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5 場違い女



 無事ジア帝国からシュバルツィア領の貿易港にたどり着いた私は、魔獣車に乗ってシュバルツィア公爵邸に向かっていた。


 そして、私の護衛を務めてくれるのは、シュバルツィア騎士団──通称、黒の騎士団。

 なぜ「黒の騎士団」なのかと疑問だったけれど、その理由は案外すぐにわかった。


「遡ること千年前、ルベスト諸侯連邦は六つの領土間で侵略戦争が行われていました。さらにこのシュバルツィア領では複数の犯罪集団や無法者たちがそれぞれ支配権を巡って争っており、内紛が後を絶たなかったといいます」


 魔獣車に同乗していたラナ副団長の説明によると、千年前はその犯罪集団を一括りに(ジェッタ)の民と呼んでおり、名残りが今代にまで続いているのだという。


 シュバルツィア公爵家を支える領内の貴族家門は、皆が黒の民の末裔。血筋なのか特性なのか、全体的に喧嘩っ早く普通の貴族家とは雰囲気が異なっているらしい。

 黒の騎士団所属の人たちもほとんどが黒の民の子孫なんだとか。


 そんな黒の民を統一させたのが初代シュバルツィア公爵であり、さらに初代シュバルツィア公爵とほか五人の領主の争いを沈静化させたのが、千年前の魔女──私、ということらしい。


(六つの領土が頻繁に争いを起こしていた事実は知っているわ。……あんまり交流はできなかったけれど、なんとか和解できたのよね)


 ただ、六つの領土は争いが収まったあとで帝国下に入ったはず。しかし現在は魔女を信仰し、ジア帝国を含めたレグシーナ教団と対立している。


(千年も時が進んでいるわけだし、情勢が変わるのは当たり前よね。大陸図がこんなに変化しているのには驚きだけど)


 前世の記憶が蘇る前はなにも違和感はなかったが、改めて目にしたテイル大陸地図は千年前とはかなり変わってしまっている。


(昔はルベスト諸侯連邦一帯と、ジア帝国合わせてひとつの大きな大陸国だったのに。地形が変動しているというより大地が海に沈んでしまっているのね)


 そのためジア帝国とルベスト諸侯連邦を繋ぐ陸地は、現在シュバルツィア公爵領西方に広がる山脈地帯だけになっている。

 しかもその山脈は『魔の樹海』といわれる獰猛な魔物魔獣の生息地で、横断不可能となっていた。


(うーん。千年前の私と、今の私の記憶の齟齬が出るたびに頭がくらくらする。こればかりは少しずつ頭に馴染ませるしかないってことかしら)


 でも、前世の記憶が蘇ったとはいえ全部ではないのよね。

 邪竜を封じたときのこともそうだが、魔女時代の記憶も抜け落ちている部分が多い気がする。


 聖女レグシーナという人にも全く身に覚えがないわけだし。


(誰かほかに生まれ変わっている人とかいないのかしら。そうすれば記憶の思い出し具合とかを比較できそうなのに。……まあ、いないわよね)


