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6 行先



 出立時刻は日の出前と伝えられていたので、それに合わせて起床した。

 

「お召し物をご用意いたしましたので、どうぞ」

「わざわざどうもありがとう、助かるわ」

「いえ。私どもはノクス様やラナ様のご指示に従ったまでですので」


 身支度を手伝ってくれたのは、昨晩私のことを「場違い女」と言いたい放題言っていた女性たちである。

 きっと本心では私を嫌悪しているはずなのに、こうしてきっちり仕事をしてくれるのはとてもありがたい。


(ローブやそのほかの衣服も、全部教団が支給する教服だったから目立っていたのよね)


 女性使用人らは粛々と身支度を整えてくれた。

 千年前は一枚の大きな布を体に巻いていちいち固定するのが逆にオシャレと言われていたが、今はデザインが豊富なドレスやワンピースなどがあって時の流れを感じる。


(ジア帝国では子爵令嬢といっても、教服を着ることのほうが多かったから、なんだか新鮮だわ)


 用意されたのは、シンプルな作りのワンピースだった。着心地がよく、豪奢すぎないところが気に入った。


(…………ん?)


 姿見の前でくるりと全身を確認していれば、端に控えていた使用人たちの肩が小刻みに揺れているのが目についた。

 心なしが笑っていたような……気のせいかしら。


「お似合いでございます。それと、こちらのローブも失礼いたします」


 受け取ったのは、紺色の外套。足元までしっかり隠れる長さなので、移動にはぴったりだ。


「暖かい寝床に美味しい食事を用意してくださって本当にありがとう」


 私はお礼を伝え、ローブを羽織って外に出た。

 去り際、彼女たちはちょっと複雑そうな顔をしていた。


 屋敷の外ではすでに騎士団が出発準備を済ませていた。

 でも、なにやら問題があったようで、ノクス団長が険しい顔を浮かべながら私の元にやってくる。


「アシュリー様。じつは──」


 私はノクス団長から詳しい事情を聞いた。


「飛竜と陸竜の縄張り争い?」

「はい。偵察隊によるとこの先の山道付近で昨晩から睨み合いが続いているらしく、進路を変更せざるを得ない状況です。ですので……」


 そう言ってノクス団長は、手に持っていた地図を広げる。そしてある箇所を指し示した。


「シュバルツィア公爵邸ではなく『魔女の都』に向かい、公爵様と合流されたほうが多少迂回はしますが賢明かと思われます。飛竜と陸竜に気配を勘づかれて刺激しては元も子もありませんので」

「そうですね。無理に公爵邸を目指すより、安全圏に逸れて皆さんの負担を少しでも減らしましょう」

 

 私の到着日時が変更になったことで、すでに騎士団の人たちには無理を強いてしまっている。これ以上体力を削らせるわけにはいかないわ。


(それに、シュバルツィア公爵様と早く合流できるなんて、願ってもないことだわ……!)


 思ってもみなかった好機に内心ほくそ笑む。

 しかしすぐにハッとする。ノクス団長が何か言いたげな顔をしてこちらを見下ろしていたからだ。


 偵察段階で気づいたおかげで負傷者がひとりもいない状況とはいえ、さすがに浮かれすぎたかしら。

 もしかして心の中でほくそ笑んだ私の顔が透けて見えてしまったんじゃ……あわわわ。


「……アシュリー様は、聖女なのですよね?」

「はい?」


 いきなりの問いにぎょっとする。


「な、なぜそのようなことを聞かれるのです?」

「いえ。行き先を魔女の都に変更しても気分を害される様子もなく、それどころか我々騎士団に気遣いのお言葉までいただけるとは思ってもいなかったので」

「はあ」


 そういえば、魔女の都はルベスト諸侯連邦の民の大聖地だったわね。魔女と深い関わりがあるらしいし。……正直私は心当たりがないけど。


 とはいえちょび髭おやじの使者長も苦言を呈していたので、レグシーナ教としては受け入れがたい場所なのだろう。


(レグシーナ教の信者は、魔女と聞けば悪感情を抱くし、私が魔女の都へ向かうことをあっさり承諾したのがよほど驚きだったようね)


 そんなふうに考えながら、探りを入れるように見つめてくるノクス団長を見つめ返した。


「私は特別魔女が嫌いなわけではありませんから」


 前世の自分でもあるわけだからね。


 そうやんわりと濁して答えると、ノクス団長はわかりやすく瞠目して見せた。

 レグシーナ教で、聖女なのに、なぜ? と、顔にわかりやすく書いてある。


 いつまでもこの話を続けるわけにはいかないわね。肝心なことには答えられそうにないのだし。


「ところで」


 私は話題を切り替えるために、ぱちんと両手を合わせて軽く音を出した。


「縄張り争いをしている飛竜と陸竜ですが、属性は確認できているのですか?」

「……は、飛竜は地属性、陸竜は水属性です」


 飛竜は空を飛ぶための翼を携えた魔獣・ドラゴンで、陸竜はそれ以外のドラゴンに分類されている。

 また、自然を司る精霊の恩恵を受け、魔物や魔獣にも属性が備わっていた。


「おかしいですね。なぜその2種が縄張り争いなんてしているのでしょうか。地属性の飛竜なら標高の高い山の頂上を根城にしますし、水属性の陸竜も沼や池を住処にするはずです。なにか原因はわかっていますか?」

「……え?」

「え?」


 素っ頓狂な声を出したノクス団長に、私も似たような反応をしてしまった。


「よく、竜の生態をご存知ですね?」


 ノクス団長の言葉を耳にしながら、私は数秒遅れて「あ」と固まった。


「書物を読む機会があったので」

「教団で竜の書物を、ですか」

「ま、まあ……それより、そろそろ出発の時間では!? もうかなり日が昇っていますよっ」


 さらに不信感を強めてしまいそうだったので、私は逃げるように魔獣車へと乗り込んだ。


(うっかりしていたわ。竜の生態は魔女時代の私の記憶であって、アシュリーとしての私の記憶にはないものだった……!)


 現在ジア帝国に竜は生息していない。千年前の大厄災・邪竜も"竜"だったから、魔女同様にレグシーナ教団では忌み嫌われている。ゆえに竜について知識薄な人がほとんどだ。


(なのに竜に詳しい聖女なんて、変に思われたかも)


 思われたところで支障はあまりなさそうだけど、極力悪目立ちはしたくない。


(……でも、やっぱり気になる。土属性の飛竜と水属性の陸竜がこんな場所で縄張り争いだなんて)


 そしてどうやらルベスト諸侯連邦でも、竜は凶暴で要注意の魔獣だと恐れられているようだった。


(こちらが礼儀を弁えれば、心優しくて知能が高い崇高な種族なのに。いつから認識が変わってしまったのかしら)


 揺れ始めた魔獣車の中。千年という膨大な時間経過を考えるたび、私の眉間にはうっすらと皺が寄るのだった。


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