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7 魔女の都・魔女塔



 それから丸一日が経過し、ルベスト諸侯連邦の中心にして大聖地である『魔女の都』に到着した。


 検問所もノクス団長のひと声で難なく通り抜け、魔獣車はさらに先へと進んでいく。


(ここが魔女の都……名前には心当たりないと思っていたけど、街並みはところどころ見覚えがあるかも)


 どことなく漂う歴史的雰囲気。さすがに千年前となにもかも同じというわけではないけれど、そのままの状態で残っている建物もあるように感じる。

 特に魔獣車の進行方向に見える巨大な高い塔のような建物に記憶が刺激された。


(あれって、六つの領土が争いをやめて融和関係を象徴するために建てられた塔じゃなかったかしら)


 残念ながら私があの場所へ訪れたのは建設途中の一度だけだった。確かどこかの天井にステンドグラスが美しい部屋があったはずだけど、結局完成形は見られなかったのよね。


(不思議な心地)


 たった一度だけでも、千年前に来ていた場所にふたたび訪れることになるだなんて。

 あの頃よりもずっと人の数が増えて栄えているけれど、不思議と懐かしい気持ちになった。


(手を繋いで歩いているのは獣人族、あっちの噴水でお喋りをしているのは、魚人族だわ……!)


 ルベスト諸侯連邦の中心地ということで、六つの領土に住む人々が盛んに行き来をしているようである。


 千年前は、種族間で争いを繰り返していた六領土。しかし今は、それぞれ種族の特徴を持つ人々が、諍いなく平和に過ごしている様子がなにより嬉しかった。


(まさか千年前は、ここが大聖地とまで呼ばれる場所になるとは思わなかったわ)


 しばらくすると、魔獣車はあの塔の真下で止まった。


「到着しました」


 外からノクス団長が扉を開けてくれたので、私は頷いて外に出た。

 


「迂回すると言っていたのでもっと日がかかると思っていましたが、公爵邸に向かうよりも早く着いた感じがしますね?」

「魔女の都周辺地帯は広く舗装された道が多いため、魔獣車も速度を上げやすいのです。実際、時間もかなり短縮されました」


 などと話をしながら、私の視線は忙しなく左右に動く。

 密かに「これが完成形の塔か〜」としみじみ思っていると、横に立つノクス団長がさらに続ける。


「こちらが魔女の都の象徴にしてシンボルの『魔女塔』です」

「ま、魔女塔、ですって?」


 そこは融和の塔とか、六領土に因んだ名前にするとかのほうが良かったのでは……。


「千年前、六の領土の諍いを鎮められた魔女様への深い感謝と敬愛、そして崇拝心を後世に残すために建造された塔です」

「な、なるほど」


 なんだか驚きを通り越してちょっと恐縮しちゃうわね。

 千年前に訪れたときは、まだ塔の名前は決められていなかったし、確か質問しても『完成してからのお楽しみで』と言われた気がする。


 それで――。


「うっ……」


 そのとき、ズキッと頭の奥から鈍痛が響く。

 千年前の諸侯たちとの思い出をもっと掘り起こそうとした途端、不自然に記憶が途絶えた。

 

「どうかされましたか」

「ちょっとだけ目眩がして」

「まさか、拒否反応が――」


 言いかけられた言葉にぎょっとする。窺うように覗き込んでくるノクス団長と、近くに控えていたラナ副団長。さらにほかの騎士団員たちがじっと私の様子を見ていた。


 このままでは、聖女だから魔女塔を前にして気分を害したのかと、そう思われてしまうかも。


「それは違うわっ。むしろ圧巻というか、外観だけでも繊細な職人技が光っているというか、造られた方々の魂が込められているようで! もはや芸術品の域で惚れ惚れしていました! 本当です!」


 決して悪印象を持ったからではありません! と、訴えた私だったけれど、なぜかノクス団長は瞳を見開いてびっくりした様子だった。周囲の人々も同じような反応だ。


「ああ、いえ……私が言いたかったのは、人によっては魔力と神聖力は相性が悪く、それが顕著に表れる方もいるためアシュリー様もそうではないかとお伝えしたかったのです」

「へ? 相性……そういうものなんですか?」

「私よりアシュリー様のほうが詳しいかと思われますが、そうだと聞き及んでおります」


 魔力と神聖力の相性……へえ、ふうん。詳しいの反対で無知だった。

 じゃあ私が魔女塔に拒否反応を起こしていたとか、そういう風に思われていたわけではなかったってことね。


 正真正銘の聖女やレグシーナ教信者だったら嫌悪を示す可能性もあるけれど、とりあえず私はそういうのは全くないわけで。


(先走って変な勘違いをしちゃったわ。しかもあんなに早口で魔女塔の感想まで言ってしまって……)


 悪く言ったつもりはないが、自分の言葉を思い返し恥ずかしさと気まずさで冷や汗をかいていたときだった。


「外が騒がしいと思えば、シュバルツィア騎士団がこんなに集まってなにしてるのよ」

「ルーチェ様」


 その声が聞こえて背後を振り返る。魔女塔の正門から現れたのは、美しい白髪を靡かせた可憐な少女だった。


(私より少し年齢が下くらいかしら? それにしてもとんでもない美少女だわ……!)


 ノクス団長からルーチェと呼ばれた少女は、優雅な足取りで私の前に立つと、訝しげにじろりと目を向けてきた。


「あなた、もしかして……ジア帝国から来たっていう聖女?」

「アシュリーと申します。どうぞよろしくお願いします」


 お辞儀をすると、彼女はじろじろと私の姿を観察し始める。まだ名前以外知らないのだけれど、この子は一体何者だろう。


「グレンツェン公爵家当主の妹君、ルーチェ・グレンツェン様です」

「そうでしたか」


 私の疑問を汲んだノクス団長がボソッと耳打ちしてくる。

 それに対して軽く相づちを打っていると、突然ルーチェ様が声を大きくしてノクス団長の名を呼んだ。

 

「ノクス!」

「はい、なんでしょうか」

「…………ここに聖女を連れてきたってことは、ギルベルト様に御用なんでしょ? いいわ、あたしが連れて行ってあげる」


 険しい顔から一変、ルーチェ様がにっこりと天使のような微笑みを浮かべて言った。


「いえ、しかし……」

「いいから任せなさいよ。そもそもあなたたち、さっきから目立っているのよ。いつまでも魔獣車を正門に止まらせていないで、移動させたらどうなの?」

「承知いたしました。では、護衛をひとり──」

「その必要はないわ。魔女塔での私闘・死闘はご法度。問題なんか起こらないわ」


(しとうとしとう? もしかして、私闘と死闘? え、起こり得るの?)


 そうして話を切り上げたルーチェ様は、私の手首を掴むとそのまま正門の中へ進んでいった。


「あ、あの」

「なによ、あたしが案内じゃ不満なの?」


 こちらを振り返りながら、キッと不機嫌な猫のような目つきで見られる。可愛い……じゃなくて。


「いえ十分です」


 案内に不満なんて一切ないけれど、いささか強引さが否めない。


 こうして私は魔女塔の中に足を踏み入れるのだった。



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