらったんだ。」
「へ〜すごい、夏鈴ってさ、どんな子供だったの?」
「ん〜おとなしかったかなぁ、あでも家ではうるさかったと思う。お母さんとお父さんが本当に面白い人でね、家庭の雰囲気?空気感がよしもと新喜劇みたいなの。」
「楽しそう。もっと聞きたいな。夏鈴の家族の話。」
あのとき、あなたの瞳はあんなに輝いていたのに、笑顔にどこか寂しさを感じたのは、私の気のせいだったのだろうかと今でも考えることがある。
私、まだ全然あなたのこと知らなかったのかな。知ってるのに知らない気がする。
あの日は、歩くたびにずっと手を繋ぎたいと思っていたけれど、あなたの背中を見つめることしかできなかった。
「これ、あげる!懐かしくて作りすぎちゃったんだよね」
「え、良いの?3本も。え〜めっちゃ可愛い!嬉しい。ありがとう。」
「ねぇ知ってる?」
「ん?」
その声が甘くて優しくて、またあなたに溺れてしまいそう。もうずっと深いところまで溺れてしまってるから、遅いよね。
私、一生浮上できないかも。舞い上がりすぎかな?
しょうがないでしょう。あなたは知らないけど、本当はね、あなたが初恋の人なんだ。
「黄色のバラの花言葉にはね、『感謝』って意味があるんだって。イチョウだけど、黄色のバラだと思って受け取ってくれる?今日、ありがとう!」
秋の陽に照らされて黄金色に輝くイチョウの葉が、私たちの歩む道を導いてくれている。そんな、恋のあけぼのに思えた。
夜の始まりと夜の盛りにて、季節表現に誤りがあったため、訂正しました。