 そんな都合の良い人物などいるわけないので、おとなしく自分の魔菅修復を進めて、もう一度精霊と交流できるようになったときにでも聞いてみよう。

 千年前にいた精霊たちが今の時代にもいるかどうかは不明だけれど。



 ***



 貿易港を出発して半日以上が経過した頃、私を乗せた魔獣車はある屋敷の前で止まった。


「アシュリー様。長旅でお疲れでしょうし、今晩はこちらの屋敷で休息をお取りください」


 そろそろ日没ということもあり、ノクス団長はほかの騎士団員にも野宿の準備をするよう指示を出し始める。

 私はというと、シュバルツィア公爵家が管理する屋敷の部屋を使わせてもらうことになった。


「皆さん屋敷で過ごされないのですか? 私よりもずっとお疲れでしょうし」

「心配ご無用です。我々はあくまでも護衛であり、屋敷周辺の警護も重要な任務ですので」 

「…………」

「私の顔になにか?」

「あっ、いえ! そうではなくて、ええと」


 騎士然と接してくる彼と、貿易港で出発前に盗み聞きした際の彼の口調があまりにも違いすぎて、ついまじまじと見つめてしまった。


 心なしが不信感漂う眼差しを向けられている気がしたので、私はべつの話題で誤魔化すことにした。


「あの、ノクス団長。港では、申し訳ございませんでした」

「え?」

「教団の者があなたがたを軽んじた件です。あのような不遜な態度は決して許されません。本当はもっと早くお伝えすべきだったのですが……」


 そこで一度言葉を止め、私は周囲を見回す。ぽかんと口を開けてこちらを窺っていた騎士団員たちにもそっと頭を下げた。


「皆さんにもお詫び申し上げます。大変失礼をいたしました」


 私の謝罪ひとつで鬱憤が晴れるほど簡単な問題ではないのだろうけれど、謝れる状況でそれをしないのはなんだか違う気がして。

 こうして関わる以上は、私も自分にできる精一杯の誠意を見せるべきだと思ったのだ。


 それが吉と出たか凶と出たかは正直わからないけれど、ほんの少しだけ私を目にする眼差しの圧が緩んだような気がした。



 とはいえ、やっぱり私をよく思っていない人はどこにでもいるようで。


「──公爵様に嫁いできたっていうレグシーナ教の聖女、典型的な箱入り娘って感じじゃない?」

「ちょっと押しただけで倒れそうなほどひ弱そうよね。帝国じゃ貴族令嬢でもあったらしいけど、そんな頼りない女がシュバルツィア公爵家の公爵夫人になるだなんて、とんでもない場違い女だわ!」

「そうよそうよ。というか、どうして魔女様を信仰する私たちが、聖女の世話なんてしないといけないのよ」


 その晩、喉が渇いてベッドから抜け出した私は、屋敷に勤める女性使用人たちの会話を偶然耳にしてしまった。


(場違い女……場違い女、かぁ。確かに)


 シュバルツィア公爵がレグシーナ教団の聖女を妻にしたという事実は、すでに巷では話題になっているらしい。


 もちろんシュバルツィア公爵家が管理する屋敷に勤める彼女たちも知っていたことなのだろうが、会話の内容を聞いていると聖女を必要とする理由まではわかっていないようである。


(大結晶に綻びがあるってことは機密事項なのかしら。聖女()との婚姻も、単純に対立関係の緩和が目的だと思われているようだし)


 本当は聖女でもなく、神聖力をほぼ扱えない私は間違いなく諸侯たちからすると「場違い女」だと言える。


 そして、そんな事情を知らなくとも、シュバルツィア公爵家の特性を知る領民たちは、聖女云々に加えて箱入りの貴族令嬢だと思っている私のことをシュバルツィア公爵夫人にふさわしくない「場違い女」と揶揄しているのだった。


(でもそれって、離婚を申し出るには絶好の状況とも言えるのかしら)


 不特定多数の人々から悪印象を持たれていることにまったく心が傷つかないと言えば嘘になるけれど、やっぱり気分的には微妙である。


(聖女の私のお世話は相当嫌みたいだけど、その"魔女様"も、私のことなんだものね……)


 大結晶の修復のために私を娶ることを決めたシュバルツィア公爵や、各諸侯たちも魔女信仰者らしいが、やっぱり彼らも私の存在は相当不本意なのだろうと思う。


「私が信仰する魔女だと知ったらどんな反応をするのかしら。まあ言わないけど」


 水を頼める雰囲気でもなかったので、大人しくベッドに戻った私は、ぼんやりそんなことを呟く。


 言ったところで信じてもらえるか微妙だし、なによりも私の目的は今度こそ人生を余すことなく自由に謳歌すること。前世のようなしがらみに囚われてしまっては元も子もない。


(……魔女だったことすべて苦しかったとは言わないけどね)


 私を心から慕ってくれたあの子に出会えたのも、魔女時代の大切な記憶である。

 

(そういえば……私が死んだあと、あの子はちゃんと自分の人生を歩んでくれたのかしら)


 魔女の付き人としてではなく、あの子自身の人生を。

 そうだったら嬉しい。それだけでも千年前、命を賭したことに意味があると思えるから。




 ──翌日、ノクス団長から行き先を『魔女の都』に急遽変更する旨を告げられた。



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